その勇者の名は
両手剣を両腕で支えながら、ゆっくりと近づいて来るマサユキ。
「いいかアキヒト。努力は報われない。夢は叶わないっ!! それがこの世界の、答えなんだよ!!」
振り上げられた大剣を、僕は籠手型の武器、ハンドバスターの拳で受け止める。肘までをおおうこの装備は、皮肉なことに対人用にも使える。
拳と剣とでつば迫り合いになりながら、僕はマサユキに顔を近づけ、その瞳を覗き込んだ。
「だからって、なんで……」
その瞳は、淀んでいた。
「憎いんだよ。なんの努力もしてないくせに、ヘラヘラ笑って幸せそうに!! そんなやつらが、憎いんだよ!!」
「ぐっ!!」
剣に力を込め、無理やり弾き飛ばされる。しかしなんとか体制を立て直し、再びマサユキを見据えた。
「お前、何言って……」
「それにな、この仕事、結構儲かるんだぜ?」
にやりと、牙をむいて笑う。その瞬間、ぞっとおぞましい寒気がした。同時に、体の底から熱が込み上げる。それはどうしようもない”怒り”だった。
「マサユキ」
「なんだよ」
「僕は、お前を倒さなくちゃならない。絶対にだ!!」
「ははっ。やれるもんなら、やってみろ」
その目は、笑っていなかった。
「「はぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっっ!!」」
同時に駆け出した僕ら。大剣を両手で横薙ぎに構えて走るマサユキ。一方僕は、右手を突き出してそれに迫った。
けたたましい金属音とともに、両手剣が宙を舞う。
仰向けに倒れ伏したマサユキのそばに、その剣は突き刺さった。
お互い、息を切らして動けない。そんな中、口を開いたのはマサユキだった。
「……アキヒト。俺は、どうしようもないクソ野郎だ。はじめから、勇者なんかじゃなかった。誰かのために、そう思って動いたことなんて、ただの一度もない。ずっと、ユーリエを助け出すためだけに、奴隷商を襲って回ってただけだ。そうしたら、勝手に勇者って呼ばれるようになった。だけど、勇者は結局、ヒロインを救えなかった。笑えるよな?」
「笑えるかよ」
「アキヒト。ーーーー魔王を倒せ」
「は?」
「それが、元の世界へ帰るための、唯一の手段だ」
「!?」
「異世界人が、お前だけだとでも思ったか?」
そう言って笑うと、マサユキは両手を投げ出し、仰向けのまま空を見上げた。
「ーーーーさぁ。殺せよ」
「……」
返事は、とても返す気になれなかった。
僕は地面に突き刺さった両手剣を抜き、マサユキをまたいで立つ。
「一思いにやれ。人一人殺せないようじゃ、この先やってけないぞ。ーーーー勇者アキヒト」
「……」
どうしてか、ほほをしずくが伝う。
「早くしろ!!」
「うわぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!」
僕は、剣を振り下ろした。それはマサユキの胸に深々と突き刺さり、鮮血が飛び散る。
僕はひざから崩れ落ち、叫んだ。泣き叫んだ。
いつまでも、いつまでも。
シスターさんを見つけ出さなければいけない。
魔王を、倒さなければ。
けど、今だけは、泣いていたかった。
騒ぎが収まった後、ペティたちが駆けつけてくれた。事情を察したらしいペティは、何も言わずに僕を抱きしめ、一緒に泣いてくれた。
僕も泣き続けた。
世界では、魔王軍の侵攻が起こり始めている。誰かが、立ち上がらなければ。
涙ながらに、僕は決意する。
「ペティ。魔王を、倒そう」
勇者アキヒトの冒険が、今、始まる。




