不穏な影
結局、言い出すことはできなかった。信じてもらえるかわからない、という以上に、今の関係が崩れることが怖かった。そうして言い出せないまま打ち上げは終わり、僕らは近くの宿屋で寝床に着いた。けれど、ちょっとリッチなふかふかのベッドに寝転んだところで、ちっとも寝付けない。脳裏をよぎるのは、もちろん元の世界でのこと。
帰れるなら、帰るべきだろうか。こちらの生活が捨てがたいので、行き来できるのが一番ありがたいけれど。父さんや母さん、そして何より、あのシスターさんの行方が気になる。考えれば考えるほど、いてもたってもいられなくなってきた。
やっぱり、残るにせよ戻るにせよ、一度元の世界へ顔を出すべきだ。もちろん、あのシスターさんを見つけて。
頭を冷やすため、僕は起き上がり、外の空気を吸いに行くことにした。
「うぅん、ダメだよ……ペティ。見られ、ちゃうよ」
隣のベッドからイアンの寝言が聞こえる。一体どんな夢を見ているんだろう。
ともあれ起こさないように扉を閉め、階段を降りて行く。一階まで降りて外への扉を開くと、街灯に照らされていて、思いのほか明るかった。しかし薄暗いことに変わりはなく、かろうじて人の顔が区別できる程度の明るさだった。
「まだ起きてたのか」
振り返ると、マサユキだった。街中だというのに、なぜか両手剣を背中のさやに納めずにだしっぱなしにしている。なにやら様子がおかしい。
「なにかあったのか?」
「……お前には関係ない」
見れば見るほど、マサユキのたたずまいは異様だった。血走った虚ろな目に、肩で浅い息をしている。そしてなにより、どんよりと暗い、奇妙な迫力に押しつぶされそうだった。いつもは片手で軽々と持ち上げている両手剣を、今は杖のように使っている。
「もう寝ろ」
言いながら、マサユキはよろよろと歩き出そうとする。
「どこ行くんだよ」
ゆっくりと振り返るマサユキ。月明かりを背に、その目は鈍く光る。
「どこへも行けない。もう、どこへも」
「は?」
その言葉の意味を、少しでも理解していれば。あるいはこのとき、引き止めていたら。
結末は、変わっていたかもしれない。




