第9話 恋心
混雑する通路、あちこちから聞こえる騒がしい子供たちの声、それを上書きするように優しい声で響く館内アナウンス。うん、全部が最高だ。
休日のショッピングモール——日本全国共通の休日の遊び場である。
きっとこれは世界でも共通に違いない。
「千早ー、ボケっとしてたら置いてくよー」
「ごめん、ごめん」
親友の声に慌てて足を動かす。仕事から解放されて翌日も休み。いやー、土曜日は最高だ。
「毎日土曜日だったらいいのに」
「なに訳わかんないこと言ってるの。もしや仕事の忙しさで頭が変になってしまったのでは⁉」
ぐぬぬ、失礼な。そんなにヤワな頭じゃないぞ。
「冗談よ。そんなに睨まないでってば。てかさ、夏服も買って、ご飯も食べた。今日の予定は一通りこなしたけど、この後どうしよっか?」
沙也香の手首にはビニール袋がかかっている。隙間からちらりと水色の服が見えた。私たちは夏に備えて夏服を買いに少し遠出をしてショッピングモールに来たのである。
「じゃあ本屋寄ってもいいかな? 気になる雑誌があって」
「雑誌かー。いいね、私も今時の雑誌見てみたいわ。たしか本屋はこの階の西にあったはず」
方向音痴の私と違い、沙也香はナビを搭載しているかの如く正確に道を進んでいく。そしてあっという間に本屋に到着することができた。
「さすが人間ナビ」と言ったら「褒め言葉じゃないから」と呆れられてしまった。
「雑誌コーナーはこっちみたい。んー、意外と私たちの時代と並んでいる雑誌は変わらないものね」
沙也香は弾んだ声で中高生向けのファッション雑誌をパラパラめくる。
私の探し物はどこかなーと、あった!
竹鶴京華が表紙の女性向けファッション雑誌を手に取る。沙也香の持っている雑誌より少し年齢層は高めかな。
ちらりと中身を確認。よしよし、私の情報通り京華ちゃんのインタビューも付いてる。
「なるほど、目的は竹鶴京華だったか。千早はデビューした直後から応援してたものね。それにしても……この子すごい大人びたわね」
表紙に写る京華ちゃんは黒いジャケットと鋭い眼差しをこちらに送っている。
この表紙を見た瞬間から購入しようと決めていたのだ。中身も同様にカッコイイ京華ちゃんのショットがあるに違いない。
「竹鶴京華ちゃんってカッコイイよねー」
それは何気ない呟きだった。脳みそを経由していない、思考力ゼロの言葉。けれど、沙也香は首を傾げた。
「そう? どちらかといえば可愛い系だと思うけど。前から思ってたんだけれど、千早とこの子のタイプって真逆よね。苗字は一緒だけれど」
「え、そうかな?」
「うん。千早こそカッコイイ系で、この子は可愛い系だもの。100人が見たら100人私と同じこと言うと思うわよ」
私と雑誌の中の義妹を見比べて、確信したように沙也香は頷く。
「実は今日も千早はその雑誌の竹鶴京華みたいな服買うと思ってたの」
さやかは私が午前中に買い、今は紙袋の中にあるピンクの服に視線を送った。
「千早がスカート買うの初めて見たからビックリしちゃった。もちろん最高に似合ってたから全然変に捉えなくていいけどさ」
言われるまで気づかなかった……。
確かにいつも私はフリフリのスカートじゃなくてパンツを選んでいる。色も黒とか紺ばっか。
だって、みんなにも「千早は男の子みたいな服が似合う」って言われてたから。幼少期の頃からずっと、どんな時でも。
けど……だけど、今日は京華ちゃんにどんな服で会いたいかってことばかり考えていた……。
どの服を着れば京華ちゃんは綺麗って褒めてくれるのだろう、いつもの照れ混じりの強めの口調で。そんな妄想と期待で胸はいっぱいだった。
「もしかして千早、好きな人できた?」
弾けるような笑顔で沙也香が私を見た。友人の幸せを自分ごとのように喜び、目を細めて。そんな親友の姿に心臓が大きく脈打つ。
「ち、ちがうよ」
だって京華ちゃんは国民的アイドルで、女性で……なにより妹だ。
そんなこと許されるはずがない、認めていいはずがない。
「化粧も香水も、いつもとちょっと違う。冬を超えて色づいた春みたいな感じ。前よりうんと綺麗になってるよ。眩しいくらい」
鼻を私の顔に寄せ、髪を撫でられる。難しい方程式が解かれていくように、徐々に証明されてしまう。けど、答えに辿り着いた時はきっと残酷な現実が待っている。
否定したくて、でも証拠は揃ってきてて。イエスとノーを反復横跳びした挙句、結局私は「よく分かんない」と言葉を絞り出すので精一杯だった。
それから沙也香と何を話したのか覚えていない。気がつけば最寄りの駅についてて、いつもの道を歩いていた。
不意に花のような柔らかな匂いが鼻をくすぐった。雨上がりの湿気混じりの空気が肌を覆う。
振り向けば顔を赤らめた義妹がそこにいた。
「ぐ、偶然帰りの電車が一緒になったから。お姉ちゃんいたらいいなーって探したりしてないから!」
そう言うと京華ちゃんは本と服で両手が塞がっていた私の手から、さりげない仕草で荷物を取る。
お姉ちゃんらしく振る舞おう、カッコよくいたいなんて思うのが馬鹿らしくなる。女の子扱いされただけで、胸が熱くなって、どうしようもないくらい頬が緩むのだから。
あぁ、認めざるを得ない。妹だとか、アイドルだとか全部関係なくなるくらい——好きだ。
竹鶴京華を一人の女性として好きなんだ。




