第7話 姉の作戦
景色が前から後ろへ素早く流れていく。普段のコンクリとビルにまみれた通勤と違い、真新しい街の景色に触れられるのは気分がいい。それに今日は目的地が会社じゃないのだ。それだけで鼻歌まじりでハンドルを握る理由となる。
ついアクセルを思いっきり踏んでスピードを上げっちゃったりして……。もう私を止められる奴は誰もいない。
「ちょっと、千早ちゃんスピード出しすぎ!」と調子に乗っていたら悲鳴と非難が混じった声が助手席からした。
「ごめん、ごめん。久しぶりに夢の国に行けると思ったらテンション上がっちゃって。大学生以来だし。やっぱ、独り身だと行きづらいんだよね~」
そう、今日は義妹とのお出かけだ。前に家で沙也香と電話していた時に京華ちゃんともお出かけしようと思い、義妹の数少ない休みと予定を合わせ、溜まっていた有給を消化。加えて風邪になった時以来、私たちの間に生じている微妙な、互いに遠慮するような空気を解消しようとする目的も兼ねている。
そうして私たちは平日から車でネズミの国へ向かってるのだ。左を向けば京華ちゃんがアシストグリップを血管が浮き出るほど握っていた。白くて細い手首は今にも折れてしまいそうで少し反省。
窓に義妹のむすっとした表情が反射して見えた。うわー、相当怒ってるかも。慎重にアクセルをゆるめる。
どうしよ、怒られるかも。
スピードの件で苦言を呈されるとドキドキしていたら、京華ちゃんは想定外のことを口にした。
「…………前来た時は誰と来たの?」
「へ?」
「さっき言ってた。来たことあるんだよね……。前は誰と一緒に行ったの?」
蚊の鳴くような今にも消えてしまいそうな声で、京華ちゃんはこっちを向いた。頬は赤くふくらみ、見上げるようにこちらを見ている。
か、かわいい。心臓が早鐘をうち、手元のハンドルから意識が吸い寄せられる。追い越し車線と右の前輪が重なり、慌てて左に寄せる。
「さ、沙也香だよ。ほらっ、この前家で電話してた人。大学1年生の時に連れてってもらったんだ」
「ふーん、沙也香さんと仲いいんだね」
「まあね。お互い地方出身だし、自然と仲良くなれたんだ。沙也香は頭も良くて、テストなんて毎回勉強教えてもらってたよ。沙也香がいなかったら4年で卒業できなかったかも」
再び運転に集中して、質問に答える。標識に書かれた夢の国までの距離がどんどん小さくなっているのを見て、目的地が近づいている実感が湧いてくる。
微妙な間が生じた後、小さな声で京華ちゃんがつぶやいた。
「随分仲いいんだね……なんか怪しい」
まさか、私が沙也香とただならぬ関係だと疑っているのだろうか。一切そんなことないのに。
私はそっち側の人じゃないから安心してよ、なんて軽く言おうと思ったけど風邪の日、京華ちゃんの桜色の唇に視線がくぎ付けになった記憶が脳裏をよぎった。ちがう、あれは風邪で弱気になってただけなんだ。しかし、どうも返答がぎこちなくなってしまう。
「そ、そんなんじゃないから! 私と沙也香は……そう、親友ってやつ!」
言い訳がましいけど、めちゃくちゃ仲の良い友達にすぎない。沙也香と夢の国に行った時はドキドキするとかなかったし。
あれ、待てよ。沙也香が助手席に座っている時、こんなにドキドキしてたっけ。朝からテンションが天井突破してったけ?
フロントガラス越しの太陽に焼かれるアスファルトを見つつ、私は思考にそっと蓋をした。
それ以上考えたら、なにかが崩れてしまいそうだった。何も自覚しなければ、全て変わらない。思考を振り払うように右足に再び力を込めた。
そうこうしているうちに割と朝早くに遊園地に到着できた。これは私の早起きの成果に違いなく、自分が誇らしい。
「それじゃあ行きましょうか」
乗車中は口数が減っていた京華ちゃんも目的地を前にテンションが上がってきたのか、大股で歩き出す。
もちろん京華ちゃんは帽子にマスク、サングラスという完全防御態勢だ。私は身長が高いゆえか男性に間違われやすい。実は少しコンプレックスだったり。少女漫画のヒロインみたいな扱いに憧れてるとは、この外見をしていて言うことではないか。
なんにせよお忍びデートなんて勘違いされては困るし、なにより竹鶴京華だとバレた時点でゲームオーバーだ。
チケットを機械にかざし、ゲートをくぐる。同じ日本で、外と同じ空気を吸っているはず。何一つ変わるものではない。けれど、この場所の空気は幸福・歓喜・希望など全てのプラスの感情がふんだんに込められているような感じがする。
「今日は平日なのに人が多いわね。どうしてかしら……うわっとと!」
群衆の波にさらわれそうになる義妹を片手一本で釣り上げて、抱き寄せる。べ、別にいやらしい意図はないよ?
華奢な義妹を守る姉としての義務であり、つまり完全に合法といえる。脳内の裁判長は公正かつ妥当な判決を導き出した。文句をいう輩には極刑を言い渡そう。
「お姉ちゃんが守ってあげる——なんつって」
ああ、ここでバシッと決められないのが私という人間なのだ。気恥ずかしくなって、いらない一言を足してしまう、ちょけてしまうのだ。
「っ~~~~!」
きっと京華ちゃんも変な目線で見ているに違いない。というか家事すらやってもらって姉面するなって内心呆れているに違いない。決めた、今日は私の姉としての威厳を高める日にするぞー!」
だとしたら行くところはただ一つ。
「本気でホラーにするの? べ、べつに怖がってるわけじゃないけど……もっと賑やかなアトラクションとかがお姉ちゃん好きそうだし。ビビってないから、私はなんでもいいけどさ!」
十分後、私と京華ちゃんはとある屋敷の前に立っていた。薄暗く、廃墟のような外壁。園内に漂う幸せオーラをこの場所からは一切感じない。
くくく、予想通り。竹鶴京華は大のホラー苦手少女なのだ!
姉としての威厳を見せつけるのには格好の場所だ。どう見せつけるかって?
それは、あれだよ。少女漫画によく出てくる吊り橋効果ってやつだ。あれ、吊り橋効果ってなんだっけ?
「うう、どうしてこんなことに……」
待ち時間、隣に立つ京華ちゃんが呟く。義妹は順調に恐怖を増大させているようで、ほくそ笑む。
「なあ、あの人めっちゃ――」
列に並んでいると、不意に視線を感じて顔を上げれば、制服を着た男子高校生たちがこちらを見てヒソヒソと話していた。
まずい、バレたかもしれない!
とりあえず彼らの視線から京華ちゃんを守らなければ。身体を盾に義妹の前に立とうとしたものの、裾を引っ張られた。そして、逆に京華ちゃんが彼らの視線を浴びるように前に立つ。
「なにしてるの、竹鶴京華が来てることバレちゃうよ! あの子達すっごく京華ちゃんのこと見てたし!」
「はぁ、お姉ちゃんもちょっとは自覚してよね」
となぜかため息混じりに京華ちゃんは言うと、乗車までの間ずっと私は京華ちゃんの影に隠れることになった。
「安全バーの確認しますねー」
「うぅ……なんでこんなに暗いのよ。それに音楽も気味悪いし……もっと楽しそうな音楽を流せばいいのに」
「ホラー系でポップ流されたら非難轟轟だと思うけど」
「それはそうだけど……」
青ざめた顔で薄目で前方を見る義妹。ゆっくりとアトラクションは線路を進みだす。
ふむ、私は普段全く映画を観ない(京華ちゃん出演作を除く)のだが、意外と世界観を知らなくても雰囲気で楽しめるようになっているようだ。
骸骨たちのダンスを京華ちゃんは両手で目を覆い、指の隙間から見ていた。
そして、アトラクションが向きを変える。
暗闇と一瞬の静寂。身構える間もなく緑色の骸骨が「ガシャンッ」と音を立てて地面から飛び出してくる。
「きゃあぁあーー!」
大絶叫とともに私の手を京華ちゃんが掴む。一瞬怯みそうになるものの、姉の余裕を見せつけるがごとく、優しく握り返す。
完璧だ。骸骨さん、よくやってくれた!
貴方がいなければ私の作戦は完成していなかっただろう。
緑の骸骨に拍手喝采。京華ちゃんの震える手を包み、「大丈夫だよ」と視線を送る。
「お姉ちゃん……」
絶望の中、唯一の希望を見つけたように京華ちゃんは私は見つめる。
よっしゃー、大勝利きたー!
こうして姉としての威厳を高めよう作戦を大勝利した私は大満足のうちに出口を出るのであった。
「全然怖くなかったし、た、タノシカッタナー」
「じゃあ、次はココで、その次はここ」
私が地図で指刺した場所は総じてホラー系。意地悪がすぎたのか、京華ちゃんは頬をふくらませ、私の手を引く。引きずられるように連れて行かれたのはジェットコースターの前。
「次はこれ乗りましょ」
「えっ、私ジェットコースター苦手なんだけど……」
「これ乗ろっか!」
凍りつくような完璧な笑みを浮かべた義妹に逆らえるわけもなく、私は断頭台に向かう死刑囚のような面持ちで列に並ぶのだった。




