第5話 お迎え side京華
「お疲れ様でしたー」
共演者さんに挨拶をして、みんなと一緒に楽屋へ戻る。部屋に入れば夕日が窓を強く照らしていて、慌てた様子のスタッフさん達がブラインドを下げた。部屋に並べられているのは4つのソファー。パイプ椅子だった時代が懐かしい。
「久々の歌番組緊張したねー」
「これからは歌番組メインにしていくんだから慣れてかないと。それより英語の発音が心配だわ」
緊張した様子で大きく息を吐いたのがパステルリボンのメンバー、ライアで、英語のアプリを開いたのが最年長の奈々である。
二人は相変わらずの仲睦まじい様子で肩を寄せ合っている。どうもあの二人の仲が怪しいのだが人前で口に出すことはしない。今度ご飯にでも行った時に聞いてみよう。
仕事終わりの和気あいあいとした雰囲気が一変したのは楽屋の扉がノックされたのがきっかけだった。
「お前ら元気してるー?」
なんともまあ気の抜けた挨拶をして入ってきたのは若い女である。年齢は私よりは年上だが、まだ三十前後。
化粧っ気のない顔だが遠目で見ても分かるほど整った顔立ちをしている。真っ黒なスーツを着込み、鋭い眼光を放つ彼女こそ私たちパステルリボンが所属する事務所の社長の円さんである。どことなくお姉ちゃんと似た雰囲気を持っているところが彼女の良い点だ。
予想外の来客に周囲のスタッフが一斉に浮き足立つ。
「社長⁉ どうしたんですか。滅多に現場来ることないのに」
「まあまあ、落ち着きなさい。ちょっと席外してくれる?」
社長が人払いするなんてどんな話だろうか。この人はいつも常識外れのことばかりする。警戒を強めるメンバーとは逆にスタッフさん達は待ってましたとばかりに部屋から飛び出していった。
喧噪が一瞬にして静寂へ。少し居心地が悪くて私はお尻の位置を調整する。
「どう最近は?」
「えーと、映画にCMと結構順調です」
いきなり話が振られて困惑しつつ答える。どーして私なんだ。しかも質問が抽象的すぎて分かりづらいし。
「仕事の話なんてどうでもいいって。そんなことよりコレだよコレ。例のお姉ちゃんとやらのお家に転がりこんだんだって?」
小指を立てて、悪女のような笑顔を向けてくる。
ぐっ、そういうことか!
円さんにはお姉ちゃんの居場所を突き止める過程で少し強力してもらった過去がある。勿論私のお姉ちゃんへの気持ちや過去などはボカして話したつもりなんだけれど、どことなくバレている節がある。
「あれ、京華にお姉さんなんていたの?」
「いるよー。それはもう京華はお姉さんにゾッコンよ。昔ホテルで一緒の部屋だった時なんてずっと寝言でお姉ちゃんと会話していたんだから」
「うっさいわね!」
あれは軽くホームシックになってた時で、たまたまなんだから。ため息を吐きながら答える。
「特に何もないですよ」
そう自分で言いながら空しくなる。あり得ないことにあの人は私のファーストキスすら無反応なのだ!
普通は一緒にいたらドキドキするとか、キスの意味に困惑するとか色々あるはずなのに。
まあ、無反応の理由は私のことなど妹としてしか見ていないという線が濃厚だ。きっと千早ちゃんは、あのことだって覚えていないに違いない。
……それとも私が知らぬ間に千早ちゃんは色々経験豊富になってしまっただろうか。
あれだけの美人だ。周りが放っておくわけがない。
私が見ないところでお姉ちゃんと男性が……。
悪い想像が脳内を汚染し、胸が痛む。なんとなく予感が当たっている気がするのはどうしてだろう。
「ちっ、つまらん。うちの事務所は恋愛ガンガン推奨してるんで、お前ら狂うほど恋しろよ」
「どんなアイドル事務所なんですか……」
「不満そうだな、京華。しかし、考えてみてくれ。恋もしたことない人間の恋愛・青春ソングなんて誰の胸にも刺さらないと思わないか? 私が求めるのはリアルな歌詞なんだよ!」
「それはそうかもしれないですけど」
社長の言葉には謎の説得力がある。論理などなくても、この人のオーラというか、なんていうか。
とにかく異常に話に引き込まれる人なのだ。
「恋愛禁止なんて古めかしい日本のアイドル像にしがみつくなよ。パステルリボンは世界を獲りにいくグループだからな。お前ら4人だったら最強のガールズグループになれる」
社長は腕組みをしたまま断言した。そしてさらなる爆弾を投下するのである。
「いよいよパステルリボンは——!」
雨がカーテンのように視界を遮る。ビルの出入り口に立つと、黒い雨雲が空を覆っていた。
「あ~もう、最近雨ばっかりだよね。まったく嫌になっちゃう」
ライアが心底嫌そうに空を睨む。すると奈々は肩をすくめながら微笑んだ。
「私は雨好きだけどな。雨音を聞くとなんか安心するのよ。あと、雨の日に音楽聴いたりゲームすると独特の雰囲気あって好き。ライアは雨嫌い?」
「ううん、奈々が好きなら私も雨の日大好き!」
ちっ、他所でやりなさいよ。バカップルのやり取りを横目にどう帰ろうか思案する。天気予報のとおりに振ってきた雨に私はなんの手立てもなく立ち尽くすのみ。私は雨なんて大っ嫌いだ。
今朝うっかりと傘を忘れた自分が恨めしい。
これはタクシーでも呼ぼうかと思ったその時
「京華ちゃん!」
と心地よいハスキーボイスが耳を撫でた。
この声はお姉ちゃん⁉
声の方に首を向けると水のカーテンを開くように千早ちゃんが姿をみせる。
傘を右手に、左手を私に振って小走りに近寄ってくる。アスファルトを水滴が跳ねて千早ちゃんの靴を濡らす。
ああ、水に少し濡れた髪が色っぽくて綺麗……じゃなくて!
「お姉ちゃん!? どうしているのよ?」
「会社から帰るついでに迎えにきたよ。京華ちゃん傘忘れてったから」
よく見てみればお姉ちゃんの右腕には紺色の傘がかけられていた。まぎれもなく私の傘だ。
千早ちゃんが「はい」と傘を差しだして私にほほ笑みかける。それだけで私の心拍数は際限なく上昇してしまう。
「あれが噂の京華のお姉さん……すごい美人さん」
「ほえー、京華とは違ってカッコいい路線なのか。身長も高くてスタイル抜群。アイドルというかモデルで天下取れそうな感じ」
「けどさ、ああいう美人って裏でモテてるのよ。相当ライバル多いんじゃない」
うっ、メンバーの好奇のまなざしが千早ちゃんに集中している。ちらりと見れば円さんなど既にお姉ちゃんを凝視して上から下までなめまわすように見ている。
あれはビジネスの顔だ。まずい、変な虫がひっつく前に早く引き揚げねば。
「っ、私もう帰るから!」
「ええ、私パステルリボンの子たちに挨拶しようと思って……」
とかのたまう姉の腕を引き、無理やり歩道に出る。お姉ちゃんが名残惜しそうに背後を見ているが、ひょっとして推しでもいるのだろうか。お姉ちゃんは小さい子とか好きだし奈々あたりが怪しい。
信号待ちの間、黒と紺の二つの傘がギリギリ触れ合うような距離感がもどかしい。
「……ありがとっ」
テレビの前のように行儀よく猫をかぶれたらいいのに。本当に大事な人の前では仮面をかぶることができない。
「どういたしまして」
ちょこんっと傘を触れさせて、千早ちゃんが笑う。
ライアのことを馬鹿にできないなぁ。私も雨の日が大好きだ。




