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スポットライトの届かない場所で  作者: あかぎ


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第4話 「背伸びしたい年頃」と書いて大学生と読む

 桜が散り、ゴールデンウィークが楽しみになってきた今日この頃。

 私は充実した週末を送っているはず……であった。


「この雨じゃハイキングは中止だねえ。せっかく運動しようと思っていたのに。神様がお前は運動しなくて、ダラダラしてていいって告げてるような気がするよ」


「千早は運動しなさすぎ。どうせ今も家でタバコくわえてゴロゴロしてるだけなんでしょ」


 うっ、こやつ中々鋭いな。やることもない私はベッドの上で朝から酒とタバコに溺れるという、いつも以上に不健康な生活を送っていたところである。

 本来ならば今日は学生時代の友人と運動不足解消を目的にハイキングにでも興じるつもりだった。しかし、早朝から空を黒い雲が覆っていたかと思えば、つい先ほどから土砂降りという有様だ。今も横殴りの雨が窓を割らんばかりの勢いで降っている。


「さすが心理カウンセラー。沙也香はなんでもお見通しだ」


「……心理カウンセラーは関係ないんじゃないかしら。シンプルに千早の行動が単純すぎるだけじゃ……」


 耳が痛い話にスマホを物理的に遠ざけていると、ガチャッ、と玄関から鍵が開く音がする。「ただいま~」と早朝の生放送を終えたばかりの妹がリビングに上がり込んできた。

 私は目だけで「おかえり」と訴える。通じているかは神のみぞしるところなり。

 京華ちゃんは私が電話しているのを見ると目を丸くして驚いたように私を凝視した。その目は「誰と喋っているんだ」と訴えかけていた(私の想像に過ぎないが)。


「あれ、今家にいるんじゃないの? 誰かそっちにいるのかしら」


「実は今妹が家に来ててさ、また今度電話するよ。じゃあねっ」


「ちょ、ちょっと」


 半ば無理やり会話を打ち切りスマホに表示されたボタンを押す。大人気アイドル竹鶴京華が家にいるなんて、いくら友人でもバレたら大変だ。

 まさか気づかれることはないだろうが、聡い沙也香のことだ。声などのわずかな痕跡でバレる危険性を考慮しなくてはならない。あの友人は恐ろしいほど第六感が発達しているのだ。


「今誰と電話してたの?」


「大学時代の友人だよ。今日ハイキング行くつもりだったからさ。残念だけどこの天気で中止だけど」


「ふーん、そう」


 短い言葉にどこか棘がある。頬もふくらんでいるし、なんか不機嫌そう。京華ちゃんはいつもなら私と同じベッドに腰掛けてスマホを弄っているものだが、今日は少し離れた地面にあぐらをかきスマホに視線をやっている。これはもしかして……。


「お姉ちゃんと今度どっか行こっか」


「べ、別に私とはどこも行かないくせに他の人とは行くんだーとか思っていたわけじゃないから!」


 誰の目にも分かるほど狼狽した様子で叫ぶ。ふふふ、全部丸聞こえだね。

 そっかー、京華ちゃんもどこか一緒に行きたかったらしい。

 妹らしい一面が見られてお姉ちゃんとして嬉しいぞ。私はベッドから飛び降りて、京華ちゃんのもとへ突進する。

 そして頭をぐしゃぐしゃと撫でれば「やめてってば」なんて言って部屋の隅に逃げ出してしまった。


「ごめん、ごめん。もう触らないからこっちおいでってば」


「……別に撫でられることが嫌なわけじゃ……」


 ぶつぶつ言いながら不満気な表情も様になってしまうのだから美人は得なものだ。顎に手を置き入れ替わる形でベッドの上でむくれている義妹は不意に何かを思いついたように私に視線をよこす。正確には私の手元、右手の人差し指と中指に挟まれたタバコを。目の奥が怪しくきらめいた。


「ねえ、タバコ吸わせてよ」


「ダメに決まってるでしょ。健康に悪いし良いことないよ。それにアイドルとしてのイメージにも悪い影響でちゃうじゃん」


「バレなきゃ大丈夫よ。何事も経験っていうでしょう。ようやくあの家から出られたんだから、こういう経験をさせてよ。一本くらい寄越しなさいよ」


 ちょっと危ない思想の義妹が忍び寄る。タバコを死守しながらも、京華ちゃんの言葉が胸に引っかかった。口ぶりからして、どうやら京華ちゃんも私と同じらしい。


「やっぱり京華ちゃんも家が嫌になって飛び出してきちゃったんだ」


「うっ……」


 京華ちゃんはツインテールを揺らして顔をしかめる。テレビでは笑顔を絶やさない義妹のこんな表情を知っているのは世界で何人いるだろうか。きっと両親は知らないだろう。あの人たちにも見えていなかったから。


「べ、別に逃げ出したりしてないし。ただ、ちょっとだけ飽き飽きしてたっていうか、新しい場所に行ってみたかったみたいな?」


 ほほーう。そんな嘘言っても大丈夫かな。しかめっ面を崩さない京華ちゃんを脅すようにタバコの煙を吹きかける。


「じゃあ、実家に連絡しちゃおうかなー」


「うげっ、それは本当にやめて」


「どうせ私と暮らしていることは言っていないでしょ。あの人たち私が京華ちゃんと住んでいるって知ったら怒るだろうなー。もしかして連れ戻しにくるかも」


 少しだけ揶揄うつもりで、好きな子に意地悪しちゃう小学生男子のような気持ちで言っただけだ。しかし、京華ちゃんは本気で受け取ったようで、うつむきがちに言った。


「……本気で連絡するの?」


 その声が、その表情があまりに儚くて、寂しそうで胸がしめつけられる。やってしまった。後悔が胸を刺す。

 私だって知っているんだ。あの家でこの子も同じように苦しい日々を送っていたことを。むしろ反抗して自由になるのではなく、親が望む子供でいようともがいていた義妹の方が余程苦しかったはずだ。

 逃げ出した姉なんかより……。


「うそうそ、あの人たちの連絡先も知らないし家に送り返すなんてことしないよ。それに、京華ちゃんがいなかったら誰が料理作るの。もう私の胃袋はがっちし京華ちゃんに掴まれてるんだから!」


「はあぁ、料理のためにか。やれやれ、現金な姉だこと」


 私の言葉に安心したように京華ちゃんは胸をなで下ろす。


「ごめん、ごめん。代わりにこれあげるよ」


 私はタバコの箱からまっさらなタバコを一本取り出すと義妹に突き出す。最近値上げが激しくて渡す時に一本分の値段を計算してしまう。くそっ、タバコばっかり税金上げやがって。


「えっ、いいの?」


「何事も経験なんでしょ?」


 格好つけてみるが、頭の中ではしっかり料金を計算したことは秘密としておこう。雨足が強まったのか窓がガタガタと揺れている。

 恐る恐るといった様子で義妹はタバコを受け取ると物珍しそうにじっくりとタバコを眺めまわす。そりゃあ現役アイドルにタバコを渡す不埒な輩などいないであろうから、さぞ珍しいのだろう。


「これ一本分吸えるかしら」


「うーん、初めての人にはキツいかも。試しに吸うんだったら今私が吸ってるやつがあるけど流石に嫌だよね」


「それにするわ!」


 私が直接咥えたものだし、汚いから嫌がるかと思っていたら食い気味に京華ちゃんは手を差し出した。

 京華ちゃんってペットボトルの回し飲みも嫌がるくらい潔癖症だったような気がするんだけれど、会わない間に変わったのだろうか。

 吸いかけのタバコを慎重に京華ちゃんの手のひらにのせ、吸い方をレクチャーする。


「まずは軽く咥えて、最初はストローで吸うように軽く、ね。とりあえず煙を口に含んだら吐いちゃって」


 いきなり肺に煙をいれこんでもむせては困る。大切な妹のためにも慎重を期して望まねば。と思っていた私を無視するように京華ちゃんは一気にタバコの煙を吸い込んだ。

 あっ、と声をあげるよりも早く、京華ちゃんが派手にむせる。


「ごほっ、ごほっ。うう、なによこれ、不味っい!」


 テレビには決して映せないような少しみっともない義妹の姿に腹の底から笑いの声が出る。おきに召せなかったようで京華ちゃんはタバコを恨めしげに睨むと二度と口元に運ぼうとはしなかった。


「ふふ、子供だなぁ。京華ちゃんにタバコは早いみたいだね」


 画面の奥では常に完璧な義妹のこういう姿を見るのはなんだか懐かしい。そう、京華ちゃんは最初から完璧だったわけじゃない。

 初めて一緒にカラオケに行った時なんか酷い歌声だった。テストも2週間前から部屋に籠もって勉強しても結果が出ず、夜中にリビングで泣いていたのを見たことがある。

 みっともない姿を見せないように、人前では常に完璧でいられるように努力する。それが竹鶴京華が天才と言われるゆえんなのだ。

 京華ちゃんから受け取ったタバコを灰皿に置く。


「ねえ、京華ちゃん」


 私の呼びかけに「うん?」と首をかしげて返事をする義妹は誇張抜きで天使のようんだ。その見た目ゆえに人は期待するのかもしれない。本物の天使のように振る舞うことを。

 でも大きすぎる期待は心身共に蝕んでいく。昔からいつか可愛い義妹が砂のように崩れ去ってしまう、そんな未来が訪れるようで、不安に駆られることがある。


「あのー……」


「なによ。言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」


 大きく息を吸い込む。本当は実家にいる時に伝えておくべきだったんだ。


「私の前ではいいんだよ? 完璧にならなくてさ。私知ってるから。事前に台本が擦り切れるほど読み込んで演技することも、毎日深夜にお風呂場でダンスの練習してたことも、全部知ってるから。だから大丈夫。お姉ちゃんの前では誰もが憧れるアイドルにならなくていいよ。ううん、むしろドジで意地っ張りで、最高に可愛い妹の竹鶴京華でいてよ。じゃないとお姉ちゃん寂しいからさ」


 だから背伸びしたい大学生みたいにタバコを吸ってもいいし、家でゴロゴロしてもいいのだ。世間の前ではできなくても私の前では自然体でいてほしい。

 自意識過剰なのかもしれないけど、きっとそれは私にしかできないことなんだ。

 てっきり強気な妹は「私は元から完璧なんだから!」とでも言うかと思っていた。しかし、ズドンという衝撃と共に胸元に衝撃が加わる。

 京華ちゃんは子猫のように身を委ねていた。


「よしよし」


 そう言って撫でれば瞳はうろんとしていく。ハイキングには出かけられなかったけど、こんな週末なら悪くないかな。

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