第2話 最初のキスはタバコのflavorがした
「きったな! なによこれ。スーツは脱ぎっぱなし、お酒の空き缶は床に転がってるし……」
「あー、ここ一カ月ゴミ出ししてないから、ちょっと汚いかも」
「一ヶ月!?」
本当は二ヶ月だけど。よし、その顔を見るに本当のことを伝えない判断は正解だったようだ。
ごめんよ、お姉ちゃんは汚い大人になってしまったのだよ。
京華ちゃんは部屋に入るなりたばこの煙に顔をしかめる。そして床に転がる衣服と空き缶の数々に面食らった様子である。
信じられない、と頭を抱える義妹を尻目にいそいそとビールのフタを開ける。
「あれ、今日の晩ごはんは? 外で食べてきちゃったのかしら?」
「ご飯ならここにあるよ~」
「えっ、どこにもないわよ……。冷蔵庫はお酒と枝豆しか入ってないし……」
一通り部屋を見回した後、冷蔵庫を開いた義妹が首をかしげる。
「ほらほら、こんなにおいしい晩御飯があるじゃない」
「まさか!」
「大人の晩ご飯はタバコとお酒で充分なのである!」
「充分なわけあるか! もうっ、信じられない!」
「だって~、仕事終わりにご飯つくるのなんて無理。仕事で嫌な連中とも顔を合わせるんだから、お酒でも飲まないとやってられないもん」
喉に流し込んだビールが日々の苦痛全てを忘れさせてくれるのだ。早速三缶目を取りに行こうとしたら京華ちゃんが両手をあげて進路を阻む。なぬっ、私に酒を飲ませないつもりか。
「そんな健康に悪い物ばかり食べてたらダメよ。ったく、しょうがないわね、これからは私が料理してあげる。家賃代わりってことで」
「えっ、いいの?」
「べ、べつにお姉ちゃんのためじゃないわよ! 私は健康な食事をしたいから、そのついでに作るだけだから」
国民的アイドルが手料理を振る舞ってくれる。間違いなく五つ星ホテルのディナーより価値がある。
「やった~。えへへ、京華ちゃん大好き」
思わず京華ちゃんに抱きついてしまう。勿論料理を作って貰えるという嬉しさもあるのだが、それ以上に久々に会えた義妹とこうして普通に会話できていることが何より嬉しい。ぎゅっーとハグすること数分、なんだか胸の中の京華ちゃんが静かになってきたような……やばいっ、窒息死させてしまう!
「……うぅぅ、ったくお姉ちゃんのデカい胸に圧迫されて死ぬところだったわよ!」
「ごめん、ごめん。つい京華ちゃんに会えて嬉しくて」
「えっ。そ、それなら今回は特別に許してあげるけど、次はないからね。まあ、どうしてもハグがしたくなったらたまにはしてあげてもいいけどっ」
酸素が足りないからか顔を真っ赤にさせて京華ちゃんは念を押す。あぶない、あぶない。犯罪者として明日の新聞の一面を飾るところだった。
にしても、こうして家に誰かいるっていいな。久しぶりに本音で人と会話したような気がして頬がゆるむ。騒いだからだろうか、なんだかいつもよりお酒が回るのが早い。足がふらついて視界がぐらぐらする。
「ちょっと、大丈夫?」
こうして義妹に心配される始末だ。立っていられない私を支えるように今度は京華ちゃんが私を抱きしめる。両脇の下から手を入れられ、顔が至近距離に近づく。天使のような顔が間近にあると、勝手に心臓が音を立てて鳴り出す。
妹にドキドキしてるなんて思われたくなくて、つい軽口を挟んでしまう。
「……なんか近いね。キスとかできちゃいそう……な~んてね!」
これは自分でもキモいかも……。なんて後悔するより早く義妹の顔が動いた。まっすぐに、数センチの余白を埋めるように。可愛らしい桜色の唇が私の唇と触れる。
「………………えっ?」
思考が今度は完全に停止する。視界いっぱいに映る国民的アイドル兼義妹。
(私キスされてる……?)
理由なんて分からない。ただ心臓は張り裂けそうで、爆音をかきならしている。一瞬にも永遠にも思える時間の後、京華ちゃんが顔を離した。
そして、うつむきがちに告げるのであった。
「……千早ちゃんたばこ臭い」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!」
慌てて洗面所に飛び込み、歯ブラシを口に突っ込む。子供心は薄れてしまったが、乙女心は忘れちゃいない。
キスの感想がたばこ臭いなど乙女のプライドが許さない!
全ての歯をくまなく磨き終えた私が洗面所を出ると京華ちゃんは勝手に押し入れの中から寝袋を見つけ出して床に敷いていた。あれは私の友達が泊まる時に使っている中々お高い寝袋だ。カーペットも敷いてあるので友人曰く「ベッドで寝るより快適なんだよね」とのこと。
「私は今日からこれで寝る。明日は朝一の情報番組に映画の番宣で出るから先に家出るから。おやすみ」
私の返事を聞くことなく京華ちゃんは寝袋にくるまってしまった。《《あの竹鶴鏡花を床で寝かす》》など世界中のファンから「お前が床で寝ろ!」と突っ込みを受ける事態である。だけれど、キスの後にベッドに誘うのはなんかイケないことのような気がして……。
結局私はビールもタバコもしまい、電気を消してベッドに潜り込んだ。その日の夜、なぜ私の家に泊まることにしたのか、どうしてキスをしたのか、など疑問が頭の中をぐるぐる回って中々寝付けなかった。




