第1話 スーパーアイドルと同居!?
色あせた風景が右から左へ流れていく。子供の頃は窓から見る風景、そのどれもが輝いていたはずなのだが、今はそんな感性は失われてしまったらしい。
まあ、それもそっか。もう新卒3年目だし。毎日同じ窓から同じ景色を眺めていれば自然と色あせていくものだ。
惰性で眺めているSNSには友人達の旅行の様子がひたすらに流れている。羨ましい、という感情は湧かなかった。
別に今の暮らしに満足しているわけじゃないけれど、不満があるわけでもない。平凡な人生、それで満足できるのが私である。
「うわー、また京華ちゃんCM決まったって! マジでテレビで見ない日ないんだけど!」
「あー、化粧品のやつね。てか、今度パリの有名なファッションショー出るらしいよ。日本人初だってさ」
「凄っ! いいな~、私もあんな可愛い顔で生まれたかった!」
私の隣に立つギャル二人組の会話が耳に入る。盗み聞きする趣味はないけれど、とあるワードに反射的に耳が反応した。聞いていたことがバレないように私はそっと顔を下に向ける。本当は自然と緩む頬を見せないため、という理由もあるのだけれど。
「次は~~。お出口は右側です。扉の前には立ち止まら…………」
内心で気まずい思いをしていたら、救いの手を差し伸べるように停車のアナウンスが車内に流れる。
(あ~、ようやく着いた。ったく、東京の電車混みすぎだよ)
人並みをかき分けホームに降りる。3番出口をくぐり抜け、重い足に鞭を打って階段を昇る。午前中の雨が残っているのか、アスファルトはいつもより黒く湿っていた。
駅近と最小限のセキュリティを備えてる(といってもオートロックくらいだが)という理由だけで選んだアパートは家賃の割にはよかった。
アパートの2階「竹鶴」という表札がかかった扉を開けば、午前中から思いはせ続けた我が家への帰還だ。
「ただいまー、と言っても返事はないけど……悲しいねえ」
まっさきにスーツを脱ぎ散らかし、風呂に飛び込みシャワーを浴びる。荒んだ心がほんの僅かに潤った……ような気がする。
風呂上がり、ビールを片手にドライヤーを髪にあてる。この手持ち無沙汰な時間が少し寂しいと感じるのは一人暮らしの弊害なのだろうか。
そんなことを思いつつ、テレビのリモコンを操作し、適当にチャンネルを変えていく。恋愛ドラマにバラエティや映画、様々なジャンルがありつつ、私の手を止めたのはCM中のお笑い番組であった。テレビに映るのは一人の少女、いや女性。
日本人にしては高い鼻。某ボカロのキャラクターのように長いツインテールの黒髪。吸い込まれそうなほど大きな瞳がまっすぐとこちらを見つめてる。
オーストリアのクオーターである彼女の肌は色白、透き通るほど綺麗だ。
小ぶりな桜色の唇から紡がれる言葉は澄んでいて、惹きつけられずにはいられない。なにより神様がとびっきり力を入れて配置したのではと思うような顔のパーツのバランスの良さ。
「竹鶴京華さんとコラボの新作化粧品が今月発売! いますぐ手に入れよう!」
15秒ほどのCMの最後にそんな煽り文句がデカデカと画面上に映し出された。勿論速攻ア〇ゾンで購入ボタンをクリックする。
彼女の名前は竹鶴京華。今や日本で知らない者はいないであろうスーパーアイドルだ。
実は彼女……なんと私の義妹である!
大事なことなのでもう一度言おう。
『国民的アイドル、竹鶴京華は私の妹である』
え、よく聞こえなかったって?
いいだろう。もう一度言ってあげようではないか。
世界的アイドルグループのパステルリボンのセンターであり、映画に雑誌、テレビに引っ張りだこの竹鶴京華は私の義妹なのである!
中学生の頃、母親が再婚し、新しく父となった人の連れ子が京華ちゃんであった。
容姿端麗、文武両道、当時から完璧だった妹に、それはもう両親は入れ込んだ。
なんなら血が繋がっているはずの実の母親でさえ
「千早みたいな出来の悪い子に構ってる時間はないの」
という育児放棄レベル100みたいなことを言って妹を溺愛した。そうして家ですっかり居場所をなくした私は実家から逃げ出すように大学生になると同時に上京し、それ以来一度も実家に帰っていない。
まあ実家とは縁が切れていると言っても間違いではない。京華ちゃんも実質的に一緒に住んでいたのは6年間くらいだし、家族であるという認識も薄い。が、妹であることには限りない。
両親のことは嫌いだが、京華ちゃんに恨みなど一切ないし姉としてささやかに彼女の活躍を楽しみにしているのだ。
「そろそろライブでも行ってみようかな。けど、顔会わせるのは気まずいしな~」
たばこを吹かしながら追加のビールを探しに冷蔵庫を漁っていると「ピンポーン」と玄関から音がした。
はて、宅急便だろうか。最近注文した記憶ないけど……。
「はーい、今行きまーす!」
しっかりビールを確保してから玄関に向かう。
たばこを口に加え、未開封のビールは左手に。空いている右手でドアを開けた。
「えーと……久しぶり」
「……京華ちゃん?」
眼前にいるのは間違いない。つい先ほどまでテレビに移っていた義妹だ。冷たい夜風が頬を撫でる。
数年ぶりの義妹との対面に脳が機能停止したかのように動かない。そんな私に向け京華ちゃんはさらに衝撃的な一言を告げるのだった。
「しばらく一緒に暮らしてもいい?」
「は?」
「だーかーら、私ここに住んでもいいかって聞いてるの!」
「いやいや、こんなボロいアパートにアイドルが住んでいいわけないでしょ! 危ないし、なにより二人で住むには狭いよ」
「だったら私今日から野宿するから! それが嫌だったら一緒に住ませなさい」
そういえば義妹はこんな喋り方だった。テレビで見る清純派アイドルとは真逆。思ったことはズバズバ言うタイプでなにより一度決めたことは絶対に譲らない頑固な一面がある。世間は知らない姉の私だけが知っている本当の彼女の顔。
恐ろしいほど真っ直ぐで芯のある瞳。
だから私は首を縦に振っていた。知っているから。この顔をした妹は何を言っても無駄だと。説得など不可能である、と。
「ありがとう、お姉ちゃん」
にっこりと笑う義妹の笑顔は天使のように美しく、私の平凡な日常がガラリと崩れる音がした。




