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スポットライトの届かない場所で  作者: あかぎ


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19/20

第19話 後悔ダメ。ゼッタイ。

「いらっしゃい」


 仕事終わりの平日夜、いつもはなんのイベントも起こらない消化試合のような時間。しかし、今日は一味違う。


「久しぶりー。沙也香の家来るの大学の時以来かも。相変わらずこの部屋は物が少ないね。刑務所みたい」


「さりげなく不吉な例えするのやめてもらえるかしら……。物がいっぱいあると落ち着かないのよ。とりあえず宅配ピザだけ買っておいたけど、充分そう?」


「うん、充分。私は日本酒とワインと酎ハイ買っておいたよ。ワインに関しては赤と白どっちが好きか分からなかったから、どっちも買っておいたから安心して!」


「それ千早が赤と白どっちも飲みたいだけじゃないかしら……」


 うっ、察しがよいな。テーブル上を準備するふりをして、そっと顔を背ける。道中寄ったスーパーで散々迷った挙句、赤と白の紅白歌合戦にしようと決めたばかり。だって今日は沙也香がいるし、色んな味飲みたいじゃん?


「いただきまーす。うーん、美味しい! やっぱり洒落た料理もいいけど、こういうジャンクな食べ物が一番美味しいー!」


「やっぱりマルゲリータを頼んでおけばハズレないわねー。ほんとっ、ピザとバジルってなんでこんなに合うのかしら」


 しばしの間会話することも忘れ、食べることに集中する。小学生のようにチーズを伸ばして遊んでいると「それ私もやろっ」と沙也香も参戦。二人してピザでわちゃわちゃ騒いでいると、不意に部屋の隅に積まれた本たちに目がいった。


「沙也香が床に本を積むなんて珍しいね。さては、長期連載の新刊を買ったけど、『あれ、前刊までのあらすじが分からない⁉︎』ってなって結局読まないまま積まれている本でしょ。うんうん、分かるわー。最近のラノベ長すぎてこのキャラ誰?ってなりがちだもん。また一から読むの面倒だし、本棚に並べて満足しちゃうよね」


「勝手に納得しないでもらえるかしら。あと、その例え分かりづらすぎない?」


「そうかな。某ハンター×2の漫画で具体的に説明した方が分かりやすかったかな。大陸ってなによそれ。今なにが起こってるんだってなりがち」


「私ジャンプ系読まないからもっと分からないわよ……あと、その本たちは参考書よ。私、今度転職しようと思ってるの。だから仕事終わりにちょくちょく勉強してるのよ」


「えぇぇぇぇぇぇぇえええ!」


 夜遅くにも関わらず腹の底から大声が出た。て、転職だって?

 確か沙也香は心理系の専門職に就いてて、かなり給料も良かったはずなのに。


「ちょっと声が大きいわよ。ここのマンション気に入ってるんだから、立ち退きとかになったらどうしてくれるのよ」


「ご、ごめん。ごめん。ちなみに転職先とか聞いてもいいかな」


「児童相談所で働きたいと思ってるわ。今までの実務経験が生かせるのもあるけど、昔の生育環境に大人になっても苦しんでいる人達って結構いるのよ。そういう人達の力になりたい、若いうちに話を聞いてあげて、支えてあげたいの」


「素敵な仕事だね。沙也香の希望が叶うように応援してる」

 と言うのが惰性で働いているだけの私には精一杯だった。同級生がこんなに世のため、人のためを思って生きているのに私は今のままでいいのだろうか。

 私の返答を聞いた沙也香は「そう言ってくれてありがとう」と微笑んだ。そして新しく缶チューハイは開け酒をあおる。凄まじく豪快な飲みっぷりである。


「実は職場の人にも家族にもすごく反対されててさ、ちょっと憂鬱だったから賛成してくれてすっごく嬉しい」


「え、どこに反対する要素があるのよ。立派な目標じゃない」


「今の職場に比べて結構給料が下がるのよねー。それに積み上げてきたキャリアも崩れちゃうからさ。次の職場でも同じようにキャリアを積み上げられるかなんて分からないもの。親からすれば安定した生活を捨ててまで夢なんて追うなんて信じがたいのでしょうね。『いい加減大人になりなさい』って怒られちゃったわ」


 照れくさそうに舌を出して、ピザをつまむ。こんがり焼けたチーズがぷつんと切れた。確かに沙也香の両親の意見も納得できるものだ。お金が大事じゃない、なんて大人になったら誰しも口にすることはできない。

 だとしたら、沙也香の考えは間違っているのだろうか。不正解というのは違うような気がする。


「そんなことより、例の斉藤さんとはどうなっているのよ。熱心にアプローチかけられているそうじゃない。デートしてみたら?」


 そういえば以前沙也香には斉藤さんという方にアプローチをかけられて困っているみたいな相談をしたことがあった。すっかり忘れてたと内心頭に拳をポカリ。


「その話なんだけど、実はこの前斉藤さんとお茶会したの」


「ええー、聞いてないわよ! 一体どういう経緯であの千早がデートする気になったのよ」


「デートのつもりはないけど……。それについては深い理由がありまして。あれやこれや、かくかくしかじか……といったわけなんですよ」


「へー、なるほどね。かくかくしかじか、あれこれあった……と。って分かるわけないでしょ! めんどくさがって適当に話そうとしないでよ。地の文でかくかくしかじかはいいけど、口頭で省略されても訳が分からないわ!」


 というわけで、斉藤さんとのかくかくしかじか、あれやこれやについて数十分かけて説明することに。京華という具体名は出さずとも元恋人との別れが悲惨であったこと、今度は正しい恋をしようと思うことを明かしておいた。


「……というわけで、斉藤さんとお付き合いするかどうか迷っているの」


「話を聞いている限り意外と良さそうな方じゃない。もっとダメな男だと思ってたわ。ちょっとキザな部分というか、お茶目な部分がありそうだけど、全然常識の範囲ないだし、仕事と常識を両方持っている人って意外といないからねー」


 相変わらず冷静かつ客観的に意見を言う沙也香。友人の口調には過去の苦労が見え隠れしている。


「そう……だよね。きっと彼と付き合うのが正解だよね」


「正解?」


「うん。ちゃんと定職についてる男性で性格的にも難があるわけじゃない。世間体もいいし、誰がみても間違いだって言われない選択肢だと思う。みんなが正解だって思う恋愛をするべきだって私はようやく気づいたのよ」


 私の言葉に沙也香は少し眉間にしわを寄せ、考え込むように顎に手をやった。私はボトルを開け、真っ赤なワインをグラスに注ぐ。沙也香は私がお酒を飲み終えるのを見て、慎重に言葉を選びながら、しかし真っ直ぐと私の瞳を見据えて語り始める。


「他人が勧める人と付き合うのは正しいことなのかな?」


「……正しいと思う。だって自分を客観視するのって難しいから。恋は盲目って言うじゃない? 皆が正しいと言っている恋愛を突き進む方がより良い未来に辿り着ける気がする」


 世間に声を大にして否定された京華との関係。実際あのまま京華と付き合っていたらツアーが成功したか分からない。別れて正しかった筈なのだ。この聡い友人ならどの選択肢を選ぶのがよいのか分かっているのだろうか。


「沙也加はどういう恋をすればいいとか分かる? 正解か不正解か、どう見極めればいいんだろう」


「さあ。何が正解で何が間違いかなんてさーっぱり分かんないわよ。道を選ぶ段階では何も分からない。過去を振り返ってようやく自分の進んできた恋が正しかったかどうか分かるだけ。要するに全部結果論にすぎないと思うわ」


 沙也香は酒に酔った赤い顔で笑い飛ばした。だよねー。正解が分かれば人生苦労しないというものだ。誰と付き合うのがよりよい選択肢なのか、それに判断基準なんてないのだろう。


「けど、一つだけはっきりしていることがあると思うの。」


 沙也香は酔っ払った瞳をこちらに向け断言する。


「後悔だけはしないこと。あの時ああしていれば、こうしていればってやつ。小学生の頃、好きな子に告白していれば、あの時勇気を出して上の大学を志望していれば……ああいう経験って不正解だと思わない? 全部失敗して、人に笑われて、非難される恋だとしても後悔するより百倍良いと思うわ」


 転職するために実際に行動に移している友人が言う言葉には重みがあった。実際に沙也香は後悔しないように積み上げてきたキャリアを捨て、他人に反対されても自分が後悔しないように生きているのだ。


「私は世間の誰もが正しい選択だと思う道こそ正解、なんて思わない。人生の正解か不正解かどうかを決められるのは自分自身だけなんだから。例え誰かの言う正しい道を歩んできて、結果的に富や名声を得たりしても、死ぬ時に後悔ばかりの人生なんて嫌だな」


 沙也香はついにはガラスに酒を注ぐことをやめ、ワインをラッパ飲みし始める。そして、最後にこうしめくくった。


「今の千早は斉藤さんと付き合ったら世間にどう見られるか、にしか注目してないけど、彼と付き合って本当に後悔ない人生を送れるのか真剣に考えたらいいんじゃないかしら。世間体じゃなくて本当に自分の進みたい道を行けばいいじゃない」


 私が心の底から望んでいる未来——斉藤さんの隣にいることなのだろうか。違う……私が本当に一緒にいたい人は——。


「ありがとう。随分遠回りしたけど、ようやく分かった気がする。もしかしたら、みんなから罵倒されて、また叩かれることになるかもしれないけど、やりたいようにやってみる……人生一回きり、後悔してる時点で大失敗だよね」


 今のままだときっと後悔する。死ぬ瞬間になって、「あの時別れなければ良かった」って百パーセント思う。もう、この世に未練たらたらで成仏できないくらいには後悔しちゃう。なら、やるべきことは一つだけ。これから進む道が破滅への一歩だとしても、好きなように生きよう。

 横を見れば沙也香はワインを片手に机に突っ伏していた。寝落ちしてしまったようだ。私はスマホを取り出し、急いでアプリを開く。

 サイトを辿っていけば『4月1日ツアーファイナル@東京公演』と書かれたページが。ファンサイト限定先行抽選である。私は酔いに任せて思いっきりボタンをクリックする。後悔しない未来を掴むために。

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