第20話 ツアーファイナル
桜の舞う四月。ピンク色に染められた地面をスニーカーで踏み歩く。水道橋駅を出た頃からとてつもない人混みに揉まれ、ボロボロになりながらも、なんとか前を向く。人が蟻のように列を作り、一直線に続いていく。会場に着くまでにHP切れになったらどうしようか、と本気で心配になってくる。
行列の先に巨大な白い屋根が見えた。人目を惹きつける綺麗に丸い弧を描く天井だ。おおよそ東京の真ん中、文京区で普段は野球場として用いられてるドームだが、本日はユニフォームを着たファンは見られない。代わりに「PASTEL RIBBON」と印字されたTシャツを着た若い男性が目の前を通り過ぎた。
そう、今日こそパステルリボンの世界ツアーのファイナル公演なのである。一年半世界中でツアーを回り、地球規模のガールズグループとなった彼女らの凱旋は朝からニュースをジャックし、日本中を盛り上げている。
「奇跡的にチケット取れたけど、番号的に最前列ではないよねぇ。はぁ、噂だと一枚数百万円で取引されるくらいプレミアついているらしいし、しょうがないけど。今日は来れただけで神様に感謝しないとダメだよね」
説明するまでもないと思うが、現在私はパステルリボンのライブに足を運んでいるのである。
会員番号一桁のおかげかは分からないが、沙也香の家で酔っ払いながら応募したコンサートチケットが奇跡的に当たったのだ。後日当選メールが来たときは本当に驚いた。
「ちゃんと京華に会って話したいけど、遠目から見るだけで終わりそう……」
やっぱり私は京華がいい。世間から非難されようと、認められる恋じゃなかろうと自分の気持ちに嘘はつけない。決心したのだけれど、会うことすらできなくて詰んでる状態だ。それでもライブに来たのは、会えば何かが変わるという淡い期待から。
当然関係者でもないので、一般の入場口から入り、ステージから遠く離れた2階席に座る。野球場らしくプラスチック製の硬い椅子が少し痛い。
「うわー、やっぱりかなり遠い席じゃん。これじゃファンサ貰えんかも」
「神よ、どうかボクにライアたんのファンサをくれたまええええ」
私より後から来た二人組の男性が隣の席に腰掛ける。なんか、一人で祈り始めた人いるんだが……。
そっと視線を前に移す。にしても、やはり彼らも私と同じように席の遠さにはガッカリしているようだ。まだ照明も明るいのに、ステージが遙か彼方に感じる。
「なんとか京華と接触したいけど、こんなのどうすればいいの~。せめて私がここに来たことだけでも知ってほしいのに」
約五万五千人が詰めかけたライブ会場において、私のことを見つけてくれると考えるのは蜂蜜より甘い考えに違いない。タオルでも持ってきて目立とうかな。なんて考えていたら隣の席の気合いが入った二人組が立ち上がった。
「京華ー、愛してるよー」
「ライアたんしか勝たん!」
彼らはステージ裏の推したちに懸命にエール?を送る。よくよく見れば周囲のファンも結構声かけをしているみたい。
うーん、タオル持ってきたところで気づいて貰うのは無理そうだ……。
特段解決策を見いだせないまま時間は過ぎ去る。ついに会場全体の照明が少しずつ暗くなり始め、「うぉぉおおおおぉ」ファン達が一斉に歓声をあげた。
「みんなぁー、準備はいいー?」
「おおおおおおおおぉぉ」
歓声が返事となり、ステージが一気に光を集める。世界的人気ガールズグループのパステルリボンが目の前にいる!
京華に会うことだけが目的だった私でさえ周囲の興奮と同じく自然と肌が粟立つ。
「それじゃあいくよおおおー、パステルカラー!」
「うおおお、パステルカラーきたああああ」
オタクたちの絶叫が巨大な天井に吸い込まれていく。グループ最初のアルバムに収録されている人気曲。イントロが奏でられた途端、爆発的な歓声がぶちあがる。
ポップな曲調に突然ぶち込まれる奈々のラップが強烈で、一気にファンを獲得した代表曲の一つだ。初期ファンの人気が根強いと聞く。一時期、目覚まし時計に使っていたくらい私も大好きな曲だ。
初めて聞く生歌に感動している内にパステルカラーのラスサビが終わり、ステージがカラフルな虹色から赤一色に染まる。そして、突然始まる2曲目。
「「あっ、RED CHILI」」
叫んだのは隣の席の二人組。全て英歌詞でリリースされた異色の曲。そして最新アルバムで一番のヒットした曲でもある。2曲目でこの曲とは、一体セトリはどうなっているんだ。
「「まだまだ、いくよおお!!」」
メンバーたちが煽るたびに会場が揺れる。それからも次々とヒット曲ばかり歌われていく。そんな中、私の視線はステージ上の一人に釘付け。赤色のドレスに身を包み、天使のような美声を響かせ、グループの中心で輝く女性。
決して手を伸ばしても届かないスポットライトに照らされた場所にいる。そんな京華にしか目がいかない。他のものなんて一切見たくない。私は客席から彼女を眺めることしかできない。それでも必死に手を振る。
気づいて、こっちを見て。都合のいいこと言うけどさ、あの時の選択をやり直したいんだ。
だけど、五万五千人の観衆に埋もれた私に気づくはずもなく、ライブは終わりに近づく。パステルカラーはアンコールをせず、公演目一杯まで歌うスタイルなので、彼女たちが幕の後ろに隠れた時点で終わりだ。
そして、ついに時間はやってきた。京華がマイクを握り、最後に観客を煽る。
「みんなありがとう。次の曲が最後の曲です。一年半かけたワールドツアーの最後、みんなもっと声出せるよね!」
「うおぉぉぉぉおおおお!」
「ありがとう。実はみんなにお知らせがあって、この曲はまだどのアルバムにも載っていない曲なんです。そして、私が初めて作詞した曲でもあります」
発表の瞬間、どよめきが巻き起こる。メンバーが作詞した曲など今までになかったことだ。私含め、周囲の驚きは波のようにライブ会場に広がり、徐々に歓声へと変わっていく。
突然照明が落ち、暗闇に包まれた数秒後、アリーナ中央に作られたセンターステージにメンバーがいた。もちろんセンターは京華だ。
「みんなー、本当に今までありがとう。それでは聞いてください。シスター」
観客たちは一斉に口を閉じ、ステージを見つめる。そうして始まった曲はバラードだった。ゆったりとしたテンポで始まった曲。一言も聞き漏らすまいと必死に歌詞に耳を澄ませる。
これは……幼い頃ずっと住んでいた家族を思った歌だ。昔はずっと一緒にいるのが当たり前だった家族が離ればなれになり、別々の場所で頑張るという前向きだけどもちょっと切ない物語。優しいメロディーとともに、語りかけるように歌われる最後の曲に会場中が静まりかえる。
だけど、私は黙っていられなかった。だって、だって……この曲は私に向けた曲だから。誰もが静まりかえり耳を傾ける中、私はステージに向かって叫んだ。
「京華ー!」
隣の二人組が驚いたように私を見た。そしてステージ上の京華も顔をあげ、私と視線が交錯した……気がする。距離が遠すぎて確信は持てない。けど、京華の音程がわずかに外れた。
そして、最後の曲が終わるのと同時に照明が落ち、割れんばかりの拍手がステージに注がれるのだった。




