第15話 スキャンダル
「もしもし、報告ってなに? 千早から連絡がくるなんて珍しいからビックリしてるんだけど」
電話口の向こうから沙也香の不思議そうな声がする。ちょうど夕食を作っている最中なのか電子レンジがチンと音をたてたのが聞こえた。
「実は最近付き合っている人がいて……」
突然告げたのは別に驚かせようと思っていたわけではない。前回会った時、親友はどことなく察していたもの。
「あっ、付き合えたんだねー。よかったじゃん」
しかし、思ったより落ち着いた声で返されると、こちらとしても拍子抜けな訳で。ついつい、相手が義妹で竹鶴京華だということを漏らしそうになる。私はベッドの上でゴロゴロしながら、タバコを一服。
「なんか反応薄くない?」
「いやー、千早が本気で告白したら断る人なんていないって。千早は大学の頃から隠れたファンいっぱいいたし」
「初耳なんだけど……」
「はは、言ってないからね。それより相手が気になるなー。今度会わせてよ」
長い付き合いだし、大丈夫だろうけど、ちゃんと本人の確認をとらないとマズいだろう。仮に私たちの関係が明らかになったら世間からどんなことを言われるかわかったものではない。
「また今度機会があったらね」
「楽しみにしてる。私そろそろご飯食べるから、詳しい話はまた今度聞かせて貰うわよ」
最後にそんな会話をして沙也香との電話を切る。ベッドの上からエプロン姿でキッチンに立つ京華が見えた。お互い仕事が終わるのが遅かったこともあり、今日はだいぶ遅めの夕食だ。ベッドの反動を用いて、起き上がると、机の角に小指をぶつけないようにそっと京華に近づく。
しめしめ、まだ私の接近に気づいていないようだな。
「えいっ」
「きゃっ! もー、急に抱き付かないでよ。ビックリするじゃない」
細い腰を両腕でホールドして私より頭一つ低い京華の髪に顔を埋める。どことなくいい匂いがした。同じ柔軟剤なんだけど、この差はどこからくるのだろうか。
「ごめん、ごめん」
肩越しにチラリと調理場を覗けば、柿が入ったポテトサラダがボウルに入れられていた。大学に入る前は「ポテサラには林檎一択でしょ!」と思っていた時期もあったんだけれど、ふとしたキッカケで食べて以来、私は断然ポテサラは柿派になってしまった。
にしても、京華ちゃんは一体どうして私の食の好みを把握しているのだろう。てっきり実家にいた時にバレていたのかと思っていたんだけど、大人になってから好きになったものとかも知っているし……。まあ、愛の力ってやつかな、がはは。
「包丁とか持っていたら危ないからやめてよね。ってその顔、全然反省していないわよね。」
「ハンセイシテルヨー」
「……うそつき」
しょうがないじゃない。京華が台所に立っていると無性に抱きつきたくなってしまうんだよね。後ろ姿フェチってやつなのかも、なんて。実際にそんなフェチあるのかは分からないけれど。
「嘘つきにはお仕置きが必要じゃない?」
ぐっと顔を前に突き出せば、意図を察したのか心底呆れた目つきでこちらを見る。あっ、その目もさいこうっ……ごほん。
「しょうがないんだから」
まるで聞き分けの悪い妹に手を焼くみたいに、頬を膨らませるけど、結局京華は私にそっと口づけをしてくれる。
「うふふ」
「これ、毎日やってるけど、そんなに楽しい? 私が台所に立つたびに忍び寄ってくるのバレバレなんだから」
「楽しいよ! 新婚さんみたいで最高じゃない」
漫画とかでキュンキュンしてたシチュエーションが現実となって感無量。飽きるなんて感情が一ミリも湧かないくらい私は沼にハマっていた。
「そういうものかしら。ほら、そろそろ完成したから離れて。ご飯は自分でよそってよね」
ごく普通の夕飯の風景。それは私が幼い頃から夢見ていた孤独ではない自分の居場所。これから先もずっと続いていくものとばかり思っていた。京華のスマホが鳴るまでは。
「ごめん、事務所から電話だ。こんな時間にかかってくることないのに」
京華が首を捻りながらスマホを耳に押し当てる。
机に並んでドラマを見ながら夕飯を食べていた時だったので、テレビの音量を下げた。手持ち無沙汰になったので、自然とスマホを開いて見知らぬ人の投稿を流し見する。スマホを数回スクロールしたとき、トレンドに「竹鶴京華」の文字が見えた。それもかなり上位に位置している。
はて、こんな時間に京華の話題なんて珍しいな。京華が出ているテレビ番組があるのかも。それならば、すぐに番組変更をしなくては。
リモコンに手を伸ばしつつ、同時にスマホを弄る。えーと、話題になっている投稿はこれかな。
週刊芸能——私でも知っている週刊誌だ。主に芸能人の不倫やトラブルなどを報じるゴシップ誌でありつつ、非常に信憑性が高いことから噂好きの主婦達には大人気である。
なんとなく嫌な予感がして心臓が跳ね上がる。恐る恐る詳細を確認すると、「大人気アイドルが禁断の同性愛⁉︎」という煽り文句とともに、ホテルから並んで出る二人の写真が載っていた。
少し粗い画質からでも分かる美しさ、それは誰がどう見ても間違いなく竹鶴京華のものであり、そんな彼女の隣に立つのは背が高い女。目は黒い線で隠され、まるで犯罪者のように写っている女に見覚えがあった。いや、見覚えがあるどころの話ではない。毎日毎晩鏡の前を通るたびに写る顔。どっからどう見ても私である。
あれは私へのストーカーじゃなくて、京華の周りを嗅ぎつけていた記者だったのか……⁉
しかし、事実に気がついたところで遅い、遅すぎる。掴みかけていた日常が崩れ去る音がした。息がしづらくなって、震える手でスマホを離せばこちらを見る京華と目が合った。
「どうしよ……」
「と、とりあえず事務所に行くわ。今後の対応とか考えないと」
こんな記事が出れば……京華のキャリアは終わってしまうかもしれない。同性で義理の姉妹、どれだけ私たちが本気でも好奇の目は免れない。なんとか言い訳をしないと。整合性のとれた、誰もが納得のいく理由を考えなければ。
視界から全てが消えて動けない私に京華がそっと声をかける。
「大丈夫。私たちは何一つ間違っていないし、下を向く必要なんてないんだから。いつも通り暮らしていけばいいだけよ。誰がなんと言おうと関係ない」
本当にそうだろうか。私たちにとっての正解は誰かにとっての不正解かもしれない。人間なんてバラバラで、人それぞれ違う世界に生きている。このままいけば誰かは傷つけてくるはずだ。
いつも通りではダメなのではないか。何か手を打たなければ。そう、例え私たちの関係を終わらせることになっても、京華を舞台から降ろすわけにはいかない……。




