第14話 小さな夏祭り
「今週末ショッピングモールに行かない?」
「ごめん、週末は新曲のレコーディングがあって……」
「たまたま映画のチケット貰ったんだけど、仕事終わりにレイトショー観に行こ!」
「今日はダンスのレッスンがあるから、また今度でお願いできる?」
「近場で新しい焼き肉屋さんオープンしたんだけど一緒に——」
「明日からドラマの撮影で地方に行くから帰ってきたら、ね」
脳裏に思い出されるは数々の断り文句。思い出されるたびにチクチクと胸が痛む。
お察しの通り、偶然ながら想いを確かめ合ったあの日以来、私たちは全くもって一緒に過ごすことが出来ていなかった。
「あーあ」
まあ、大人気アイドルだし忙しいのは分かっているんだけどさ。結ばれた途端にすれ違いの日々が続くとなると気分は落ち込むばかりだ。
会社のデスクで書類とにらめっこしながら、頭の中のカレンダーにバッテンをつけていく。どうやら今月は出かけられる日はなさそう。神様でも女神様でも、神龍でもいい。誰か力を貸して、願いを叶えてくれー。
「先輩どうしたんすか?」
「水野——は力になれそうにないか」
水野に祈っても、七つの玉を捧げようとも、どちらにしても何も起きないだろう。さあ、そろそろ仕事に力入れますかー。
「ちょ、ちょっと酷いっすよ。先輩が朝から憂鬱そうな顔してるから心配してあげたんっすよ。こんな健気な後輩に暴言なんてパワハラっす。労基行きますからね!」
「ごめん、ごめん。ただ、最近忙しくて生活が充実していないっていうか……」
リア充になったはずなのに、以前と全く生活変わらないどころか、仕事に追われているだけ。いや、確かに仕事は充実してるんだけど、プライベートは全く充実していない。砂漠にいる乾ききったラクダより味気ない生活だ。
「さては先輩、恋人とデートできなくて拗ねてるんすね」
「ち、違うから!」
図星っ……!
水を飲んでいる途中だったら、間違いなく吹いていただろう。あ、あぶなかった。
「またまた〜、いつの間に恋人なんてできたんすか?」
水野の勘の良さに冷や汗を流しつつ、適当に話を流す。追撃に備えてそそくさと資料に目を落とす。そして数分後、時計の針が12時を指した。同僚たちが一斉に席を立ち、外に繰り出す。駅前のラーメン屋か牛丼屋あたりに行く人が多いはずだ。水野も慌ただしく席を立った。
それにしてもデートかぁ。一緒に夢の国に行ったりしたけど、やっぱり恋人になってお出かけするのとはひと味違うはずだ。行きたいなあ、デート。だって恋人になったんだし……。
あれ、待てよ。私と京華ちゃんって恋人だよね?明言はしてないけど、想いは通じ合ってるし。けど、「付き合ってください」とはどっちも言ってないはず。いやいや、大人の恋愛はわざわざ告白なんてしないって聞いたことあるし……。
ますます憂鬱になる私を変えたのは京華ちゃんからの一通のメールだった。
「今日の夜、一緒に夏祭り行かない?」
送られてきたのはアパートからほど近い場所で行われる夏祭りのポスターだった。小学生たちが全力で楽しみそうな町の小さなお祭り。
高鳴る胸と興奮で震える手を押さえつつ「行く!」とだけメッセージを送る。昼休み後、突如として機嫌を良くした私に水野が不審そうな目を送ってきたのだが、なんとかやり過ごし、久しぶりに気分よく仕事にいそしむのであった。
「遅いなぁ」
今日だけは断固たる決意で残業を拒否して、帰宅したまではよかった。肝心の京華ちゃんがまだ帰ってこないのだ。すでに太陽は地平線に消えかけていて、綺麗な茜色も闇に変わりかけている。
浮かれた足で準備を終えて、京華ちゃんを待つのだが扉を開く気配が全くないない。
さらに時計が一回りしたとき、テーブルの上のスマホが鳴った。帰宅の連絡だろうか。期待にはやる心を抑えつつスマホを手に取ると
「ごめんなさい。今日仕事が長引いて帰れない」
とだけ書かれたメッセージの後ろ、何やら可愛いキャラクターが土下座していた。
「仕方ないよ。向こうは国民的アイドルだし」
何度呟いたか分からない「仕方ない」の一言はボロアパートの壁に空く跳ね返って、どこかに行ってしまう。
「お風呂に入って、今週の会議用の資料作って……あー、忙し」
無理やり見つけたやることリストを消化すべく、私は平穏で平凡な日常に戻る。
そうしてリストを全て消化した頃には既に深夜を回っていた。
深夜番組特有の下品な番組を流し見しつつ、ソファでうとうと。
カタンッと玄関の方向から物音が聞こえた時には既に夢と現実を行き来している頃だった。
「ふわー、おかえりー」
「よかった、まだ起きてたわね。今から公園行ける?」
「こ、公園? なんでこんな深夜に……」
「こんな暑い夏の日に公園でやることといえば一つだけじゃない。花火、よ」
そう言った京華ちゃんの手元には百均で買ったであろう線香花火セットが。
私はよく分からぬまま、バケツを持たされて、近所の公園に向かわされることになったのである。
外に出たら深夜でも変わらずうんざりする暑さだ。家を出て公園に来るまでの数分で汗だくになってしまった。
夜中なのに空気を読めない蝉が一匹だけ鳴いている。
「燃え広がる可能性もなさそうだし、ここら辺でやりましょ」
「夜中に線香花火なんて風情だねぇ」
「本当はデッカい花火がよかったんだけどね……」
京華ちゃんは申し訳なさそうに顔をうつむけ、バケツをつつく。水面がアメンボが跳ねたように揺れた。
「それでこんな深夜に花火?」
「うん。お姉ちゃんに我慢させてるって分かってるし」
その言葉が何より嬉しかった。忙しいのは仕方がない。しょうがないんだけど、私の気持ちを慮ってくれるか否かで待つ側の気持ちは変わると思うんだ。
「あのさ、二つだけお姉ちゃんに相談なんだけど——」
え、急になんだろう。これから京華ちゃんが何を話すか全く分からなくて頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされる。
「これから二人きりの時は、千早って呼んでいい?」
頬を赤め、少し恥ずかしげに、丸いお目目を上目遣いで使う大人気アイドル。
手に持った線香花火から今にも消えそうな火花が弾ける。
致死量の「かわいい」を浴びて私は死んだ。いや、死んでないけど、間違いなく魂は浄化されて天使に連れてかれた。
「いいよ、全然いい! むしろじゃんじゃん呼んで!」
「……うん。あと、私のこと京華って呼んでほしい」
血反吐が出た。いや、出ていないけど(以下略)
「えーと、これからよろしくお願いします。き、京華」
「こちらこそよろしく、ち、千早」
出会って十数年。まさか新しい呼び方に変わるとは。人生って分からない。
「もう一つの相談っていうのは……」
あっ、そういえば二つ相談があると言っていた。自分でも驚くほど、一瞬で頭の中から消えていた。
「来年から世界ツアーやるの。それもすごく大規模な。だから、ツアー中は結構な期間会えないと思う。下手したら一年間とか」
「そっか……」
一年間京華に会えないというだけで目の前が真っ暗になる。行かないで、と子供みたいに言えるのだったらどんなに楽だろう。けれど……
「寂しいし、嫌だけど大丈夫。あの家で待ってるね。そうだっ、それまでに料理を頑張って、今度は私が京華に食べさせてあげる!」
今の私たちなら大丈夫だ。互いに気遣える関係だから。心の底からそう思える。目の前で線香花火が儚く散った。私たちの関係は線香花火より長く、ずっと続くといいな。どことなく押し寄せてくる不安を手元から落ちそうな火球が表しているようでそう願わずにはいられなかった。永遠に続くものなんてないけれど、この関係だけはずっと続いて欲しい。私が死ぬ瞬間まで永遠に。




