第12話 劣等感
「第一回姉妹会議を開催します! 被告人は前の椅子へ」
「えーと……どういう状況?」
「裁判では口を慎みなさい。検察官は罪状及び証拠について説明してください」
自称裁判官(どう見ても黒いコートを羽織った京華ちゃんだ)は誰もいない空間を指差した。検察官といっても、この家には私たち二人しかいないんだけれど……。
「えー、被告人竹鶴千早は妹との約束があるにも関わらず無断で帰宅、および打ち上げに姿を見せず被害者である竹鶴京華に心労、精神的苦痛を与えました。これは非常に重い罪かつ決して許せぬことです」
「裁判官と検察官が一緒なんですけど! 裁判の原則が崩れてるし、違法な裁判だと思います!」
「うっ、痛いところつくわね。ええい、この際そんな些細なことはどうでもいいの! 証拠は揃ってるのよ」
な、なんつー暴君だ。鬼、悪魔、人手なしと叫びたいが近所迷惑を考慮してぐっと堪える。
深夜0時。ベッドに横になっていた私は激怒した京華ちゃんに叩き起こされ、突如として家族会議という名の審判にかけられていた。
「私は探したわ。ええ、何度も。お姉ちゃんはどこにいるのかなーって。なのに、千早ちゃんは帰っていたのよ!」
そういえば誰にも告げずに帰ったんだった。打ち上げに参加するか否か返事する前に。それに関しては私が悪かったかもしれない。けど、行けるわけないじゃないか。
一般人の私が高級フレンチレストランで芸能人と混ざって仲良くディナー?
そんなの……そんなの惨めな気持ちになるだけだ。ブランド品、流行りのコスメに飾られたあなた達と私ではあまりに格が違いすぎる。きっと話も合わなければ相手にもされないんだ。
腹の怒りはそのまま口をついて出る。
「別に行くって返事してないから。大人気アイドル様だって仕事中に気安く話しかけたら迷惑でしょ」
「別に一言くらい迷惑でもなんでもないわ。それに連絡もないと不安に——」
「はいはい、ごめんなさいね。私明日仕事なの。アイドルに比べれば安月給で地味な仕事だけどね」
「ちょっと待ってよ。もし嫌なら嫌って言えばいいじゃん」
言えるわけない!
あなた達と一緒にいると私は自分の暮らしが惨めになって劣等感で胸が苦しいから行けませんって、そう言えっていうの?
「もういいよ。京華みたいなスポットライトで照らされた世界に生きる人達と私みたいな一般人は空気が合わないの! 一緒にいたら苦しいよ」
肺中の酸素を一気に吐く。私の剣幕に京華ちゃんは唖然とした様子で私を見た。
一瞬胸が痛む。けど、沸々と湧いた怒りは収まることはなく、私は席を立った。
「ちょっと待っ……」
「さようなら!」
木製のドアを叩きつけ、ステンレス階段を怒りのまま駆け降りる。
夜風に後押しされた私は街灯を頼りに夜の街へ逃げ出した。ここはどこか、そんなことはもうどうでもよかった。
底の浅いスニーカーで歩き回ること数十分。気がつけば見知らぬ駅にいた。ぐちゃぐちゃになった頭のままベンチに腰掛ける。
やっちゃった。劣等感の捌け口に京華ちゃんを使った。私だって分かってるよ。
あんな言い方することないって。けど、けどさ。だったらどうすればよかったの?
好きな人は国民的アイドルで、私は普通のOL。
埋めようのない格差がある。
そうだ、私が京華ちゃんに恋したのが間違いだったのだ。間違いの代償は帰る場所と唯一の家族。
「ははは、神様も手厳しいねー」
夜風が吹いて、頰に髪がまとわりつく。ベンチの椅子って硬いし、ソファがいいなぁ。体中にドッと疲れが湧いて出て、特に脳みそはバーナーで焼かれたかのように熱かった。
とりあえず今日の寝床はここでいいや。もう考えるのも嫌になる。瞼を閉じれば、疲れていたのか割とすんなり夢に入ることができた。
それから何時間、いや何分経っただろうか。背中の痛みと共に瞳を開く。危険予知、女の勘、などなど、いわゆる第六感ってやつが何かを告げていた。
「ずっとこっちを見てるけど、私のファンってわけ?」
電柱の奥、わずかに光に照らされた箇所に人影が見えた。終電なんてとっくに過ぎてるし、怪しいことこの上ない。湿気混じりの空気か、それとも汗が原因か、肌と服が密着して気持ち悪い。
暗闇からゆっくりと姿を表した男に見覚えがあった。歩き方、背格好からして間違いない。さっき追いかけてきたストーカーだ。
男がこちらに向かって3歩歩いた時、電灯によってフードの奥に隠された顔が見えた。それと同時に手元で怪しげに何かが光る。ナイフだったらどうしようか。今度は確実に冷や汗が背中を伝った。男はゆっくりと私に向かって足を進める。
あれ、ちょっと待って。あいつ——随分前にコンビニでぶつかった奴だ。
不意に過去の記憶と目の前の男がリンクした。ということは、あの時からストーカーされていたの⁉
とすれば、かなり筋金入りのストーカーだ。肌が粟立つ。逃げなければ。捕まったら本気で人生終了だ。
ベンチから離れ、ストーカーから距離を取る。すると向こうも僅かに足を早めて距離を積める。距離をとる、距離をつめる。繰り返すこと数度。
「今だっ」
タイミングを見計らって回れ右。ストーカーに背を向け、全速力で走り出す。
陸上選手ばりのスタートダッシュだ。だが、街中にコースなんてあるわけもなく、小道を抜け、右へ左へめちゃくちゃに走りまわる。不幸なことに駅周辺にしては光がほとんどない暗闇だ。街の寂れ具合に怒りを感じつつ、ちらりと追っ手に視線をやる。
「くそっ、あいつ足早い」
私だって女にしてはかなりの俊足なのに……。徐々に距離が詰まる。しょうがない、こうなれば賭けだ。
私は思い切って右の暗い裏道に飛び込んだ。当然この先がどうなっているかなんてまるで分からない。行き止まりだったら……ゲームオーバーだ。
道路に落ちていた空き缶を蹴飛ばし、通路を駆け抜ける。すると、突然視界が明るくなり、ネオンの明かりが煌々街を照らす道に飛び出た。
再び後ろを向けば、ストーカーとの距離は少しだけ広がっている。
なんとか助けを求めないと。とりあえず建物の中に入れば私の勝ちだ。赤信号を無視して、さらにストーカーとの距離を離す。そして、ちょうど右側にやけにデカい建物が現われた。私は迷うことなく飛び込む。
しかし、この時私は大失態を犯していることに気づかなかったのである……。
私が今いるのは歓楽街であること。そして、私は自ら罠に飛び込んでしまったことを。




