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スポットライトの届かない場所で  作者: あかぎ


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11/20

第11話 アイドルとOL

 街中の一角、カラーコーンやバーで仕切られた特異な空間があった。京華ちゃんの言うとおり、まさにアパートからほど近い道だ。平日の昼間にも関わらず一帯は人で溢れかえっている。

 半分は忙しなく動き回るスタッフたち、残りの半分は私のような野次馬だ。白いハイエースが数台、その後ろに駐車されたトラックはいわゆる機材車というやつだろうか。

 昨日言ってた医療用ドラマの日常シーンの撮影らしい。主人公たちが街中で仲を深める様子がこの回の肝だとのこと。全部周囲の人たちから仕入れた情報だから真偽は不明だけど。

 男性の平均身長ほどある私の身長は野次馬するには随分都合がよかった。


「ねえねえ、今日はあの神崎トオルと竹鶴京華がいるらしいわよ!」


 なんて興奮する女子高生たち。ミーハーな彼女たちの気持ちもなんとなく理解できる。規制線の向こうは同じ世界ではない、色彩豊かなで宝石のような空間が広がっている。演者たちと私たちが同じ世界を生きているのか疑問に思うほどに。

 線の向こうの美しさと私の世界のコントラストは滑稽なほど激しい。

 帰ろう、今は京華ちゃんの姿を見たら惨めになるだけだ。逃亡する直前、幸か不幸ならば間違いなく後者にあたる。つまり非常に運の悪いことに演技を終えた京華ちゃんと目が合ってしまった。それもバッチリと。やっばい!


「こっち、こっち!」


 竹鶴京華が手招きする相手、当然視線を浴びるわけで……「え、だれだれ」なんてさっきの女子高生達が野次馬根性丸出しで私を見る。行きたくないけれど、ガン無視して帰るにはあまりに激しく視線がぶつかっていて(バトル漫画の戦闘シーンくらいといえば想像つくだろうか)帰るという選択肢は消えた。

 こんなに視線を浴びたのは小学生の頃、音読で漢字を読めなさすぎてクラス中の視線をかっさらったとき以来だね。最悪な思い出とともに私は規制線を超える。

 うわー、スタッフさんたちめっちゃ不審な目で見てるし!


「よかった。来てくれたんだ。こちら今朝話していた私の義姉で今日は見学に来てもらいました」


 京華ちゃんが一言述べると、「あ~」という声が現場から漏れた。


「この方が例の千早さんか〜。お仕事観に来てくれるの楽しみにしてたもんね」

「い、いやだな。楽しみとかそんな……」


 どうやら、私が来ることを事前に話してくれたみたいだ。私もそっと胸をなで下ろす。

 物珍しさからか、それとも京華ちゃんの姉だからかいつの間にか私は囲まれていた。


「千早ちゃんの顔はメイクしがいがありそう。無難にいくなら格好いい王子様系だけど、あえての可愛い系もいいわね!」


 メイクさんだろうか。手にメイク道具を持ってるし、おそらくそうだろう。しかし、注目すべきはそこではない。断じてないのだ。

 ガッチリした体格とは裏腹にピンク色の女物の服を着ていて、いわゆるオネエさんである。

 しかし、メイクしがいのありそうな顔とはなんだろう。お前の顔はメイクしないと外を歩けないほどブスだ、とでも言われているのかもしれない。普段芸能人ばかり見ていたら一般人の顔など随分レベルの低いものに見えてしまうのだろうか。

 芸能界ってコワイ……。

 竹鶴京華の姉として比較されてはかなわないので私はいち早く真実を告げる。


「姉といっても血は繋がってないんです。だから顔もあんまり似て無くて……」


 あはは、だからあなた達の目の前にいるのは平凡なOLなんです。比較しないで、甘めに見てね、と誰にも聞こえないよう口の中で呟く。


「え、血縁関係はないのに、お姉さんの方もだいぶ……」


「トップレベルの二人が偶然姉妹になる——いいわ、なんか新しい設定思いつきそう!」


 なぜかスタッフさんたちが色めき立つ。騒がしさに駆けつけたのか一人の男が姿を見せたのはその時だった。


「やっほー、どうしたんですか。めっちゃ賑わってるけど」


 艶のよい金髪を後ろで束ね、シャープな顔つきの若い男。この人——昨日テレビに映ってた人だ。彼こそ女子高生の目的その二(一は当然京華ちゃんのはずだ)の神崎トオルであろう。

 余裕のある笑みを浮かべ、見に纏うオーラは貴族のよう。


「京華ちゃんのお姉さんが来てくださったのよ」


「あはは、こんにちは」


 神崎トオルは不躾な視線で私をくまなく眺め回した後「へえー、そうなんだ。お義姉さん、こんにちは」と私に向かいペコリと頭を下げた。

 ちょっ、ちょっと待てー!

 視線が気持ち悪いとか、態度がデカいとかどーでもいい。

 コイツ「お義姉さん」って言ったよね!

「お姉さん」ではなく「お義姉」さん。漢字は一緒だが私の耳は誤魔化せない。

 有罪、ギルティ、死刑なり!

 うぬぬ、今私の頭にヤカンを置けば確実に沸騰させられるだろ。無礼な奴だが、なんとか歯を食いしばって堪えるのだ。

 しかし、私の気持ちなどまるで気がついていない神崎は明らかに一般人を下に見る目つきとともに追撃を放つ。


「姉妹なんだけど、京華とは似てないんだ」


 神崎トオルは馴れ馴れしく京華ちゃんの肩に触れつつ私と京華ちゃんを見比べた。

 次タメ口で話したら渾身のラリアットをお見舞いしてやる。あと気安く触るな。思いっきり京華ちゃんを側に引き寄せる。神崎トオルは庶民に邪魔されたことが気に障ったのか端正な顔が引き攣った。


「——っ、性格も随分と違うようで」


 ふんっ、そりゃ血縁関係ないですからね!バチバチと睨み合うこと数秒。私と神崎の間で突然火蓋が切られたのを察してなのか、オネエさんが口を割る。


「そうだ、今日の打ち上げに千早ちゃんも来たらいかがかしら。みんな興味津々みたいだし、な・に・よ・り私がメイクしてあげたいし〜」


「なっ、黒崎さん本気ですか? 僕はなんも関係ない部外者を呼ぶなんて反対ですよ」


「へぇー、毎回現場に全く関係ないモデルの女の子連れてきてるのはどこのどなたかしら?」


 神崎の口がモゴモゴと動く。どうやら反論の言葉は出てこないらしい。


「すみませーん。京華さん、次のシーンについて監督から説明あるそうなんであちらの車に向かってくれます?」


 学生のバイトだろうか。若い男の子が小走りに来た。これを契機にスタッフさん達も各々仕事に呼ばれ、自然と会話は終わりを迎えた。


「一緒に行こうよ」


 そして京華ちゃんは立ち去る直前、誰にも聞こえない声で私の耳元でささやいた。

 神様のイタズラか、その場に残ったのは私と神崎の二人だった。

 気まずい。知り合いの知り合い同士が残されて会話は成立しないというのは常識のはずだよ!

 よし、逃げよう。私が一歩足を動かしたのと、神崎が口火を切るのはほとんど同時だった。


「京華とはずいぶん仲良しなんですね」


「まあ、姉妹ですから」


「たまーに、いるんですよ。知り合いが芸能人だからって自分まで凄いと勘違いしちゃう人。困るんですよね。だって知名度は勿論身につけてる服から住居まで、一般人とは天と地ほど差がありますから」


「それが私だと?」


「まさか! 芸能人の妹をもつ貴女への忠告ですよ。そういう身分の違いを理解せずに付き纏ってくる輩もいるってね」


 神崎は成金趣味の腕時計を見せびらかしながら自分は特別であると堂々と胸を張る。そして彼からしてみれば一般人のドブネズミ相手に小声で語り始めた。


「実はですね、今日の打ち上げ場所も芸能人御用達のフレンチレストランなんですよ。ドレスコードがほんっと厳しくて大変なんです」


 高らかに笑いながら、「僕は全身ヴィトンで行くつもりです」と自慢を挟むのを欠かさない。

 対する私の服はショッピングモールのセール品で買ったノンブランドで統一されている。

 神崎トオルの目には「そんな服で来れるもんなら来てみろ」と書かれていた。


「ではお待ちしております」


 気分良さげにお辞儀して神崎は立ち去った。高らかにアスファルトを踏みならすブーツの音がやけに耳に残る。

 行けるわけないじゃないか……。ドブネズミがスポットライトに当たったところで輝くわけじゃない。ただ汚さが強調されるだけなのだ。

 神崎の言うことに反論したい。が、彼の言うことも一理あるのではなかろうか。


「帰ろ……」


 カラーコーンを跨ぎ元いた世界に戻る。ビルとビルの合間、湿気に満ちた裏道を一人歩く。古びたスニーカーが貧乏くさい音を奏でた。不意にカツンっと小さな響きが小道に走る。

 え、誰もいないよね……。私の楽観的予測は空しく外れ、私の背後およそ10メートル、フードを被った男がいた。怪しさ満点。銀行に入ったら強盗として通報されても文句言えない姿だ。私が歩くのを止めたら、向こうも止まる。逆に足を早めれば男も早歩きに。これは——もしかしなくても不味いのでは。

 ゾッと体が震えた。逃げろ、命を賭して。悪い予感に膝を懸命に回転させ、家の近くでコンビニに駆け込む。

 突然私服姿の成人女性がダッシュで駆け込んできたため、店員さんがギョッと私の方に顔を向けた。つ、疲れた。私は一息ついて雑誌が並ぶ棚に足を向けた。

 それから数分間雑誌コーナーから入口を見張っても人影はなかった。どうやら諦めてくれたらしい。自宅までは数分だけど、怖くて鳥肌が立つ。京華ちゃんに助けを求めようか。


「だめ。仕事中だし、こんなことで京華ちゃんを呼ぶわけにはいかないもの。それに私みたいな一般人がストーカーなんて勘違いかもしれないし」


 誰もいないことを確認して結局私は一人で帰宅することを決めた。十分注意したつもりであったが、まさか尾行されていたとはこの時は思いもよらなかったのである……。

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