ユーリスが役に立たなかった日 ―ユーリス―
※本編とは異なるIF番外編です。
※深夜がユーリスの世界にいたら、という設定でお楽しみください。
※軽い媚薬表現があります。
ある日のヴァルガスの館。
「……これ、まずくない?」
サイガは、並べられた調査品を前に眉を寄せていた。
一つ足りない。
今日、調査のために受け取った薬の中に、媚薬らしきものがあった。
詳しい成分も、効果も分かっていない。
そのため、持ち帰って調べることになっていたのだが――。
「確か、小瓶に入れたって言ってたよね」
同僚から聞いた話を思い返す。
だが、その小瓶がない。
しかも、これといった特徴のない、ごく普通のものだったはずだ。
「……誰か、間違えてないよね?」
嫌な予感がする。
サイガは部屋を出た。
そして縁側へ差しかかったところで、足を止める。
「…………」
庭に面した縁側。
そこに、結花とユーリスの姿があった。
数分前。
「……なんだろ」
縁側に腰掛けた結花は、ぼんやりと庭を眺めていた。
身体が、妙に熱い。
少し前までは何ともなかったはずなのに、頭もぼうっとしてきた。
「……風邪、悪くなったのかな」
今日は朝から、少しだけ身体が重かった。
けれど、風邪薬はちゃんと飲んだ。
いつもの小瓶に入っていたものだ。
しばらく休んでいれば治るだろう。
そう思っていると、廊下から足音が聞こえた。
結花がゆっくり顔を上げる。
「……ユーリスさん?」
「待たせたか?」
「いえ……」
答えた結花を見て、ユーリスの眉が僅かに寄る。
頬が赤い。
風邪気味だとは聞いていた。
悪化したのか。
「……ユイカ」
隣へ腰を下ろし、その顔を覗き込む。
「大丈夫か? 具合が――」
ユーリスが一瞬、息を呑む。
結花の瞳が、いつもより潤んでいた。
どこかぼんやりとした目でユーリスを見つめたあと――その身体が傾いた。
「ユイカ?」
そのまま、結花がユーリスへ寄りかかる。
「なんか……熱くて……」
「…………」
呼吸も、少し乱れている。
結花はさらに身体を預けるように、ユーリスの服を掴んだ。
ユーリスが、固まった。
「……あ。まさか」
サイガの顔が引きつる。
「ユイカかぁ……」
その声に、ユーリスがゆっくりと顔を上げた。
「何か知ってるのか?」
「あー……いや」
言いづらい。
ものすごく言いづらい。
サイガはユーリスに寄りかかったままの結花を見る。
呼吸が浅い。
サイガがいるにもかかわらず、結花はユーリスの服を強く掴んだままだ。
ほとんど抱きついているような体勢に、ユーリスの息が止まる。
……あ。これ、確定っぽい。
サイガは片手で額を押さえた。
「ごめん。多分俺のせい」
その言葉に、ユーリスは我に返るとサイガを睨みつける。
「どういうことだ」
「今日、調査で持ち帰った薬が一つなくなってたんだよね。何の特徴もない小瓶に入ってたらしくて……多分、ユイカが間違えて飲んだんじゃない?」
「薬?」
「…………」
「サイガ」
「……媚薬」
沈黙。
風が、庭の木々を揺らしていく。
ユーリスがわずかに眉を寄せ、ユイカの肩に手をかける。
薬のせいだ。
そのまま離そうと、少しだけ力をこめる。
すると、結花がみじろぎした。
服を掴んだ手に、ぎゅっと力が籠る。
「やだ……離したくない……」
頬をユーリスの胸元に擦り寄せる。
「熱い……ユーリスさん」
ユーリスの思考が止まった。
固まったまま、耳だけがほんのり赤い。
「……ユーリス?」
「…………」
「聞こえてる?」
「…………」
「こりゃダメだね」
サイガはそっと視線を逸らす。
まずい。
薬がなくなったこともまずい。
ユイカが飲んでしまったのもまずい。
だが何より――。
この状況で、ユーリスがまったく役に立たない。
「……どうしようかな、これ」
その時だった。
廊下の向こうから、足音が聞こえた。
サイガが振り向く。
「……あ」
現れた男を見て、今度は別の意味で顔が引きつった。
深夜だった。
縁側へ足を踏み入れ――その場で止まる。
深夜の眉が、僅かに動いた。
「……何があった」
「んー……ちょっとさ」
サイガが気まずそうに口を開く。
「俺が調査で持ち帰った薬を、ユイカが間違えて飲んだみたいで」
「薬?」
「……媚薬」
「…………」
深夜の視線が、すっと冷える。
「事故だからね?」
「…………」
「その目やめてくれる?」
深夜は答えず、結花へ視線を向けた。
「効果は」
「身体が熱くなったり、頭がぼんやりしたり……普通のものと同じだと思うよ。でもまだ、ちゃんと調べてないから」
「解毒薬は?」
「ない」
「命に関わるのか」
「あの量なら大丈夫。数時間もすれば抜けるんじゃない?」
「そうか」
深夜は短く答える。
そして――ユーリスを見た。
完全に固まっている。
深夜は一度息を吐いた後、その肩を掴む。
「お前、ちょっと下がれ」
「……だが」
「今のお前に何ができる」
ユーリスが黙った。
何も言い返せない。
「しんにい……?」
結花がぼんやりと顔を上げた。
深夜はサイガを見る。
「数時間だったな?」
「多分ね」
「なら話は早い」
「え?」
サイガが首を傾げる。
次の瞬間。
深夜の手が、素早く動いた。
「しんに――」
最後まで言い切る前に、結花の身体からふっと力が抜ける。
「ユイカ!」
ユーリスが咄嗟に抱き留めた。
そのまま結花の顔を覗き込む。
「……眠っているだけだ」
深夜が淡々と言う。
静かな寝息が聞こえる。
サイガが何とも言えない顔で深夜を見る。
「……いいの? それ」
「別に、起きてる必要ないだろう?」
「まあ……そうだけど」
「ならいい」
深夜は眠る結花を見下ろす。
「そのまま部屋で寝かせてやってくれ」
「……分かった」
ユーリスが結花を抱き上げる。
眠ってしまえば、いつもの結花だ。
先ほどまでの様子が嘘のように、穏やかな顔をしている。
ユーリスはしばらくその顔を見つめ――僅かに目を伏せた。
「……ユーリス」
その声に、ユーリスがサイガへ顔を向けた。
「今なら動けるんだね」
「…………」
「ごめん。何でもない」
ユーリスの視線を受け、サイガはすぐに口を閉じた。
数時間後。
「深兄!!」
館に、結花の声が響いた。
「起きたか」
深夜は何事もなかったように茶を飲んでいる。
その向かいで、結花はむっとした顔で睨みつけた。
「すっごい痛かったんだけど!!」
「でも、薬は抜けただろ」
「それとこれとは別!」
結花が声を上げる。
深夜は湯呑みを置くと、ちらりと結花を見た。
「……覚えてるか?」
「え?」
「眠る前のこと」
結花の動きが止まる。
「あのまま醜態を晒したかったのか?」
「醜態って……」
言い返しかけて――止まった。
記憶が蘇る。
結花の顔が、一気に赤くなる。
「…………寝かせてくれてありがとう。
でも痛かったのは別だからね!」
「しょうがないだろ。あれが一番早い」
「深兄!」
そのやり取りを少し離れたところで見ていたサイガが、堪えきれずに顔を逸らした。
「……サイガ、今笑いました?」
「笑ってないよ」
「嘘!」
「ほんとだって」
結花がじろりと睨む。
その隣で、ユーリスがポツリと呟いた。
「……俺は何もできなかった」
結花が目を瞬く。
「ユーリスさん……」
「まあ、お前はしょうがない」
不意に、深夜が口を挟んだ。
ユーリスが顔を上げる。
「好きな女がああなれば、冷静でいられないのも当然だ」
「…………!」
結花の顔が、再び真っ赤になった。
妙な沈黙が落ちる。
サイガは結花とユーリスを交互に見たあと、そっと自分の茶へ手を伸ばした。
「……なるほどね」
「サイガ」
「まだ何も言ってないじゃん」
「当たり前だ」
「ひどくない?」
即座に返ってきた言葉に、サイガが眉を下げる。
結花はまだ真っ赤なまま、膝の上で指を組んでいた。
ユーリスは何も言わない。
ただ、その耳がほんのりと赤い。
向かいでは、深夜だけが何事もなかったように茶を飲んでいた。
ユイカの物語は、
『無口な将軍は、戦場で覚醒した私を離さない』
https://www.amazon.co.jp/dp/B0GX32H7NT
として、KDPでも一冊にまとめています。
両思い後のふたりや、
深夜視点のエピソードなども収録しています。
気になる方は、のぞいてみてください☘️




