関係ない ―深夜―
放課後の教室。
「え? 武藤君?」
「……うん」
親友の早紀は、視線を伏せた。
「委員会、一緒になって……いいなって」
頬が、わずかに赤い。
確かに――武藤深夜君。
同い年にしては妙に落ち着いていて、頭もいい。
ちょっと普通と違う人。
「来年、受験だし……今のうちに頑張ろうかなって」
「いいんじゃない? 応援するよ」
そう言ったのは、少し前。
「……振られちゃった」
帰り道。
涙を浮かべる早紀を見て、胸が痛んだ。
「……今、そういう気分になれないんだって。恋愛に、興味ないみたい」
「……そっか」
それしか言えない。
下手に慰めることもできなかった。
並んで歩いていると、河原が見えてきた。
そこに、見知った影。
早紀が足を止め、見下ろす。
武藤君と――ひとりの女の子。
中学の制服。
思わず、目を見開く。
彼が女子とふたりでいるのを、初めて見た。
その時――
武藤君の表情が、ふっと緩んだ。
……あんな顔、するんだ。
隣を見ると、早紀はその姿を凝視していた。
「……恋愛なんて、しないって言ってたのに……何? あの子……」
黒の瞳が、歪む。
胸が、わずかにざわついた。
「――あの子、妹なんだって」
昼休み。
早紀がぽつりと呟いた。
「武藤君、優しいから。あの子に構いすぎてるんだよ」
「早紀……」
思わず、手を握る。
「もういいじゃん。次、行こうよ」
「陽菜は黙ってて!」
視線がぶつかる。
「あの子が自立すれば――そうしたら、きっと……」
私は、ただ見つめることしかできなかった。
「ねえ、やめなって」
中学の校門前。
私たちは、佇んでいた。
早紀は食い入るように中を見つめる。
「あ……!」
見覚えのある姿。
あの日、河原で一緒にいた女の子。
校門を通り過ぎようとした、その時――
「待って!」
早紀が呼び止める。
女の子が振り向く。
一瞬の間。
それから早紀は、穏やかに笑った。
「……ちょっといい?」
首を傾げたその子は、黙ってついてくる。
校門の脇。
塀沿いまで、少しだけ移動する。
「ごめんね急に。びっくりしたでしょ?」
「いえ……」
思ったより、早紀の表情は柔らかかった。
好きな人の妹だもんね。
少し、ほっとする。
「あなた、武藤君の妹でしょ?」
女の子は、瞬いた。
「はい。そうです」
早紀の手は震えていた。
それでも、声は優しい。
「彼、あなたに構いすぎるせいで恋愛に消極的なの。
ちょっと、お兄ちゃん離れした方がいいんじゃない?」
その子の目が、見開かれる。
「……そうなんですね」
視線が、少し落ちた。
「気をつけます」
早紀は、ゆっくり頷く。
ほっと、息を吐く。
――その時。
視線を感じた。
振り向く。
武藤君が、こちらを見ていた。
冷たい眼差し。
どくん。
心臓が、嫌な音を立てる。
次の瞬間、彼は踵を返していた。
「陽菜?」
顔を戻すと、早紀が覗き込んでいる。
いつの間にか、あの子の姿はなかった。
「どうしたの?」
「……ううん。何でもない」
風が、静かに吹き抜けていった。
⸻
「何で?!」
廊下に、声が響く。
「妹に、関わるな」
冷たい視線が、早紀を見下ろす。
「でも……あの子にかかりきりで――」
「君には関係ない」
低い声。
「……必要なこと以外、もう声をかけないでくれ」
それだけ言うと、踵を返した。
早紀は、呆然と立ち尽くす。
「……早紀。もうやめよ」
肩に、手を置く。
「あそこのケーキ屋さん行こうよ。
いっぱい食べよ。今日は私が出すよ」
早紀は振り向き、黒の瞳を揺らして――
小さく、頷いた。
その日の武藤家では。
「深兄。朝の稽古、毎日大変じゃない?」
結花が言う。
「……急にどうした?」
深夜が、まっすぐ結花を見る。
「だって、私のせいで深兄が恋とか出来ないなら……嫌だなって思って」
視線を逸らす。
「毎日付き合わなくても大丈夫だよ。自主練出来るし」
深夜は、目を細めた。
「余計な気を回すな」
「だって……」
「大体、恋愛なんて、しようと思えばいつでも出来る。自意識過剰なんじゃないか?」
結花が絶句する。
「ただ、好きになる女子がいないだけだ。……お前が気にすることじゃない」
「そう……かな?」
深夜が一つ息を吐く。
「変な遠慮してる余裕があるなら、やることをやれ。中間、近かっただろ」
「そ、そうだった……!」
結花がはっとする。
「ちょっと勉強してくる」
「……ああ」
深夜は、わずかに笑った。




