当たり前の距離
ある日の武藤家。
咳が、小さく響く。
その側に、深夜がいる。
結花はほんの少し息を吐いて、布団に潜り直した。
「インフルだし……うつるよ」
ぼそりと呟く。
「それくらい、うつるわけないだろ」
即答。
「気にするな」
淡々と告げながら、額の冷却シートを剥がし、新しいものに替える。
やがて、深夜は立ち上がった。
「……待ってろ」
キッチンへ向かう足音。
しばらくして戻ってきた時には、盆に湯気の立つおかゆを載せていた。
「食えるか」
「……うん」
結花は素直に頷く。
おかゆを受け取ると、ふうっと息を吹きかける。
一口、口に運ぶ。
それを見届けてから、深夜が口を開く。
「それ食べたら、さっさと寝ろ。
……ちゃんと休め」
深夜は近くのテーブルに移り、ノートパソコンを開く。
「……何かあれば言え」
カタカタと、キーを打つ音が静かに響く。
その様子を、廊下から一人、見ている影。
スカートの裾を揺らしながら、怜は立ち止まっていた。
(……結姉、よくあれ平気だよね)
ずっと張り付いている兄の姿を見て、苦笑する。
(ぼくなら、落ち着かないや)
その時。
ふと、深夜と目が合った。
「……怜」
低い声。
「向こうへ行け。うつったら面倒だ」
近づいてくる。
「結姉は大丈夫?」
怜は小さく首を傾げる。
「プリンとか、ヨーグルトとか。いるなら買ってくるよ」
一瞬。
深夜の表情が、わずかに緩んだ。
「……お前は優しいな」
ぽん、と頭に手を置く。
「今は大丈夫だ。必要になったら言う」
そのまま軽く撫でる。
「自己管理の方をちゃんとしろ。インフル、学校でも流行ってるだろ」
「……うん」
深夜はそのまま背を向け、結花の元へ戻っていく。
いつもの距離。
いつもの空気。
それを見て、怜はふっと笑った。
(……なんだかんだで)
踵を返す。
(ぼく、この二人、好きなんだよな)
静かな廊下に、足音が遠ざかっていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
再来週金曜、結花の小話集を更新予定です。
未来息子シリーズの新作は、7月に公開予定です。
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