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「に、逃げて! 私のことはいいから、早くッ!」


 ティルミお嬢様がそう叫んでいた。その表情は怯えており、ガクガクと歯を震わせている。


「お嬢様、落ち着いてください」

「だって、あいつが、殺したから……っ」


 ティルミお嬢様が魔族のほうを指さしながら、そう呟く。


「大丈夫です。僕がいますので」

「だけど……」


 ティルミお嬢様は頷くも不安そうな顔をしていた。


「あぁ、お前見たことがあるなと思ったら、クラビルんとこの奴隷だな」


 どうやら第一王子は僕の顔を覚えていたようだ。


「あぁ、あなたのお知り合いですか。それで、どうします? 殺しますか?」

「殺せ。それも塵一つ残らないように無残に殺せ」

「はい、承知しました」


 そう言って、魔族のほうは僕を品定めするような視線を飛ばしていく。


「逃げます」

「えっ」


 ティルミお嬢様が驚いているのも構わず彼女を抱き寄せて〈加速〉を使って、部屋からの脱出をはかる。


「逃げられると思うなよッ!」


 逃走の意図に気がついた第一王子がそう叫ぶ。

 それと同時に魔族が捕まえようと動き出す。


「――遅い」


 僕の〈加速〉はただ速いだけではない。周囲の時間そのものを遅くする。ゆえに、何人たりとも追いつくことはできない。

 気がつけば、部屋を脱出して、さらに、王宮からも脱出していた。

 後は、このまま逃げ切ることさえできれば。

 そう思って突き進んで、止まらざるを得なかった。


「どうしたの? アメツ」


 不安そうにティルミお嬢様が語りかけてくる。


「どうやら結界で閉じ込められてしまったようです」


 そう、眼前には透明な結界が張られていた。その結界は、王宮を覆い隠すように展開されているらしい。


「〈夜暗無槍(やあんむそう)〉」


 振り返ると、無数の槍があらゆる方向から遅いかかってくる。

 その奥には、魔族と第一王子の姿が。魔族が放った魔術ということは明らかだ。


「アメツ……ッ」


 ティルミお嬢様の悲鳴が聞こえる。

 とはいえ、僕は冷静だった。

 この程度の攻撃なら防げることがわかっている。


「〈加重〉」


 そう口にした途端、全ての槍が真下へと落ちていった。

 槍の重さを何倍にも加重させることで、まっすぐ進むことをできなくしたのだ。


「今のはなんだ……!?」


 見ると、魔族が困惑した様子で眺めていた。


「ふんっ、運よく攻撃を防ぐことができたみたいだけどな。お前は、俺に目をつけられた時点で終わってんだよッ!! ほら、早くあんなやつ殺せッ!!」

「少し黙れッ! 人間風情が」

「……は?」


 第一王子が呆けた声を出す。

 というのも、味方のはずの魔族が第一王子を殴り飛ばしていたから。

 殴られた第一王子はそのまま顔がぺしゃんこに潰れていた。


「な、なんで……?」


 と、言いながら、そのまま気絶した。恐らく、死んだに違いない。


「これで、邪魔者はいなくなりました。存分にわたくしと戦いましょう!!」


 そう言って魔族は両手を広げて歓喜の声をあげていた。


「アメツ……?」


 不安そうにティルミお嬢様がそう言う。


「お嬢様、なんとかしますので、僕のことを信じてください」

「うん、わかった」


 頷いたティルミお嬢様の頭を撫でてから、彼女を巻き込まないとようにその場から離れる。


「いいですよ。存分に戦いましょうか」


 どうせ結界がある以上逃げることはできないんだし、戦うしかない。


「あぁ、ありがとうございます! わたくしの名はギャリンガー、これでも上級魔族です。それで、あなたの名前をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」

「アメツです」

「アメツですか。いいですね、それじゃあ存分に戦いましょうか!」





 魔族ギャリンガーは退屈していた。

 人間を殲滅すべく異界からやってきたもののあまりにも手応えがなかった。

 魔神から与えられた魔術を一度放てば、人間は次々と死んでいくではないか。

 これでは、つまらなすぎる。

 魔族ギャリンガーは戦いに楽しさを求めるタイプだった。

 ゆえに、一方的な蹂躙は楽しくない。

 やはり一進一退の攻防こそが戦いの醍醐味だ。

 そんなギャリンガーにとって、今がまさに自分が思い描いていた未来だった。


「人間にもあなたのような存在がいたとは! いいですね! 楽しく、殺し合いましょうか!」


 そう言いつつ、ギャリンガーは無数の槍を生成してはアメツめがけて投げ飛ばす。


「これで死になさいッ!」


 これだけの槍があれば、一つぐらいは貫くだろう。そうギャリンガーは推測していた。


「〈光の刃〉」

「――あ?」


 いつの間にか、アメツが至近距離にて刃を振るおうとしていた。

 さっきまで、アメツはもっと遠くにいたはず。

 まさか、この一瞬で無数の槍の雨をくぐり抜けた上で、ここまでやってきたというのだろうか。


「グハッ」


 アメツの刃をなんとか硬質化した肉体で受け止めるも、無傷とはいかず後方に吹き飛ばされる。


「くっはははははっ。こんな愉快なことは久しぶりですねぇッ!」


 ダメージを受けたというのにギャリンガーは笑っていた。

 そのことが不気味に思えたのか対するアメツは不愉快そうに顔をしかめていた。


「あなたの魔術はこの世界のものとは少し違う気がしますねぇ。一体、どんな仕組みなのか、詳しくお聞かせ願いたい」

「………………」


 ギャリンガーの問いにアメツは無言で返す。

 どうやらお話に付き合ってくれるつもりはないらしい。


「まぁ、いいでしょう」


 それでもギャリンガーが笑みを浮かべていた。


「奥の手を使いましょうか」


 そう言って、ギャリンガーは魔術を起動する。


「〈暗黒竜化(ドラゴニオン)〉」


 途端、ギャリンガーの姿は肥大化した。

 その大きさは建物を優に超え、足を一歩進むだけで地面が揺れ動くほど巨大な存在へと変貌する。

 その姿は、最強の魔物ドラゴンだった。


「ふっはっはっはっ、この姿になっても同じ態度でいられるでしょうか!」


 すでにギャリンガーは勝ちを確信していた。

 ドラゴンの姿になった今、自分が負ける姿が想像できない。

 ブレスを吐けば、町は吹き飛び軍勢は塵と化す。そして、どんな攻撃も強靱な鱗が跳ね返す。

 ゆえに、無敵――。


「ありがとうごさいます。的が大きくなってくれたおかげで、当てやすくなった」


 対して、アメツは涼しい顔をしてそう言った。


「ふ、ふざけるなぁああああああああああああああッッッッ!!!」


 流石に、ギャリンガーといえど、その態度は許容できない。

 この姿になった以上、例え神であっても自分に対して恐れおののかなくてはいけないのだ。

 なのに、なんだ、その余裕な笑みは!?

 殺す! 塵も残さず殺す!

 そう決めたギャリンガーは大口を開けて、ブレスを放つ準備をする。


「これで死ねぇええええええええええええッッッッ!!!」


 そう叫んで、特大のブレスを放った。

 ブレスはアメツを巻き込むように放たれ、その上、火炎をまき散らし、火柱が高くそびえ立つ。


「は、はぁー、流石にやったか……」


 ブレスを放ったため、大きな疲労感が全身を襲う。

 今の攻撃を浴びて人間が生きているとは思えない。


「〈必滅魔弾砲〉」


 そう呟く声が聞こえた。


「馬鹿な……ッ!?」


 ギャリンガーは驚きのあまり脳が揺さぶれる。


「あの攻撃を受けて、なぜ生きていられるんだ……!?」


 目の前の光景がとてもじゃないが信じられない。

 だが、そのことを受け入れるより前に、目の前を閃光が迸った。

 必ず敵を葬る光の槍。

 それがギャリンガーを貫いたのだった。





 ティルミ・リグルットは、戦闘の行方をとてもじゃないが直視することができなかった。

 魔族ギャリンガーがドラゴンの姿になってからは、特に。


「はぁー、はぁー、あ、あがぁ……っ」


 あのドラゴンが国を滅ぼしたんだ。

 あの悪夢が脳裏に蘇ったせいが、動悸は激しくなり吐き気まで襲ってくる。

 こんな調子では立っていることさえ難しい。


 けど、戦いの行方をみなくてはいけない。

 それが惨めに生き残ってしまった者の義務のように思えた。


「――――――ッ」


 一直線の光が前方を駆け抜けるように光った。

 その数秒後、ドラゴンが引き裂かれバラバラに崩れ落ちるのが見えた。

 アメツが倒したのは明白だった。


 あまりにも、圧倒的すぎる。

 それがティルミがアメツに対して抱いた感情だった。


 なぜ、アメツを戦場に連れて行かなかったんだろう。

 もし、あの日、王都にアメツがいてくれたら、もう少しマシな未来になっていたのかもしれない。

 けど、ティルミは自分の意思で、アメツを遠くに追いやった。


 なぜ、そんなことをしたのか?

 理由はいくらでもある。

 奴隷として戦うことを強いられてきたアメツが再び戦場に立って欲しくなかった。

 好きな人だからこそ、最も安全な場所で暮らして欲しかった。

 アメツの圧倒的すぎる力を使ってしまうと、アメツが英雄になってしまい、自分が王になったときに必要な求心力が分裂してしまう恐れがあった。

 アメツの力を使わず自分の力で王位を手に入れたかった。


 どの理由も嘘ではない。

 けど、一番の理由は他にある。

 あの力は危険すぎる。

 アメツの力は一国の軍事力に匹敵する力だ。そんな力を公の場で使ったら、ナーベル王国の未来はなかっただろう。

 だから、アメツに頼っても頼らなくてもナーベル王国が滅びる未来は変わらなかったのだ。

 



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