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ティルミお嬢様は黒い繭の中に閉じこもってしまった。
だったら、やるべきことは単純だ。
繭の中を突き破って、中からお嬢様を引きずり出す。
「〈光の刃〉」
そのためには、まず〈光の刃〉で黒い繭を切り裂きながら奥へ進む必要がある。
「問題なく斬れるな」
黒い繭は特別固い物質でできているわけではないようで、簡単に切り裂くことができる。
けれど、繭が大きすぎるせいか斬っても斬っても黒い糸でできた壁が行く手を阻む。まるで、深海の中を泳いでいるような気分だ。
「くそっ、もっと効率的に進むことはできないのか」
お嬢様はこのまま死ぬつもりだ。
だから、急いで救出しないといけないのに、それができないのがものすごくじれったい。
〈必滅魔弾砲〉を使えば、大きな穴を開けることができるかもしれないという考えが一瞬頭をよぎるが、下手に〈必滅魔弾砲〉使ってしまうと、繭の中にいるティルミお嬢様の体ごと貫いてしまう可能性に行き当たって却下する。
どうやら〈光の刃〉で地道に掘削していくしかなさそうだ。
「ん?」
ふと、異変に気がつく。
黒い繭の中を突き進んでいたら、部屋のようななにもな空間が現れた。
なんだ、この空間は? と、観察するが、ただ、空間が存在するだけで、なにもがあるわけでもなさそうだ。
だから、気にせず、先へ進もうとして、
『ふざけるなッ! なんで、聖剣は長男であるこの俺を認めないのだッッ!!』
声がしたので振り向く。
すると、聖剣を前にして癇癪を起こす男がそこにいた。
『では、聖剣をティルミ殿下の前へ』
今度は執事のような男が聖剣を小さな女の子に握らせようとしていた。
女の子が握った途端、聖剣は光り始める。
『おぉっ! 聖剣はティルミ殿下をお認めになった』
『次期国王陛下はティルミ殿下だ』
『女王の誕生は何年ぶりだろうなぁ』
周りの人々は口々に女の子に対して賞賛の声をあげる。
しかし、現実に、そこに人がいるわけではなさそうだ。ってことは、これは幻覚のようなものだろうか。
「ティルミお嬢様……?」
ふと、聖剣を握った女の子がティルミお嬢様に似ていることに気がつく。
『ふ、ふざけるなッ! 女が王位を手にするなんて、俺は認めないぞッ!!』
激昂する男がいた。
さきほど、聖剣に認められなかったことに激怒していた男だ。
もしかして、この男は国王陛下じゃないだろうか。
と、そこまでのことに気がついて、目の前で繰り広げられているのがなんなのか、その正体に思い当たる。
「もしかして、これはティルミお嬢様の過去の記憶……?」
エネからティルミお嬢様の過去になにがあったか、多少は聞いていた。
そのおかげで、目の前で見せられているのが、お嬢様の過去の記憶だということがわかった。
やはり、現国王は聖剣に認められなかったのは本当のようだ。
そして、ティルミお嬢様は、すでに聖剣に認められていたのか。
『おい、その女を捕らえて牢獄に入れろ』
国王陛下がそう口にした。
『殿下、一体なにをおっしゃって――』
『俺に口答えをするなッ! いいか、この俺が国王だぞ!』
反発しようとした貴族を国王陛下が一喝する。
皆、後ろめたそうにするも、誰も国王陛下には逆らえないようだ。
それから数人の兵士が入ってきて、ティルミお嬢様を捕らえて、どこかへ連れ去ろうとする。
『やだッ! ねぇ、誰か助けてよッッ!』
連れ去られるお嬢様は必死に助けをもとめようとするが、誰も目を背くばかりで助ける者はいなかった。
『いいか、ここであったことは他言無用だ』
国王陛下のその言葉によって、会議は終わった。
「終わったのかな……?」
どうやらここで記憶は終わりらしく、映っていた人々は消えて、なにも映らなくなってしまった。
そうだ、今はティルミお嬢様を救わなくてはいけないんだ。
先に進まないと。
◆
それからも黒い繭の中を進むたびに、ティルミお嬢様の過去の記憶が次々と浮かび上がってきた。
牢獄に監禁されたティルミお嬢様は囚人のような扱いを受けていた。
『おい、食事だ』
そう言って、一日一回粗末な食事を監獄の外から投げ渡される日々。
それを懸命に幼いティルミお嬢様は手で拾って食べる。
部屋にはトイレもないため、悪臭がひどく、見ていられないほど部屋は汚い。
冬は寒いのに毛布も与えられないため、お嬢様は震えながら過ごしていた。
そんな生活を続けていたお嬢様は日に日に弱っていた。
『うっ、うぐ……っ、う……っ』
だから、お嬢様は毎日泣いて過ごしていた。
『うるせぇぞ! ガキッ!』
けれど、泣くと監視の兵士に怒鳴られるため、泣き止むしかなかった。泣き止んだお嬢様はひたすら怯えていた。
こんな生活をお嬢様は何年も強いられていた。
見るのも背けたくなるような残酷な記憶だ。
『君を助けに来た』
けど、そんな境遇は一人の男によって終わりを迎える。
男はそう言いながら、牢獄を開けてティルミお嬢様を外の世界に連れ出した。
「……フアン・リグルット侯爵」
そう、彼女を救った男はティルミお嬢様の父親だった。
世間的には親子だが、本当は血が繋がっていないとエネは教えてくれたが、どうやら、それは本当だったらしい。
『いいか、君は本当は国王にならなくてはいけない人間なんだ』
フアン侯爵はティルミお嬢様に対してそう告げた。
『……は、い』
それに対し、ティルミお嬢様はどこかおぼつかない言葉で返事をする。長い監禁生活のせいで、彼女は言葉を喋るのも難しかったようだ。
それからティルミお嬢様の生活は激変した。
監禁生活から上級貴族の娘として育てられるようになったのだ。普通なら、おかしくなってしまいそうな環境の変化だが、彼女は順応してみせた。
フアン侯爵は、ティルミお嬢様にあらゆる高度な教育を施した。
恐らく、将来国王になっても問題ないように教育しているのだろう。
『いいか、君は将来にこの国の王にならなくてはならない』
フアン侯爵は口癖のように彼女に対しそう言った。
『はい、わかりました』
そして、その度に彼女は頷いた。
『私は国王にならなくてはいけない』
気がつけば、ティルミお嬢様の口癖もそうなっていた。
『私は国王にならなくてはいけない、私は国王にならなくてはいけない、私は国王にならなくてはいけない、私は国王にならなくてはいけない……』
そして、いつしか彼女の頭はそのことで埋め尽くされるようになっていた。




