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「嫌です」


 吐き捨てるように、それでいて明瞭に僕はそう言った。

 ティルミお嬢様の「殺して」という願い。そんな願い、僕が叶えるはずがなかった。

 考えてみれば、それは当たり前のことだ。


「アメツ、これは命令よ」

「だったら、その命令に背かせていただきます」

「ふ、ふざけないでッ!!」


 いつも優しいティルミお嬢様が珍しく怒鳴った。


「私は、国を滅ぼした極悪人よ! 死んで償う必要があるわ!」

「滅ぼしたのは魔族でしょう。お嬢様は関係ありません」

「違う! 私が王位を簒奪しようとしなければ、第一王子が禁忌を犯すことはなかった」

「その禁忌がなにかわかりませんが、それならば、その禁忌を犯した第一王子が悪い。お嬢様は関係ありません」

「関係あるわ! 私が戦争の引き金を引かなければ、こんなことにはならなかった!」

「お嬢様は反乱軍にいいように利用されただけですよ。別に、お嬢様がいなくても戦争にはなってたんじゃないですか」

「違う、違う、違うッ!! とにかく、このまま魔王が復活してしまったら、今度は人類が滅びるかもしれないのよ! だったら、私は死ぬべきなのよッ!」

「別に、死ななくても魔王の復活を阻止する方法があるかもしれません。だから、今すぐ死ぬのはいささか短絡的かと」

「そんなの、なんの根拠もないじゃない!」

「それを言うならば、お嬢様が死んだら魔王復活を阻止できるという話にも根拠がありません。それはお嬢様が勝手に思っていることなんじゃないですか。実は死ぬのが、魔王復活のトリガーだって可能性もあると思います」

「な、なんで、そんな意地悪を言うのよ……っ!」

「意地悪ではありません。ただ、事実を述べているだけです。それに魔王が復活したなら、僕が倒しますよ」

「いくら、アメツが強くても魔王を簡単に倒すことはできないわ……!」

「できますよ」

「できない!」

「できます」

「……ッ!」


 このまま押し問答していても、いたちごっこになることを把握したのかお嬢様は唇を噛んで、口を閉ざす。

 それから、涙でぐしゃぐしゃになった顔を拳で拭う。


「もう嫌なの……」


 ぽつり、とお嬢様は言葉を紡ぐ。


「もう、なにもかもが嫌なの! なにもかも失ったのに、呑気に生きたくないの……っ!」

「気持ちはわかりますが、死ぬのがお嬢様にとって、良い選択だと思いません」

「なんで……っ。なんで、そうやって全部否定するの……。アメツは、私の言うことなんでも聞いてくれたのに」

「それは……」


 確かに、今までお嬢様の命令に背いたことはなかった。

 それは、僕がお嬢様の願いならどんな願いでも叶えたいと思ったからだ。だからといって、彼女が死ぬことだけは違うと否定できる。


「もういい、最初からアメツに頼るのが間違っていた」


 そう言った彼女の瞳は、黒い闇に覆われていた。


「自分で死ぬ」


 ぼそっ、と彼女の声が聞こえる。

 瞬間、どす黒いなにかがティルミお嬢様の全身を覆った。


「お嬢様ッッ!!」


 そう叫びながら、手を伸ばすも彼女の周りに突如現れた黒い物体が邪魔する。


「〈反転術式――暗き孵化〉」


 そう告げたお嬢様の顔は虚ろで、心ここにあらずといった感じだった。


「な――ッ!」


 後ろに仰け反る。

 彼女の周りにあった黒いなにかが繭のような形になっては肥大化していったのだ。

 大きくなっていくそれは、あっという間に、部屋の壁を壊しては天井を突き破る。

 押しつぶされないように、逃げることしかできなかった。


「なんだ、これは……」


 気がつけば、屋敷の壁を突き破ってしまうぐらい巨大な黒い繭が目の前に出現していた。

 繭の中央にティルミお嬢様はいるのだろう。

 この繭が一体なんなのか、僕には見当もつかない。

 けど、一つだけ確かなことがあった。


 ティルミお嬢様は死ぬつもりだってこと。

 そして、このままなにもしなければ、近いうちにそれは実現されるに違いない。






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