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相手が反応する前に殺す。
そうすれば、契約魔術による激痛が走る前に主を葬ることができる。
一応、失敗したときのために、エネが近くに待機しているが。
「――死ね」
速く。もっと、速く殺せ。
「なっ」
クラビル伯爵の短い悲鳴が聞こえた。
それと同時に刃がクラビル伯爵の胴体を突き刺す。
グッ、と強く押し込んで血管を千切る感触が手に伝う。
「あがっ!」
クラビル伯爵が呻き声と共に鮮血を口から吐き出す。
刺し傷から飛び散った血が全身にかかる。血が放つ鉄のような独特な臭いが鼻を刺激した。
そのままクラビル伯爵は地面に倒れては力を失ったかのように動かなくなった。
「あっ」
ふと、自分に施された契約魔術が解除されたことに気がつく。
このことが示すということはクラビル伯爵が死んだということだ。
これで僕にかけられていた枷がなくなった。
「こんなもんか……」
ふと、そんなことを呟く。
あまりにもあっけない幕切れに、どこか現実感がない。
こんな男に僕は何年間も苦しめられていたのか。
「おい、お前なにやってんだ……!?」
「こ、こんなとこに敵軍が入り込んでいたのか」
「今すぐ、こいつを捕らえろ!」
ふと、周りを見るとクラビル伯爵の味方らしき兵士たちがそう口々にしながら僕のことを見つめている。
このままここにいたら、いずれ捕らえられるだろう。
ということで、早々に離脱することを考える。
「〈加速〉」
エネによれば、俺の〈加速〉はどんな魔術師でも追いつくことはできないらしい。
ならば、ここから逃げ切ることも可能だろう。
クラビル伯爵の遺体を背負いながら、襲いかかってくる兵士たちの攻撃を次々とかわしつつ、ティルミお嬢様のいる軍隊のほうへと全力で走る。
せっかくティルミお嬢様が近くにいるんだ。
だったら、会いに行こう。
もう長いこと、彼女と会えていない。
今から会えると思うと、すごく足取りが軽い。
キラリ、と前方に光が見えた。
瞬間、顔をかするように、火の弾丸が通り過ぎていった。
「あなた、とまりなさいッ! これ以上、近づくなら私が直接に相手にするわよ!」
凜とした、とても透き通る声だった。
「あ……」
立っていたのは、長い髪をなびかせた少女であった。少女でありながら悠然としていた神々しい。
こんな人、僕は一人しか知らない。
「ティルミお嬢様」
僕がそう呟くと、彼女も僕に気がついたようで、ぼそっと呟いた。
「……アメツ」
と。
彼女は僕の存在が完全に想定外だったようで、不意を打たれた表情をしていた。
「お嬢様、お久しぶりです。ずっとあなたにお会いしたかった」
僕は呟きながら、ゆっくりと彼女に近づく。
そして、彼女の足場にひざまずいた。
「……怒ってないの?」
「どういう意味でしょう。僕があなたに怒る理由なんて、一つもないと思いますが」
「だって、私、あなたに辛い目にあわせたわ。また、クラビル伯爵の奴隷に戻すという」
「お嬢様がどういう目にあったか多少聞き及んでいます。それに比べたら、僕の経験したことなんて、たかが知れています」
ティルミお嬢様は王都に幽閉されて、その後処刑されてそうになったところを脱出した上で戦争に参加している。
僕なんかよりずっと壮絶な人生を歩んでいる。
「それに、お嬢様に考えがあってのことだとわかっていましたので」
「そうね……。あのときは、ああするしかなかった」
そうお嬢様が口にした瞬間、わずかに目元に疲労が浮かんでいるのが見えた。
隠してはいるつもりのようだが、大分疲れているようだ。
「それで、アメツはなんでここにいるの?」
「クラビル伯爵に戦争に参加するように命じられましたが、お嬢様の敵になるわけにいかないので、勝手な判断ではありますが、このようにしました」
そう言いながら、背負っていたクラビル伯爵をティルミお嬢様に見せる。
すでに息はしていない。
「そうなんだ……」
それを見た彼女は全て察したように、短く息を吐く。
「本当はアメツに人を殺してほしくなかった。けど、こうなったのは全て私のせいだよね。だから、ごめんなさい」
「えっ」
一瞬、彼女の言葉が理解できず戸惑う。
なぜ、ティルミお嬢様は僕に謝ったんだ?
てっきり敵将を討ち取ったとして褒められると思っていた。でも、違った。
「いえ、ティルミお嬢様が謝るようなことはないかと」
わからない。
なんで、彼女はこんなに悲しそうな顔をしているのだろうか?
「お嬢様の命令とあれば、僕はいかなることもする準備は整っているのですが」
一瞬たりともティルミお嬢様から離れたくない僕としては、彼女と一緒にこの戦争に参加したい。
「ありがとう、アメツ」
そう彼女は笑って――
「けど、これは私が私の力で成し遂げなくてはいけないことなの。だから、アメツの力を借りることはできない」
お嬢様がこう言うのは、なんとなく想像できた。彼女は僕の力なんてなくても、自分の力で立つことができる人間だ。
「僕はお嬢様のために力を振るいます。だから、僕の力もお嬢様の力の一つです」
だからといって、簡単に引き下がることはできない。
「あなたの力は私が使うには大きすぎるわ」
けど、彼女は意見を曲げなかった。
「それに、あなたには幸せに過ごしてほしいの。だから、私のことを信じて待っていてくれないかな?」
「僕の幸せはあなたの側にいることです」と反論しようとして、開いた口を閉じてしまった。
彼女を顔を見て、言えなくなってしまったのだ。
その瞳に強い意志が宿っていたのだ。
あぁ、僕がなにを言っても彼女は曲げないんだろう。僕の力を借りないことが、彼女にとって最後の意地なのだ。
「私のわがままかもしれないけど、聞いてほしいかな?」
最後に彼女はしゃがんでは、僕と同じ目線の高さになってそう口にした。
「わかりました。それがお嬢様の望みなんですね」
僕は頷くと、彼女は「ありがとう」と口にする。
そう言って、彼女に背を向けて歩き出す。
また僕はティルミお嬢様と別れなくてはいけないのか。




