第八話「おもちゃ」
「見えたっ!」
スオスはカーラーを抱えて、跳んだ。
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鋼鉄の破片が榴弾のごとく砦内を穿ち、無数の帝国兵を一瞬にして肉塊へと変えた。
粉塵と血煙の漂う惨状の中、ぽっかりと開いた破口に佇む男――王国の切り札、勇者スオス・ハイム。
その足元に雑に投げ出されたカーラーは、突入の衝撃で肋骨を打ち砕かれていた。激痛の残響に耐えながら地面に這いつくばり、喉にこびりつく鉄の味で生を噛みしめていた。しかし、彼女の身体はすでにスオスの治癒魔法を受け、傷一つない状態へ修復されていた。
(痛みの記憶だけを残して……肉体だけが、勝手に治っている……)
迷惑をかけてしまった。謝罪の言葉を口にしようとして、口を噤んだ。カーラーが見上げたスオスの瞳には、恐怖で硬直する帝国兵たちの姿しか映っていない。しかし、そんな目で人間を見るなんて。その目はまるで…
「ひ、ひぃ……ッ! 迎撃! 迎撃しろぉッ!!」
将兵が、泡を吹きながら剣を抜き放つ。
だが、スオスが一歩を踏み出した瞬間、周囲の空気が爆発した。音を置き去りにした不可視の踏み込み。将兵の首が空を舞うのと、背後にいた数十の兵の半身が衝撃波で肉掠れとなって飛び散ったのは、完全な同時だった。殺戮というよりは、何かの作業の様相であった。
――だが。
その凄惨極まる殺戮劇を、砦の中央櫓から、情熱の一対の眼差しが見下ろしていた。
中級魔導士、リコー・タディーカである。
隣に立つ新副官のムロヤは顔を蒼白にし、歯をガチガチと鳴らしてガタガタと震えていた。
「り、リコー……! なんだあの化け物は……!? 東門の多層鋼鉄扉が、一撃だぞ!? 補強も、あんなものの前では何の意味もなさない!」
「ムロヤ、ああ、ムロヤ、わざとなのか?あまり私を興奮させるな」
リコーの薄い唇に刻まれたのは、恐怖ではなく、狂気に満ちた歓喜の笑みだった。
「素晴らしい……実に素晴らしいぞ。王国の参謀本部の老物どもも、やればできるではないか!あの、白い狂犬の見事よ!――見事としか言いようがない!私が用意した一番豪華なレッドカーペットを踏みつけるに、相応しすぎる!」
リコーは静かに黒い手袋を嵌め直した。
少々高級な撒き餌で、極上の大魚を釣り上げた。裏切り者を通じて王国側へ流した、東門の頑強な補強も、「先帝の遺産」の情報も、この瞬間に報われた。この怪物を、最も深く、最も逃げ場のない「舞台の中央」へと誘い込んでくれた。リコーは神に感謝した。
壊れた東門の真下――使わなくなって久しい、地下兵糧庫。ドクン、と不気味な重低音が響き渡った。
行軍中、山賊たちを骨ごと細切れにし、降り注ぐ血液を浴びて一度は落ち着いていた帝国の秘匿兵器、『先帝の遺産』。
スオスが撒き散らす圧倒的な生血と、死に瀕した兵士たちの絶望の気配に狂喜し、地下に繋がれた怪異が、無数の「瞳」を一斉に開く。
「さあ、見せてくれ!白い狂犬!」
リコーは黒い外套を翻し、虐殺の渦中にある東門を見下ろして低く呟いた。
「理不尽な暴力と、理不尽な怪異――舞台は私が用意しました!どちらがより、美しいのか!敗者の血肉を浴びるに相応しいか!!」
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時は、スオスが砦の東門を消し飛ばす前に遡る。
薄暗い執務室の床に、数枚の羊皮紙が散乱していた。それは、リコーが密かに自身の手勢に命じ、『先帝の遺産』により、凄惨な死を遂げた山賊たちの、その後の報告書である。
その紙の海の中央で、リコー・タディーカは己の顔を両手で覆い、一人、床をのたうち回っていた。
(ああ……素晴らしい! やはり偉大なる先代皇帝陛下は、あの方は……!)
彼が抱く先帝への狂信的なまでの敬意と賛美は、決して声には出されない。声帯を震わせてしまえば、この極上の甘露が世界に揮発して減ってしまうとでも言うように、ただ己の内側だけでその熱を反芻し、じくじくと愉しんでいた。
軍服が乱れることも、床の埃に塗れることも厭わず、リコーは歓喜に身をよじらせる。
散乱する資料の一枚には、血濡れたような走り書きでこう記されていた。
『行軍中、奇襲を仕掛けてきた山賊部隊は一人を残し全滅。最後の一人に、目立った外傷なし。にもかかわらず、確保時点で瀕死の重体。昨晩、死亡を確認。死因は——』
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時は戻り、現在。
東門の惨状の只中。
崩落した地下兵糧庫の瓦礫を押し除け、赤黒い紋様を蠢かせた『それ』が姿を現した。鉄の塊であったはずの輪郭は不定形に歪み、鼓膜をガラス片で引っ掻くような、甲高く極めて不快な軋み音を周囲に撒き散らしている。
「なんかでてきたと思ったら。あーあ。なんだ、人じゃないのか」
スオスは聖剣を肩に乗せたまま、ひどくつまらなそうに唇を尖らせた。
血も涙も流さず、絶望の悲鳴も上げなさそうな無機質な怪異。暴力を振るう相手としては、ひどく退屈な『オモチャ』に見えた。
「ちょっと不満だけど……まあ、お仕事だからごめんね」
謝罪の言葉とは裏腹に、一切の慈悲も容赦もない一撃が放たれた。
スオスの手首がブレたかと思った瞬間、空間そのものを断ち割るような凄まじい神速の袈裟斬りが、異形の怪異の巨体を斜めに捉える。山すらも両断する、勇者たる所以の理不尽な斬撃。
ギィィィンッ……!!
しかし、火花と耳障りな衝撃音が弾けた直後。
スオスの目が、驚きに見開かれた。絶対の切断を誇るはずの聖剣が、怪異の赤黒い装甲に数センチほどの傷を刻んだだけで、はじき返されてしまったのだ。
「……へえ」
スオスの顔に張り付いていた退屈そうな笑みが、みるみると別の形へ歪んでいく。
それは、純粋な好奇心。壊れないオモチャを与えられた無邪気な子供の、底知れぬ歓喜であった。
「すごい! すっげー、めちゃ頑丈じゃん!!」
スオスが歓喜の声を上げ、さらなる追撃のために聖剣を振りかぶろうとした、次の瞬間。
怪異の表面に刻まれた赤黒い紋様が一箇所に収束し、目も眩むような太い閃光となって撃ち放たれた。
距離はゼロ。回避の余地などなく、極大の光の奔流がスオスの身体を正面から完全に呑み込んだ。
巻き添えにならないよう避難していたカーラーが、息を呑んでその光景を凝視する。
濛々と立ち込める熱と煙の奥で、スオスは——
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