第七話「戒訓①」
夜が明け、翌朝を迎えると同時に「まあまあ、そう言わずにもっとゆっくりしていけばよいのに」と口々に引き留める村人たちの温かい引きもどしを振り切り、リコーたちは村を後にした。
当のリコー本人が「ま、それはそれとして。聖国の首都――なんでしたっけ、白都っていうんです? そこまで行きましょう。呼び出されていることですしね、一応」と、事も無げに歩き出してしまえば、同行者たる三人にそれを止める術などなかった。
朝もやの漂う街道を並んで歩きながら、ムロヤは自身の額を押さえ、深いため息をついた。
「……そもそも、なんでリコーは聖国の首都まで暢気に旅行してるんだ? 敵の懐どころじゃない、一番危険な場所なんだぞ……いつものペテンで、聖国からの召喚自体を回避できなかったのかよ。いったい何が目的なんだ」
「それは、聖国からの『召喚』が、私にとって『願ったり叶ったり』だったからですよ。理由なき入国と、異端者としての出頭なら、後者のほうが余計な警戒が少なくて済みます」
そう言うと、リコーは歩き続けながらも顎に指を当てた。
「……そうですね。ここまで来たのなら、私の『本当の目的』のひとつくらい、あなたがたになら教えても構いませんか」
リコーは前を向いたまま、どこか楽しげに言葉を繋いだ。
「実はね、『人探し』をしているんです」
「……誰?」
静かな街道にぽつりと響いたリコーの言葉。それに即座に反応したのはスオスだった。
彼は歩幅を緩め、鋭い眼光をリコーの背中へと突き刺す。突然重要な秘密めいたものを吐露しようとするリコーの雰囲気に気圧されながらも、三人全員が次の言葉を聞き逃すまいと息を殺し、生唾をゴクリと飲み込んだ。
「私は人を探しています。『魔導が効かない』、という戦士を」
「魔導が、効かない……?」
ムロヤとカーラーは思わず顔を見合わせ、そのまま同時にスオスへと視線を向けた。
ムロヤの探るような目と、カーラーの縋るような眼差し。特に後者の視線が、スオスの胸の奥にある『もやもや』を不器用に刺激した。
スオスはあからさまに不服そうな顔を作り、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
そんな三人のやり取りを背中で感じ取ったのか、リコーはくっくっと肩を揺らして笑った。
「いやいや、そういうことではありません。確かに、スオス殿の魔導に対する防御力たるや隔絶したものです。そういう意味では、魔導は『ほぼ』効かない。……しかし、『絶対』効かないわけではない」
リコーはくるりと振り返ると、大仰に両手を広げてみせた。
「私が探している人物は『絶対』なのです。まるで、この世界で一人だけ夢から覚めたように……一人だけ、魔導による『干渉』を一切受け付けない」
「……そ、そんな人物が……ほ、本当にいるのでしょうか……」
カーラーは自身の両手を胸の前で小さく固く握りしめ、怯えたように肩をすくませて呟いた。
「います。おそらく、この国に。その人物を見つけないと……ちょっと『大変』なことになるんです」
「……何が起こるんだ……?」
ムロヤは眉間に深いシワを刻み、探るような強い眼差しでリコーに問いかけた。
リコーは一瞬だけ言葉を切り、ゆっくりとムロヤの顔を覗き込む。そして、口元に怪しげな笑みを浮かべると、人差し指を立てて自身の唇の上にそっと滑らせた。
「それはまだ秘密です」
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聖教皇は、静かな一室で朝餉をとっていた。
食卓に並ぶのは、見た目こそ質素に仕立て上げられてはいるものの、その実、聖国各地の信者たちから善意という名のもとに寄贈された山海の幸を惜しみなく注ぎ込んだ料理の数々であった。それは、清貧を装う聖国の、底知れぬ欺瞞をそのまま形にしたような食卓であった。
「『魔導銃』……いや、『魔拳銃』、ですか」
聖教皇の皺ばんだ手には、一枚の報告書が握られていた。
そこには、リコーの作り出した未知なる兵器『魔拳銃』の詳細が、緻密な絵付きで解説されている。
「……ただでさえ魔導具は禁忌だというのに……このような、人を殺めるためだけのものを……。帝国の……リコー・タディーカ……神を恐れない異端者か……」
教皇は深くため息をつき、顔の皺をいっそう深く寄せて悲しげな表情を浮かべた。その声色は、世の不条理を憂う慈父そのものであった。
その様子を目にした周囲の従僕たちは、一斉に胸を痛めて体をすくませた。
ひとりは「おいたわしい……」と涙ぐみながら祈り、また別のひとりは「忌々しい帝国め……」と激しい敵意を瞳に宿して拳を固く握りしめた。
教皇は悲しみのあまり食欲すら失ったと言わんばかりに、ゆるやかに席を立った。
従僕たちは慌てて深々と頭を下げ、そのあとに続いた。
後には、ほとんど手を付けられることのなかった豪華極まりない朝餉が、虚しく残されていた。
「少し、一人になりたい」
教皇はそう言い残すと、重厚な扉を閉ざし、ひとり静寂に包まれた執務室へと入った。
先ほどまでの悲痛な面持ちはどこへやら、彼は迷いのない足取りで壁際の戸棚へ歩み寄ると、厳重に保管されていた年代物のワインを取り出した。
そして、細やかな装飾が施された純金のカップへとなみなみと注ぎ入れる。
豪奢な革張りの椅子へと深く腰を下ろした教皇は、カップを揺らし、芳醇な香りを鼻腔で味わいながら、ぽつりと呟いた。
「……魔導具は、禁忌なのだ……」
ワインを飲み、静かに杯を置く。
「……すべて、儂のものなのだからな……」
教皇は卓上に広げた魔拳銃の報告書へ、ゆっくりと視線を落とした。
紙面に描かれた異形の兵器を、慈しむかのように指先でなぞる。
「これは、儂のものだ」
その瞬間、教皇の穏やかだった顔の筋肉がみしり、と不気味に引き攣った。
慈愛の仮面が剥がれ落ちたその下に、欲望と独占欲に狂った、悍ましい笑みが酷悪に浮かび上がっていた。
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いつの間にか、一行の先頭はスオスになっていた。そのすぐ傍にはカーラーが寄り添うように歩き、少し離れた位置にムロヤが続く。そして、そのさらに後ろを歩くリコーは、思案気な表情のまま手の中で自らが作り出した小さな魔力結晶をクルクルと弄んでいた。
「……誰か来る」
スオスが前方に視線を据えたまま、低く警戒するようにつぶやいた。
これまでも街道ですれ違う旅人は何人もいたが、スオスがこれほどあからさまな警戒の色を滲ませたことは一度もない。つまり、そういうことだった。
「お客さんですねえ」
リコーが楽しげに、しかしどこか冷ややかに答える。
その言葉に反応し、カーラーは小さく息を呑み、ムロヤは『……? なんだ、あいつ』と遠方の影に目を細めた。直後、その異様な気配を察知して瞬時に身体をこわばらせ、臨戦態勢に入る。
ムロヤが目を細めたその先。
街道の向こうから歩いてくる男の服装は、端的に言えば聖職者のそれであった。全身を簡素な白の衣で覆った、どこにでもいるような巡礼者。しかし、そこから放たれる雰囲気が、どうしようもなく異様で、肌を刺すように不気味だった。
左の袖が虚しく垂れ下がり、腕がない。深く被ったフードの影に隠れて、その表情は一切窺い知ることができない。
カーラーは寒気が走ったように、その場で小さく身を竦めた。
「……その男、かなりの数の魔導具を所持していると見て、間違いありません。スオス殿、警戒を……」
「リコー、うるさい。……カーラーちゃんは下がって」
リコーの忠告を、スオスは鼻で笑うように一蹴した。
彼は腰の柄に右手を添え、ふっと息を吐き出す。
「蟻は所詮、蟻だ。武装している? だから何だ。武装した蟻に警戒するなんて、そんな間抜けな真似ができるか」
吐き捨てるや否や。
スオスの姿がかげろうのように揺らいだ。
一瞬にして男との間合いを詰めたスオスには、躊躇いなど微塵もない。男が敵であることは、勇者としての勘で確信している。間合いを詰めた時には、すでに抜剣の動作すら完了していた。閃光そのもののとなった刃を、容赦なく男の頭上へと叩き下ろした。
キンッ――!
硬いもの同士が激しくぶつかり合う甲高い金属音が、静かな街道の空気を引き裂いた。
「?!」
スオスの双眸が驚愕に見開かれる。
いつの間にか、片腕の男の正面には、ぶ厚いレンズのような形をした透明な『薄い膜』が浮かび上がっていた。
その膜が、スオスの渾身の斬撃を完全に受け止めていたのだ。一目見て、それが既存のいかなる防御魔導にも見られない特異な形状と、常軌を逸した硬度を誇っていることがスオスには理解できた。
「法を犯す野蛮な異端者め。秩序にひれ伏し首を差し出せ」
澱みのない、冷徹な声が聞こえたかと思った瞬間。
ドォン! と空気が爆ぜ、スオスの巨体がまるで木の葉のように勢いよく吹き飛んだ。
「っ……!」
数回転がりながらも、スオスはすぐさま地面を蹴って体勢を立て直し、素早く跳ね起きた。
しかし、その鋭い双眸には、隠しきれない驚愕の色が浮かんでいた。冷や汗が滲むほどの焦りが、彼の顔を酷く強張らせた。
補足
聖都・・・聖国の首都(法律上の首都ではない)
白都・・・聖都の中心。宗教上の聖地。外国人どころか、聖国の一般人も立ち入りは制限される。




