第四話「魔導具」
「……あれ?」
「どうかしましたか、ムロヤ」
聖国の無機質に整備された街道を、南へ向かって進む一行。その道中、懐をごそごそと探っていたムロヤが、ふと訝しげな声を上げた。
「いや……議会国のファルディス殿に、俺の通信魔導具を貸しておいただろ? 定時連絡ってほど仰々しいものじゃないが、ちょくちょく向こうから連絡が来てたのさ。それで、今また確認しようとしたんだが……」
ムロヤは手のひらに乗せた小さな魔導具を軽く指で叩き、眉をひそめた。
その手元を、リコーが横からぬっと顔を出して覗き込む。
「……なるほど? これは妙ですねぇ……」
「……なにか問題ですか?」
リコーのただならぬ呟きに、後方を歩いていたカーラーが小走りで近づき、スオスもまた鋭い視線を向けながら歩み寄る。
リコーは皮手袋に包まれた指先で自身の顎を撫で、もったいぶるように口を開いた。
「……一応、魔導具の専門家として言わせていただきますが……この通信魔導具、何者かによって『妨害』されていますね」
「え?」
カーラーが小さく息を呑む。するとリコーは、事も無げに彼女へと顔を向けた。
「カーラー殿も、通信魔導具をお持ちでしょう? ちょっと使えるかどうか、見てみてくださいよ」
「…………」
さらっと、それも極めて無防備に自身の秘密を暴露されたカーラー。だが、彼女は「いまさらか」と半ば達観したように微かに肩を落とすと、懐の奥から隠し持っていた魔導具を取り出し、静かに起動を試みた。
数秒の沈黙。カーラーのまぶたが微かに細められる。
「……これは確かに。なんらかの不具合が生じていることは間違いないですね。一切の応答がありません」
「どういうこと? カーラーちゃん」
不安げに声を漏らしたカーラーに、スオスが気遣うように身を乗り出して尋ねた。
しかし、その問いに間髪入れずに答えたのは、またしても横から割り込んできたリコーだった。
「通信魔導具というものはですね、多くの場合、二つで一つなのです。もとは一つの魔力結晶をパキンと割って、二つの別々の魔導具に組み入れる。そして、通常の魔力波長とは異なる『共振』という現象を利用して通信を行っています。……そして、この状況の何がおかしいのかと言いますとね……」
さも得意げに人差し指を振りながら語り続けるリコーの言葉を、スオスの低くドス黒い声が遮った。
「……俺は、カーラーちゃんに聞いたんだけど」
スオスのこめかみがピクリと引き攣り、その双眸に殺意すれすれの苛立ちが宿る。
だが、リコーはやれやれと大袈裟に首を横に振ると、両手のひらを上に向けて大仰に肩をすくめてみせた。
「魔導具の専門家でもないカーラー殿に、そんな専門的なことがわかるわけないでしょう? ……で、話を続けても?」
スオスの額に、ピキリと明確な青筋が浮かび上がった。
彼の手が本能的に剣の柄を握り潰しかけるが、スオスはギリッと奥歯を噛み締めると、深く長い息を吐き出して無理やりその両手を体の横へ下ろした。この得体の知れない狂人に、これ以上の感情や怒りを向けること自体が、自身の精神と体力を削る不毛な無駄遣いであると諦めたのだ。
スオスの殺意すれすれの視線を背に受けながらも、リコーはどこ吹く風とばかりに人差し指を立て、陽気に講義を再開した。
「話を戻しますと。この通信魔導具に用いられる『共振』という現象。まあ、簡単に言えばブルブルと震えている状態だと思ってください。これは、一度始まれば止めようとしてもなかなか止まらない、常時勝手に震え続けている強固な現象なんです。しかし現在、ムロヤの持つ通信魔導具の振動は……あ、本当に物理的に震えているわけではなくてですね、『魔振』という魔力波長の微細な震えのことでして……おっと、いけない。脱線しましたね」
リコーはわざとらしく自分の頭を小突くと、ムロヤの手から魔導具をひょいとつまみ上げ、太陽の光に透かすようにかざした。
「とにかく、この魔導具の振動が完全に止まっているのです。考えられる原因は二つ。ひとつは、通信相手側――つまりファルディス殿の持つ魔導具の不調。もうひとつは、なんらかの『別の魔導具』による意図的な妨害です。……で、私ほどの魔導具の専門家ともなりますと、その二つの『止まり方』とでもいいましょうか。魔力波長の揺らぎの違いが、指先から手に取るようにわかるんですよね」
リコーはつまんだ魔導具を、まるでよしよしと撫でるかのように指の腹でそっと擦った。
「この中の魔力結晶は、『相手が消失して役目を終えた』状態ではありません。『通信したいのに、相手がどこにいるのかわからなくなって混乱している』状態であると断言できるんです」
その言葉を受け、カーラーは自身の手の中にある魔導具を包み込むようにギュッと握りしめ、顔を青ざめさせた。
「……そして、わたしの持つ通信魔導具も……全く同じ状態に、陥っているんですね」
「そう。これで間違いない」
リコーは肩をすくめ、手のひらを上に向けて見せた。
「聖国から外の世界へは、少なくとも魔導具による通信は不可能です。完全に遮断されていますねぇ」
その事実の重さに気づいたムロヤが、弾かれたように足を止め、大声で叫んだ。
「そんな!? 魔導具の通信を『妨害』できるって……ッ!そんな技術聞いたことも……ッ!」
「その通り」
リコーの足もまた、ピタリと止まった。
彼はゆっくりと振り返り、歩いてきた道程――はるか後方に霞む、あの威圧的な『神意の長壁』を遠く見つめた。先ほどまでの軽薄な笑みは鳴りを潜め、その横顔には酷く冷たい理知的な光が宿っている。
「それは、魔導具の根底の理論、その深い理解なくしては絶対に成し得ない技です。おまけに、実験室の中でならともかく、そのような大規模な妨害技術は、帝国の中枢にいた私ですら知りません。……となれば、聖国自身が『なんらかの魔導具』を密かに開発し、それを用いて意図的に通信網を妨害していると考えざるを得ません」
「聖国では魔導具の使用は『絶対の禁忌』なのにか!?」
ムロヤは両手で自身の頭を抱えるようにし、理解不能な現実に顔を激しく歪ませた。
「矛盾してるだろ!? 異端審問までやって魔導具を否定してる国が、裏では俺たちより高度な魔導具を研究し、開発してるって言うのか!?」
なおも叫ぶムロヤの声が、ひっそりとした街道に虚しく響き渡る。
リコーはその悲痛な声に反応し、ゆっくりとムロヤの方へ視線だけを動かした。
しかし、彼の薄い唇がそれ以上の言葉を紡ぐことはなかった。リコーはただ静かに、何事かを思案するように目を伏せ、吹き抜ける乾いた風にコートの裾を揺らしているだけだった。
2026/10/10 修正 魔道具 → 魔導具 タイトルを間違えるという体たらく。マジで申し訳ない。




