第五幕 第一話「戦士」
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重厚なマホガニーの机の上で、純白の羊皮紙が異様な存在感を放っていた。そこに押された黄金の封蝋を前に、議長は無意識に小刻みに震える右脚の貧乏ゆすりを止めようと、自身の太ももを強く押さえつけた。額から次々と滲み出す脂汗を、手にした絹のハンカチで何度も乱暴に拭い取る。
その向かいの長椅子では、リコーが足を組み、ゆったりと背もたれに体を預けていた。彼の指先では、小さな魔力結晶の欠片がコインのように器用に転がっている。
「……聖国からの、召喚状だ」
議長はひび割れた声で言い、羊皮紙へ視線を落とした。
「異端審問の裁判への出廷を命じる、とある。先日の御前試術での一件……いや、あなたの見せた『魔拳銃』の存在が、すでに聖国の中枢へ届いたのだ」
議長はハンカチを握りしめる手を震わせ、大きく喉仏を上下させて唾を飲み込んだ。
「リコー殿。正直に言おう。聖国の異端審問に行けば、何が起こるかなど私にはわからない。しかし、事実として……あの国へ『異端』として召喚され……生きて帰るどころか、まともな姿で帰還した者は、いないのだ」
しかし、その警告を受けた当のリコーは、指先で魔力結晶を転がすリズムを微塵も崩さなかった。
「へえ」
興味の欠片もない、単調な相槌。
リコーは小首を傾け、空中を舞う埃でも眺めるようなぼんやりとした視線を虚空へ漂わせた。そして、組んでいた足を気怠げに入れ替えると、指先の結晶をふっと空中に放り投げ、片手で無造作にキャッチした。
「そんな些事より」
リコーの口角が、緩やかに吊り上がる。
「議長殿。私がお頼みしている『探し人』の件、進捗はいかがでしょうか?」
議長は目を丸くし、ハンカチを持った手を宙で硬直させた。この期に及んで何を言っているのだ、とばかりに口を半開きにさせる。
やがて議長は大きな溜め息をつき、緩慢な手つきで自身の眉間を深く揉み込んだ。
「……探しては、いる。我が国の情報網を総動員して、条件に合う者を洗わせている。だがな……」
議長は眉間から手を下ろし、困惑に満ちた表情で緩く首を横に振った。
「あなたが言うような『屈強な戦士』という特徴だけでは、あまりにも漠然としすぎている。この国は巨大だ。ただ『魔導が効かないほどの頑丈な戦士』を探せと言われても、探しようが……」
ピタリ、と。
リコーの目の焦点が議長の瞳を捉えた。
「違います」
リコーの姿勢が、長椅子からスッと前傾する。
視線はなおも真っ直ぐに議長の顔面を貫き、一切の笑みが消え失せた。
「私が探しているのは、魔導が効かないほどの頑丈な戦士などではありません」
リコーは己の人差し指をピンと立て、議長の目の前でゆっくりと、静かに左右へ振ってみせた。
「『魔導が効かない戦士』を探しているのです」
「……そ、そうでしたね……」
(そのような人物が本当に存在するとしたら、ひたすらに『体が頑丈』だということだと思うのだが……違うのか……?)
リコーは前傾姿勢のまま、包帯に巻かれた指先で自身の唇をゆっくりと撫でた。
その双眸がスッと細められ、議長の顔を通り越して、はるか遠くの空へとピントを合わせる。
(議会国にはいない、か。やはり)
議長の反応を見る限り、情報網に引っかからないというよりは、そもそもこの国に存在していない可能性が高い。
リコーはゆっくりと背もたれに体重を戻し、首を傾けて天井を仰ぎ見た。視線を宙に泳がせながら、自らの内にあった当初の見立てを一段深く掘り下げていく。
やはり、『三人目』は、聖国にいるか。
手元にはすでに、『勇者』と、『僧侶』が揃っている。
あとは、魔導を一切寄せ付けない『戦士』と……。
リコーが思考の深い海へと没入しかけたその時、重厚な扉が開き、室内へ一人の男が足を踏み入れた。
眉間に深いシワを寄せ、少し気まずそうに首の後ろを掻きながら歩み寄ってきたのはムロヤだった。
「リコー、会議中にすまない。ちょっと聞きたいことがあるんだが……」
ムロヤの遠慮がちな声が響く。
その瞬間、リコーの虚ろだった瞳にサッと明確な光が戻った。彼は長椅子からバネのように軽やかに立ち上がると、スーツの皺を手のひらでパンパンと払い、議長に向かって一切の影がない満面の笑みを向けた。
「……わかりました。では議長、そういうことですので。聖国よりの召喚の件、承知しました」
あまりにもあっさりと死地への切符を受け取った男に、議長は椅子のうえでビクリと肩を跳ね上がらせ、信じられないものを見るように目を丸くした。
だが、リコーは議長の狼狽など気にも留めない。彼は議長に向けて人差し指をピンと立て、さも日常の些細な業務連絡でもするかのように首を傾げた。
「……改良魔拳銃の共同開発も、どうか契約書通りに。あ、魔力結晶の仕入れは、必ずファルディス君を通してあげてくださいね。ここまで我々を案内した、彼の功績ですから」
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議会国の演習場。分厚い石壁に囲まれたその場所は、この国において数少ない「魔導対応」の設備であった。
がらんとした広場の中央で、ムロヤは自身のポケットから青く光る小さな魔力結晶を取り出した。結晶を包み込む指先が、僅かに緊張で強張る。
「俺は自分の魔力が小さいから、発動のタイミングがいやにシビアでな。ちょっと手こずったが……」
呟くと同時に、ムロヤはグッと奥歯を噛み締め、集中させた魔力とともに掌の結晶を握り砕いた。
パキン、と乾いた音が響く。直後、ムロヤが前方に突き出した右手から、鋭利な氷塊が形成され、空気を切り裂いて放たれた。
ズドンッ!
遠くの的に命中した氷塊が弾け飛び、冷気の残滓と砕けた氷片が演習場に散らばる。その一連の滑らかな手捌きと威力は、何年も鍛錬を積んだ熟練の魔導士と何ら遜色のないものだった。
ムロヤはゆっくりと手を下ろすと、肩を上下させて息を整え、じっとこちらを見つめているリコーへと向き直った。その瞳には、隠しきれない懸念の色が滲んでいる。
「頭でっかちだった俺がようやく手にしたこの力で、色々とわかったことがある」
ムロヤは眉間にしわを寄せ、腕を組みながらリコーの顔を覗き込んだ。
「……リコー、御前試術のあと、明らかに体調を崩してるよな」
指摘されたリコーは、両手をオーバーに広げて大袈裟に首を横に振ってみせた。そのまま片手を胸元に当て、顔をすっと斜め上に向け、視線をそらす。
「いやいや、そんなことは……ムロヤが私に興味津々であるという告白を受けて、若干の頬の紅潮を感じている程度ですが」
「……時々おまえはびっくりするほど気持ち悪いな」
ムロヤは露骨に顔を歪め、不快そうに顎を引いて距離を取った。だが、すぐに引き締めた表情に戻ると、組んでいた腕を解き、自身の右腕をぽんぽんと叩いた。
「……そうではなくてだ。魔導を使ってわかった。魔導ってのは『投石』に似ている。でかい岩を投げようと思ったら、それなりの『腕力』がいる。『あんな巨石』を投げるとなれば、体にどんな負担を強いられるか想像を絶する。魔力結晶を5つ使おうが100個使おうが、投げる『腕』はお前のものだ。……あんな使い方は、もうやめとけ」
真剣な眼差しで畳みかけるムロヤに対し、リコーは困ったように首を傾げた。組んだ両手を腰の後ろに回すと、つま先で気怠げに地面を突く。
「うーん、いかにムロヤの頼みでも、そればっかりは……。実際、不調は何もありません。わたしの理論は完璧だった、それでいいではないですか」
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