第十三話「御前試術③」
全然まとまらない!
あと一話で第四幕は終わりです。
「ただし、一方で……」
リコーはこともあろうに、観客席の最前列に座る『議長』の眉間へ向けて、微塵の躊躇いもなく魔拳銃の引き金を引いた。
乾いた破裂音。
引き攣った悲鳴を上げようと、議長の脊髄が反応するよりも早く。
議長の眼前に、いつの間にか音もなく『一人の男』が立っていた。
目視不能の凶弾を、ただの小虫でも払うかのように軽々と弾き落とした男――スオスである。
背を向けて立つ彼の表情は、議長からは見えない。確かなことは、スオスがリコーから与えられた『観覧者の安全確保』という屈辱的な依頼を、神速の暴力をもって完璧に遂行したという事実だけだ。
凍りつく議場の中で、リコーは一人、愉快そうに笑い声を上げた。
「ほら、このように! この魔拳銃は、『魔導』に心得のある兵には、まあ、よっぽど間抜けでもない限り通用しません。基本的には、石や鉄の破片を飛ばすだけのおもちゃですからね」
(((そんなわけあるかッ!!!)))
ムロヤ、ファルディス、そして死にかけた議長。
それぞれの立場で魔拳銃の異常性を完全に理解している三人の魂の絶叫が、この瞬間、見事に一つになった。魔導士だから無条件に弾けるなんていうことは、絶対にない。それだけは断言できた。
しかし、リコーの放った軽薄な言葉は、魔法を実感として知らない『御前』の代議員たちの脳内へ、甘い毒酒となって静かに浸透していった。
(とんでもない道具だが……王国や帝国の魔導士、はたまた聖国の修道士とは、コレが通用しないほどの化け物揃いなのか……?)
(いや、確かに今、特使の連れが弾をあっさりと弾き落とすのを見た。上位の魔導士ならば、あのような芸当は簡単なことなのか……?)
無知ゆえの、致命的な誤解。
だが、その誤解を誰も声高に正さなければ、やがてそれがこの国における『真実』となる。
白砂の闘技盤の上で、バルカスは未だ一歩も動いていなかった。
観客席から見下ろす代議員たちの目には、未知の新兵器の威力を前に、大男が為す術もなく怖気づいているように映っただろう。
だが、その内側で歴戦の傭兵の脳髄は極限まで研ぎ澄まされていた。突如として崩壊した「対魔導士のセオリー」の破片を脳内で強引に繋ぎ合わせ、全く新しい戦略を練り上げていたのだ。
バルカスは黒鉄の大盾を構え直し、己の奥底に眠る力を引き出す。
『特殊技能』――【物質硬化】。
王国の騎士たちが操る『アルテ』が己の肉体そのものを強化する内的な力であるのに対し、『特殊技能』は、外部の物体に直接作用する技術である。
バルカスの意志を受け、手にした黒鉄の大盾が鈍く重い光を放ち、先ほどとは比較にならないほどの異常な硬度と質量を獲得した。
(……これでも、あの凶弾を防ぎきれる保証はどこにもない。だが……ッ!)
戦場の経験則が、バルカスに活路を告げる。
手練れの弓使いと不意の接近戦に陥った場合、生き残るための「距離の詰め方」には明確なコツがある。あの不可視の凶器を、『極めて射速が早く、威力の高いボウガン』だと無理やり定義する。
絶対条件は三つ。
射線に決して留まらないこと。
動きを読まれないこと。
その上で、確実に相手の懐へ近づくこと。
(――不規則な渦を巻くッ!)
バルカスの猛禽のような鋭い眼光が、盾の陰からリコーの立ち姿を射抜いていた。
(歩法、重心、体捌き……どれをとっても素人同然。こいつ自身には、武術の心得が欠片もない! あの武器、貫通力と速度こそ脅威だが、『使い手自身の練度』には、必ず付け入る隙があるッ!)
未知の兵器という絶望を前にしても決して折れない、戦士としての執念と経験。
重機関車のような巨体が、ドンッ、と議場全体を揺るがす地鳴りを発した。バルカスの巨体が、物質硬化によって超重量の質量兵器と化した大盾を先頭に、直線ではなくジグザグの、肉眼では捉えきれない蛇行の軌跡を描いて突撃を開始する。
「ーーーっと……ッ! なるほどっ! さすがはバルカス殿っ!」
不規則な軌道と凄まじい踏み込みで瞬く間に肉薄してくる巨漢を前に、リコーはわざとらしく感嘆の声を上げた。
両者の距離がみるみる縮まっていく。バルカスの構える大盾がリコーの顎を捉える、そのあと数歩という死地にあって。
その瞬間、リコーは序盤から仕掛けていた『液状化の罠』を起動させた。
しかし。
(普通の魔導なら、『魔力の起こり』で範囲は完全に読み切れるッ!)
バルカスの反応は神業だった。罠が発動し、足元の白砂が泥濘へと変わるその刹那、歴戦の勘と反射神経で完璧なサイドステップを踏み、紙一重の距離で沈み込みを回避する。
そのまま踏み込んで盾で殴り飛ばす――はずだった。
回避行動を終えたバルカスの視界で、リコーが、妖しく微笑んだ。
パキィンッ!
リコーが握り込んでいた『魔力結晶』が、その手の中で軽快な音を立てて砕け散る。
瞬間、発動済みだったはずの液状化の罠が、突如としてその面積を三倍近くにまで暴発的に膨れ上がらせた。
(なんッ!!?)
すでに地に足をつけていたバルカスの巨体が、大きく傾く。
魔法の常識――『一度発動した魔法の規模が後から変異することはない』というセオリーを根底から覆す不条理な現象。それにさしもの歴戦の将も対応しきれず、完全に足を取られて泥濘の中にドスリと膝をついた。
リコーはおどけた様子で悠然と。
体勢を崩したバルカスの眉間を狙って、黒い筒――魔拳銃の銃口の照準をピタリと合わせた。
「ドンッ!」
リコーは引き金を引かず、自らの口で破裂音を模して、ニッコリと笑った。
「……っと、このように。ご来場の皆様! ご覧いただけましたでしょうか!」
眼下の命のやり取りなど端から存在しなかったかのように、リコーは闘技場に響き渡る声で突如として演説を始めた。
「魔力結晶は、ただの回復薬にあらず! なんと、あらゆる魔導の威力を、範囲を、そして可能性を『一段階引き上げる』、極上の強化剤としての効能があるのですっ! 使い方はあなた次第! 可能性は無限大!」
リコーは商品の実演販売よろしく大仰な身振りを交え、身動きの取れないバルカスを完全に放置したまま、魔拳銃と魔力結晶を観客席へ向けてヒラヒラと揺らめかせる。
「いいですか皆様? これほど素晴らしい魔力結晶を、ただの魔道具のコアにしか使わないなど……金剛石で文鎮を作り、黄金で物干し竿を鋳込むような、実に嘆かわしくもったいないお話なのです!」
バルカスは屈辱に顔を歪ませていた。だが、その猛禽のような瞳の奥で、炎は消えていなかった。
(この試合中、一番こいつに接近できている事実に変わりはない……っ!)
思考と同時に、バルカスの腕の筋肉が跳ね上がった。
至近距離。相手は武術の素人。身動きの取れない泥濘の中、バルカスは手にした重厚な黒鉄の大盾を、あろうことか投擲武器としてリコーの顔面へ向けて『投げつけた』。
なりふり構わないそのやり様は、彼の生き様そのものか。
数多の戦場を生き抜いてきた元・傭兵団団長の本領。大盾が空気を切り裂き、必殺の質量となってリコーの頭部へ肉薄する。
((((届いたかっ――!?))))
ムロヤの、ファルディスの、議長の、そしてスオスの目が見開かれた。
誰もが「入った」と確信した、その刹那。
ガァンッ!!
リコーの足元から突如として分厚い岩の壁が穿ち立ち、迫る大盾を軽々と天上へ弾き飛ばした。それは、事前に仕込まれていた、魔力結晶による防御の発動。『奥歯に仕込んだ魔力結晶』が砕かれたと同時に放った波長によって、『手袋に仕込んだ魔力結晶』が反応。発動した魔導は、小規模な初級地形魔導『離障門』。そしてそれを『手袋に仕込んだもうひとつの魔力結晶』で増幅したもの。リコーが生み出した、『絶対防御』の仕込みであった。
(……くそッ!)
だが、バルカスは最初からその攻撃すら『囮』に組み込んでいた。
超重量の大盾を投げつけた強烈な反動を利用し、自身の体を泥濘の開口部から外側へとなぎ倒すように勢いよく弾き出す。力任せに罠の範囲を脱出し、白砂の上へと転がり出た。
バルカスの手には、まだ骨を粉砕するための重厚な両手剣が残っている。姿勢を崩しながらも、その瞳は次の殺意でリコーを捉えていた。
「おっとっと。今のは危なかったですねぇ」
リコーは弾き飛んだ大盾が地面に叩きつけられる重音を背に、おどけたように肩をすくめた。
そして――ゆっくりと振り返ったその瞳から、一切の光が消え失せた。
まるで新月の闇のように、深く、暗く、底知れず澱んだ眼孔。
「……それでは最後に。この『魔力結晶』が秘める、本当の最後の可能性をご紹介いたしましょうか」
闘技場の温度が、一瞬で数度下がったかのような凄絶な圧力が溢れ出し始めていた。
「魔力結晶の真の可能性! それはずばり、『魔導発動に際し複数個を同時使用することで、その効果範囲と威力が飛躍的、いや暴力的に向上する』という特性に尽きます!」
リコーは両手を広げ、狂気に満ちた笑みを闘技場中に振りまいた。
「風圧魔導では飛距離が、地形魔導では効果範囲と強度が跳ね上がる! そして……今私が防壁に使ったように、あるいはこの魔拳銃の機構のように、『魔力結晶の発動そのものに、さらに別の魔力結晶を作用させる』という、いわば魔導の『連鎖』的使用が、この世界に何をもたらすのか!」
絶叫にも似た演説。本来なら最大の隙となるはずのその時間、バルカスは――一歩も動けなかった。
攻撃に出られないのだ。
リコーの周囲で目に見えて渦巻き始めた、異常な魔力の奔流に気圧されたからではない。あの奇妙な男の全身から、文字通り『濃厚な死の気配』がむせ返るほどに立ち昇っていたからだ。
(今、攻めれば――間違いなく俺は死ぬッ!)
歴戦の傭兵として死線を潜り抜けてきた生存本能が、全身の細胞に向かって「その領域に踏み込むな」との警鐘を鳴らし、バルカスの巨体をその場に縫い留めていた。
「魔力結晶の性質、我が最後の研究成果。とくとご覧に入れましょう」
リコーの声から突如として熱狂が消え落ち、冷酷な絶対者の響きへと変わる。
「これよりお見せするは、魔導の深淵。真の到達者のみに許された、神の御業の模倣。……さあ、本邦初公開です。一切の手加減はなしだ」
そして、リコーは背後の観客席に向かって、嬉々とした声で言い放った。
「スオス! 皆様方の護衛、きっちり頼みましたよ!」
直後。リコーの唇が動き、重低音の『詠唱』が闘技場の空気をビビリと震わせ始めた。
――それは、帝国において戦闘力なしとされる『中級魔導士』という階級においては、決して口にすることすら許されない、人という器の限界点である大魔導の詠唱であった。
本編にさり気なく入れたかったけど出来なかったしもう出なさそうな設定なのでここに書くしかない蛇足)魔力結晶は、「トリガー」と「発動する効果」が別々に設定できます。「○○したら、××する」という感じです。でもすごく小規模で、複雑な事は無理です(単体では)。何も設定せずに発動(破壊)すると、周囲に「純粋な魔力」を放ちます。これに回復効果があったということです。




