第十二話「御前試術②」
(な、なんだそれは……ッ!? なんだコレは……ッ!!)
バルカスは奥歯が噛み砕けるほどの力で歯を食いしばり、衣服の下に秘かに仕込んでいた奥の手、貴重な『治癒の魔道具』を発動させた。
じちじちと肉が焼き焦げるような妙な熱気と共に、肩と太ももの穿たれた傷口が本来の形を思い出したかのように塞がっていく。出血は止まり、なんとか崩れかけた体勢を立て直したものの、一生モノの生命線であった高価な消耗型魔道具を、こんな「見世物」の場で使わされた屈辱に血涙が滲む。
だが、バルカスは歴戦の将だ。湧き上がる怒りと狼狽を力ずくでねじ伏せ、頭の中で情報を必死に精査・整理した。
(魔導ではない……ッ! 詠唱も、陣も、魔力の揺らぎすら一切なかった!)
長年、対魔導士の戦闘で培ってきた直感と経験が、目の前の現象を「魔導ではない」と否定する。
しかし――
(……肉体を穿つその性質と穿孔力は、圧縮された『地形魔導』のそれに酷似している。 ……だが、その迅さは尋常ではないッ!目視不能なほどだと……ッ!?)
矢でも、投げナイフでもない。魔導士が数秒の詠唱を経て放つ無数の弾丸でもない。
ただの金属の筒をこちらに向けた次の瞬間には、すでに肉体が穿たれているのだ。
バルカスの背筋を、冷たい汗が急速に伝い落ちていく。
魔導士の強みとは、広範囲の破壊力と多様性だ。だが弱点は、発動までに必ず生じる「詠唱と魔力集積の隙」にある。バルカスのような熟練の戦士は、その隙を突いて距離を詰め、首を刈ることで勝ち抜いてきた。
だが、もしも。
詠唱も隙もなく、魔力を感じ取ることすらできず、指一本の動作だけで「地形魔導に匹敵する目視不能の弾丸」が飛んでくるとしたら――?
(……バカな。そんなもの、聞いたことがない!実用化されれば、これまでの戦術が、すべてが過去の遺物に変わってしまう危険性すらあるぞ……!?)
目の前で見せつけるように「魔拳銃」を掲げる帝国の男が、バルカスにはもはや、世界の均衡を壊しにきた悪魔そのものに見え始めていた。
(……いや待て。思考を止めるな。奴をよく見ろ。あいつが人間である以上、完璧など存在しない…ッ!)
どれほど理不尽な兵器だろうと、扱っているのは貧弱な中級魔導士の肉体だ。これ以上の横暴を許せば、我が国どころか世界が帝国に呑まれる。バルカスは激痛の消えた脚に力を込め、大盾の裏でギラリと肉食獣の目を光らせた。
(……やつの道具から、かすかに魔力の残滓が……?)
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議長の瞳が、限界まで見開かれた。
(何が……起きた……!?)
脳内のあらゆる知識と文献を激しく検索・参照する。――該当する結果は、一件。
(完成したというのか!?させたというのか?!帝国が!莫迦なッ!!)
議会国が誇る魔道具の概念に、あのような瞬間的な殺傷能力など存在し得ない。存在してはならないはずだった。魔道具とは本来、生活を豊かにし、鉄を削り、暗闇を照らすための「技術の延長」でしかなかったのだから。…そのはずだった。
(『大砲の小型化』…!まさか、我が国でさえ、いまだ概念しか提言されていない代物を、今日この場で、実用化した実物を見せつけられた、だと?!聖国が、黙っていないぞ!!)
議長の額から、冷や汗が一筋、頬を伝って垂れ落ちた。
議会国のさらに南に聳え立つ『聖国』。膨大な信徒を抱える巨大な神権政治国家は、魔道具という存在を「神の秩序を乱し、人を不遜へと堕落させる異端の道具」として厳しく弾圧している。
あの男の手にある凶器は、もし公になれば確実に聖国の逆鱗に触れ、宗教的断罪の口実にされる。
だが――その破滅的なリスクの裏側に。
(……ほしい……ッ!!)
商人として長年培ってきた貪欲な本能が、激しく警鐘を散らし、同時に狂喜の叫びを上げていた。
あの小さく不気味な黒い筒が秘める、黄金に勝る絶大な価値。これを目の前にして、指をくわえて見逃すことなど、根っからの商人である彼にできるはずもなかった。
(変わる……世界の勢力図が、一瞬でひっくり返るぞ! 北の王国も、南の聖国も、そして帝国にすら手が届く……! 我が国がこれを発展・独占し、うまく立ち回りさえすれば……面倒な敵も、目の上のコブも、すべてが綺麗に片付く……!)
あまりの巨大な利権と力への恐怖、そしてそれを上回る底なしの強欲。
議長はすでに、蜘蛛の巣に絡め取られていた。
……誰が仕掛けた術中であるかなど、いまさら言葉にするまでもなかった。
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ムロヤは、かつてリコーと同じ学び舎で高度な魔導学を修めた卒業生の一人である。であるからして、リコーという男のこの方向における凄まじさ――すなわち「研究者」や「技術者」としての異常な才能を嫌というほど知っていた。だが、今日この瞬間ほど、心底からの驚愕を覚えたことはなかった。
(あいつ……ッ! ついにやりやがった!)
観客席の片隅で、ムロヤは震える手で柵を強く握りしめた。
あれは、魔力結晶が『魔導の発動そのもの』に対して直接作用する、リン平原でみせた最新の研究技術だ。
(おそらく、あの黒い筒と中身の弾丸は、鉄で作られた事前に用意した道具だ! 弾の後ろに魔力結晶を仕込んで極小空間で『風圧魔導』を発動させ、その生み出された風圧を、砲身に仕組んだ『さらに別の魔力結晶』で爆発的に二段加速させたんだ……!『風圧魔導の発動に合わせて魔力結晶を消費すると飛距離が飛躍的に伸びる』、あれを、ここまで独自に発展させるなんてッ!)
まさに、物理的な道具と魔導の融合が至った「究極」である。
口で言うのは単純だ。しかし、それをあの掌サイズの筒の中で暴発させずに制御し、実戦に耐えうる形として実体化させるには、これまでの魔導の常識を根底から覆すとんでもない技術的飛躍が10個は必要なはずだ。
ムロヤは恐怖した。しかしその恐怖は、議長やバルカスのような魔導の素人が抱く「得体の知れない現象への本能的な恐怖」とは違う。専門的な魔導の知識と理論の土台があるからこそ、ムロヤの脳内におけるリコーの異常性への『驚愕の解像度』は、この闘技場の誰よりも高く、そして鮮明であった。
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ファルディスもまた、来賓席で完全に絶句し、凍りついていた。
(魔力結晶の新しい可能性……? 冗談ではない、そんな……そんな生ぬるい程度の話ではないぞ、これはっ!)
背筋を冷たい汗が一気に駆け抜けていく。
いったい自分は、帝国からナニを、どれほど恐ろしい『怪物』をこの国に引き連れてきてしまったというのか。
(この男の狂気とは……ッ! 奇抜な見た目も、狂人じみた言動も……ッ! 全て、この本質を隠し通すための巨大なブラフだったとでも言うのかっ!?)
あの砦で、この男を通商連合の利権のために連れてきた、己の判断。
「あれは正しかったのだ」と、それが商人としての最善の選択だったのだと、誰か、頼むから保障してくれと、ファルディスは心の底から叫びたかった。
(これほど世界の均衡を破壊する技術を隠し持っておいて、何が『ただのペテン師』だっ! 何が『下準備は丁寧に』だっ……!)
騙された。
偽物をつかまされたのではない。「都合の良い、少し特殊なハッタリ屋」だと思い込んでいた男が、世界の勢力図を一瞬でひっくり返す悪魔的な兵器をその懐に忍ばせていたのだから。
ファルディスにとって、まさにリコーはこの瞬間、紛うことなき世界一の『詐欺師』であった。
――そして。
観客席の四者四様の戦慄と強欲を、その底なしの暗い瞳で冷徹に観察しながら。リコーは、じっとりと殺気を放つバルカスへとふたたび向き直り、その薄い唇をさらに三日月型に吊り上げた。
「さて、たしか、バルカス殿でしたでしょうか。心の準備はできましたか?第二場と参りましょう!」
視点がころころ変わってすいません。
修正)ファルディスがいる場所を来賓席に修正。
後書きを修正。(場面→視点)




