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第十一話「御前試術①」

「嘘だっ! 全部、ハッタリに決まって……ッ!」

「本当だったら……どうします?」


リコーの極めて冷静な、温度のない一言が、スオスの悲鳴のような反論を根元から切断した。

スオスはそれ以上、何もできなかった。ただ、眼球が割れんばかりに見開き、殺気だけで相手を肉片にできるほど睨みつけることしかできなかった。


「さて、『依頼』です」


断られることなど絶対にない。

そんな確信めいた響きがあった。深夜の荒野に、リコーのよく通る張りのある声が響く。


「今度の御前試術、少々『暴れ』ます。議会国は魔導士の広域攻撃に対して、ほぼ無力です。ですから――観覧する皆々様の安全確保を、お願いします。お優しい勇者様なら、言われずとも動いてくださる所でしょうが。ちゃんと護衛対象からの『依頼』という形の方が、ほら、なにかとスッキリするでしょう?」


スオスは、己の奥歯が砕け散るほどの力で歯を食いしばった。

口の中に、生温かい血と鉄の味が広がる。


安全確保? お優しい勇者?

すべてが皮肉だ。徹底的な見下しであり、首輪を繋いだ犬の調教に似ている。

『お前はもう私に逆らえないないのだから、私の都合のために働け』。

あの笑顔は、明確にそう告げているのだ。

スオスにとって、有象無象の観客の命などどうでもいい。だが、この男がカーラーを救う唯一である以上。この男を、全力を尽くして守らなければならないのだ。


(ああ……)

スオスは自身の内側で、何かが折れる音を聞いた。


スオスは、ゆっくりと、小刻みに震える手で、手放したくなかった剣を鞘へと導いた。

チャキ……。

暗い荒野に空しく響いたその金属音は、王国最強の勇者が、ペテン師(リコー)に屈服した『服従の合図』だったのだろうか。


「……あぁ。分かったよ。……やってやる」

血の滲む唇の隙間から、呪詛のように言葉を絞り出す。


「素晴らしい! やはり勇者様は頼りになりますねえ!」


リコーは心底嬉しそうに手を叩き、満面の笑みで暗い荒野にその無邪気な狂気を響かせた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ヴィルガ議場の中央。

平時は演説台が置かれるその場所は、今日に限っては円形の『闘技場』として設営されていた。

すり鉢状の観客席には、五十七名の代議員たち。そして来賓席には、能面のような笑みを浮かべるファルディスと、表情の見えないスオスの姿がある。その隣、議場全体がもっともよく見渡せる席に座るは、満面の笑みの議長。

「さあ、御前試術の始まりだ!通商連合の調印に合わせて、これほど華々しい『余興』の手伝いができるとは、我が国としても感謝の念に堪えない。帝国特務たるリコー殿が、我が国の誇る兵(つわもの)を前に、どのような魔導を披露してくださるのか……実に、実に楽しみだ!」


重厚な鉄の扉が開き、闘技場にバルカスが足を踏み入れた。

身の丈ほどもある巨大な両手剣を肩に担ぎ、歴戦の傭兵特有の「殺気」を無造作に撒き散らす。その堂々たる体躯と威圧感に、観客席の代議員たちからどよめきと期待の声が上がった。


一方、反対側の扉から現れたのは、リコーだった。

いつもの仕立ての良い軍服姿ではあるが、杖どころか魔導士のローブすら羽織っていない。表情は議長に負けず劣らず、まさに満面の笑みといったところで、足取りはまるで休日の散歩のように軽い。


(……なんだ、こいつは)


バルカスは両手剣をゆっくりと下段に構えながら、油断なく相手を観察した。

隙だらけだ。歩法も、重心も、呼吸すらも、素人そのもの。

だが、歴戦の傭兵であるバルカスの『嗅覚』が、ビリビリと警鐘を鳴らしていた。


見た目は弱い。圧倒的に弱い。

なのになぜ、こいつからは『弱者の匂い』が全く感じられないのだ。


「やあやあ! 本日はお日柄もよく!」

リコーは闘技場の中央で立ち止まり、見下ろす代議員たちに向かって、芝居がかった動作で深々と一礼をした。


「帝国の特使、リコーと申します! 皆様のご期待に添えるような余興をお見せできるか分かりませんが……ええ、精一杯、努めさせていただきますとも!」


リコーが顔を上げ、バルカスを真っ直ぐに捉えた。

底なしの沼のような、真っ暗な瞳。


(……チッ。どこがただの三流なんだよ、議長!)

バルカスは奥歯を噛み締め、両手剣の柄を握る手にぐっと力を込めた。


――御前試術の開始を告げる、重厚な銅鑼の音が議場に響き渡った。


議会国を代表する代議員たちが見下ろす闘技場。それは単なる観覧などではない。それぞれのドス黒い思惑の中、相手の内臓の皺の数を数えるかのようなねっとりとした値踏みの視線が交錯する中、白砂の闘技盤にてリコーとバルカスは対峙していた。


開始の合図が響く。

だが、バルカスは動かなかった。大盾を構えたまま、巨岩のように静止している。


すぐに突っ込んでくると思われた対戦相手の静かな佇まいに、リコーは「おや」と内心で警戒を一段階引き上げた。

(なるほど。魔導士との闘いに、心得があるようですね)

リコーが仕掛けていた最初の罠は不発に終わった。彼が足元に密かに準備していた局所的な『大地の液状化』は、相手が不用意に射程へ踏み込んでこなければ成立しない。


一方のバルカスは、盾の陰からリコーの手の動き、そして口の動きのみに極限まで集中していた。

魔導士の初動を見極めるためだ。魔導の起こりには、必ず『魔力の揺らぎ』が生じる。詠唱の癖、指先の震え。それさえ見極めて対処すれば、たった一人の魔導士など敵ではない。バルカスは自身の全神経を、魔力の揺らぎのみに研ぎ澄ませていた。


だからこそ。

リコーが懐から無造作に取り出した『なにか黒い筒のようなもの』をこちらに向けていても、バルカスはそれを下劣な詐術の類、ただのブラフだと断じてしまった。その筒からは、警戒すべき魔力の揺らぎが一切感じ取れなかったからだ。


突如――バルカスの右肩に、鋭い痛みが走った。


「……ッ!?」

血が弾け飛ぶ。バルカスは咄嗟にバックステップを踏み、距離を取った。

詠唱はなかった。魔法陣の光もなかった。だが、正体不明の攻撃を確実に受けた。


「?!」

今度は左太ももを、見えない衝撃が貫いた。膝がカクンと折れ曲がる。

(なんだ!? 今、何をした!?何をされた?!)

歴戦の傭兵であるバルカスの脳髄で、理解がまったく追いつかない。


その戸惑いを嘲笑うかのように。


「おや? やはり魔導に対する対策は、全くなされていないようですねぇ」

リコーの芝居がかった声が、すり鉢状の闘技場全体に実によく響き渡った。


「ご来場の皆様! これこそが、魔力結晶の新たな可能性! 我々が提案する新しい魔道具の形です!」


リコーは、銃口から微かに硝煙のようなものを燻らせる『黒い筒』を天高く掲げ、演劇の主役のように歓喜の声を上げる。


「その名も『攻性魔具』! 手に持つこちらの品はまだ仮称ですが……そうですね、『魔拳銃』とでもお呼びいただきましょうか!」


リコーの声が響くなか、観客席の代議員たちは、そして満面の笑みを浮かべていたはずの議長は、幽霊でも見たかのように青ざめ、静まり返っていた。


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