第九話「値踏み」
「御前試術?」
宿の一室で、ムロヤが素頓狂な声を上げた。
「はい。議会国の議長より、帝国特務たるリコー殿へ直接の提案がありました。『通商連合と帝国との魔力結晶の契約調印に花を添えるため、是非とも協力していただきたい』とのことです」
「で、具体的には何をするの?」
スオスが退屈そうに尋ねる。
「代議員たちの前で行われる、模範試合のようなものです。……ご存じの通り、議会国には魔導士がほとんど存在しません。そのため、魔導士が実際に魔力結晶をどう実戦や実用に用いるのかを見せてほしいと。もちろん、回復薬としての効能は知れ渡っていますが、我が国ではもっぱら魔道具のコアとして消費するばかりですので」
「さすがの議会国も、便利な魔導の誘惑には抗えなかったってわけか」
ムロヤが知ったかぶりのように頷く。
「とにかく、リコー殿に実用的な魔力結晶の使い方を『御前』で披露してほしい、ということです。……表向きは、ですが」
ファルディスの言葉を引き継ぐように、リコーが楽しげに笑う。
「本来の目的は、私に大恥をかかせること。さらには通商連合を差し置いて、『議会国』として帝国と直接の取引を取り付けることでしょうか。私の底が知れれば、通商連合の契約などいかようにも骨抜きにできますからね」
「ちょ、ちょっと待て! 全然分からんぞ!? なんだそりゃ?!」
政治と商売の裏の裏を急に読まされ、ムロヤがパニックに陥る。
ファルディスは、あからさまに「面倒だな」という顔をした。
最近の彼は、この異常者揃いの面子に対して、商人の基本である『完璧な愛想笑い』を顔に貼り付ける作業をサボり始めていた。どうせこの男たちには通じない、もしくは意味がないと悟ったからだ。
ファルディスは、やれやれと深い溜め息を吐き出して解説を始める。
「……議長は、リコー殿が本当は魔力脈災害など引き起こしていない、戦闘能力の乏しい『ただのペテン師』だと見抜いて……あ、いや、思い込んでいます。リコー殿は『中級魔導士』とのことですから、帝国内における純粋な実力としては、文字通り『中級』に過ぎないのでしょう」
「ええ、その通りですとも」
「議会国にとって、リコー殿の魔導がチンケであればあるほど、特使を『下』に見ることができます。『やはり魔力結晶など、ただのおもちゃの核に過ぎない』と難癖をつけて全体の格を下げ、同時に特使を無能扱いすることで、議会国との『直接契約』を安値で叩き出しやすくなる。そうすれば、私が通商連合として苦労して持ち帰った成果は、ほとんど無意味になります」
ファルディスは忌々しげに言葉を続ける。
「わたしを通してしか手に入らないはずの魔力結晶が、わたしを通さずとも手に入るようになるのですから当然です。……もっとも、物理的なルート自体は私のものですから、私の利益が完全にゼロになるわけではありません。しかし、私の面目を丸潰れにし、議会国として美味しいところだけを掠め取る策としては十分です」
「生かさず殺さず。まさに商人のモットーですねえ」
リコーが手を叩いて称賛する。
「笑い事ではありませんよ。この『御前試術』、打診を受け取った時点で、受けるも断るも死路です。断れば特使としての箔は地に落ちる。……リコー殿がたったお一人で、代議員たちの鼻を明かすほど『本当に実力を示す』しか、もはや道はありません」
ファルディスが冷酷な現実を突きつけるが、リコーはまるで遠足を楽しみにする子供のように、ひたすらに嬉しそうに微笑んでいた。
そして――その狂人の横顔を、スオスが瞬き一つせずに、じっと静かに見つめている。
勇者の瞳の奥で、暗く冷たい炎が静かに揺らめいていた。
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ヴィルガ議場の一角、控室。
柔和な笑みを浮かべる議長の前に、一人の大柄な男が立っていた。
首都防衛・特務隊長、バルカス。
かつて議会国周辺の荒野で勇名を馳せた『黒鉄傭兵団』の元団長である。仕立ての良い特務隊長の軍服を窮屈そうに着崩し、その上から無数の傷が刻まれた傭兵時代の無骨な鋼の胸当てを身につけたその姿は、この洗練された政治の場においてひどく浮いていた。
「急な呼び出しで済まないね、バルカス隊長」
「……お抱えの身です。ご命令とあらば、議長閣下。して、仕事の内容は」
「帝国の特使サマに、我が国の『流儀』を少しばかり教えてあげてほしい。いや、違うな……」
議長は値踏みするように目を細め、残酷な本音をこぼした。
「代議員たちの前で、あの男が『底の浅い三流魔導士』に過ぎないことを証明してほしいんだ。適当に痛めつけて、這いつくばらせて。命乞いでもさせれば、これ以上のことはない。手足の一本くらいなら飛んでも構わないよ。殺しさえしなければね」
政治的な見世物。バルカスは内心で深々と舌打ちをした。
自らの命をチップに死線を潜り抜けてきた傭兵としての誇りが、このような安全圏からの嬲り殺しを「退屈な茶番だ」と吐き捨てている。だが、彼にはかつての部下たち――今は特務隊として正規兵の身分を与えられた仲間たちの生活を守る義務があった。
「……承知しました。ですが、議長。相手は腐っても帝国の魔導士です。手心を加えられるほど、安全な相手ではありませんよ」
「ははっ、君らしくもない! 調査によれば、あの男の魔力は中級程度、戦闘能力など皆無に等しいらしいじゃないか」
「だからこそです。底辺の魔導士だろうが、『魔導』は、たった一発で盤面をひっくり返す理不尽を持っています。過去の戦場で、それを侮ってただの血袋の塊になった馬鹿を何十人も見てきました。……戦闘に関連する一切は俺の意見を優先する、そういう約束だったはず。相手が誰であろうと魔導士である以上、確実に潰すため、開幕から本気でいきます。手加減に失敗して『死体』になっても、責任は負いかねますよ」
バルカスの鋭い眼光に、議長は一瞬だけじっと目を細め、やがて満足げに頷いた。
「……ああ、そうだったね。では、君のやり方に任せるよ。期待している」
バルカスは無言で一礼し、窮屈な軍服を軋ませて部屋を去った。バタン、と重い扉が閉まった後も、控室には傭兵上がりの男が放った鉄錆と血の匂いが、かすかに残っているようだった。




