第七話「侮り」
議会国の首都、フェルガルド。
鉄と石で構築されたこの都市の威容は、圧巻の一言に尽きる。
見上げるほど巨大な建造物は、王族が住まう城ではない。神話のごとく天を突いて聳える塔も、決して神の御業などではなく、人の知識と鉄の剛さの果てしない積み重ねによってそこに在るものだ。
この地には豊かな魔力脈が存在せず、魔導士が極めて生まれにくい。世界において致命的とも言えるその最大のハンデを背負いながら、この国は「資本」と「科学」を武器に強引なまでの発展を遂げてきた。
冷たく無骨でありながらも、確かな熱量を放つフェルガルドの街並み。それは、強者のルールに抗うこの国の「生き様」と「覚悟」が、そのまま都市の景観として顕現したかのようであった。
その中心に位置する巨大な円形施設、『ヴィルガ』。
そこは、議会国の最高意思決定機関である「議会」の議場である。
すり鉢状に配置された席には、五十七名の『代議員』たちが座し、此度入国を果たした「帝国の特使」について盛んな議論を交わしていた。
「しかし、ファルディス君にも少々困ったものです。彼は商売の強引な流儀を、国の政治にまで持ち込みすぎる」
とある有力な商会を背負って立つ代議員が、忌々しげに発言する。
「そもそも、我々に『魔力結晶』なる不確定なエネルギーが本当に必要なのか?」
鉄鋼ギルドを代表する男が腕を組み、鼻を鳴らした。
「我が国の技術力があれば、魔導などというオカルトに頼らずとも――」
「それは、すでに議会で結論が出た話を今さら蒸し返すおつもりか? 頭が鉄でできているからといって、思考まで硬直させては困る」
魔道具ギルドの代議員が即座に反発し、議場に険悪な空気が漂い始めた、その時だった。
「まあまあ」
議長席に座る男が、パン、と軽く手を叩いた。
決して大きな音ではない。だが、乾いたその一音だけで、五十七名の代議員たちが一斉に口を閉ざすほどの、絶対的な支配力がそこにはあった。
「ファルディス君には、通商連合の代理という立場もある。貪欲に成果を求め、手段を選ばず利益を掠め取ろうとする姿勢……大いに結構! まさに我が国の流儀だ」
議長は、柔和な顔にニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべて頷いた。
「ただ、一つ気になるのは……」
ふと、議長の目が薄く開かれた。
笑みの形はそのままに、瞳の奥から一切の温度が消え去る。
「その……『リコー』とかいったかな? その男。アレ、うちの身内に随分と恥をかかせてくれたんだって?」
国境の関所において、ギット商会の大手代が惨めな逃走を強いられた一件。議長は、それを単なる小競り合いではなく『議会国に対する、明確な侮り』として捉えていた。
「いかん、いかんよ。それは」
議長は、顔の前でひらひらと手を振る。
「ファルディス君の成果には悪いけれど、リコーなる帝国人は少々『やりすぎた』。……やられっぱなしでヘラヘラしているのは、我々の流儀じゃない」
議長は首を傾げ、議場の全員を見回して、ぽつりと落とした。
「……でしょ?」
その、あまりにも軽い、しかし明確な「報復」の示唆。
リコーというイレギュラーに対する排除の意思表示に対し、異を唱える者は誰もいなかった。
ただ、鉄の都市にふさわしい重苦しい沈黙だけが、冷徹な肯定として議場を満たし──それを以て、本日の議会は静かに閉会した。
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首都フェルガルドを目前にした国境近くの街。
石畳の路地に黒鉄の街灯が立ち並ぶその街の宿で、ファルディスは冷えた茶を口にし、静かに言葉を切り出した。
「リコー殿」
ファルディスが向かいに座る男を見つめる。その表情には、普段の完璧な笑顔の裏に、薄っすらと怯えの色が混じっていた。
「たった今、通商連合の議会国支部より緊急の連絡が入りました。……議会国は、あなたを明確に『敵』と見なしたようです」
「ほう!」
リコーは心底嬉しそうに声を弾ませ、膝を叩いた。
「今の議会の議長は、かなりの野心家であり、実力者です。おそらく、今回我々と『友誼を深めた』方々のうちのどなたかが、彼の身内だったのでしょう。通商連合も裏で手を回してはいますが、もともと当組織は議会国出身者で固められています。表向きは中立を装いつつも、実態は議会と『懇ろ』なのです」
「ふむふむ、なるほど」
「……リコー殿。正直に申し上げれば、私はあなたという人間がわからなくなりました」
ファルディスは目線を下げ、静かに首を振る。
「道中での立ち回り、国境での対応……結果だけみれば、悪くはありません。しかし、どれも短絡的で強引な綱渡りだ。『下準備は丁寧に』があなたのモットーだと伺っておりましたが、これではこの先が思いやられて…」
「ファルディス殿」
リコーは苦笑いを浮かべ、宥めるように手をひらひらと振った。
「まあ、まあ。……少しだけ、私の本音をお伝えしておきましょうか。おっしゃるとおり、結果だけ見れば、私としては大満足なのですよ。さっそく『大きな魚』が釣れたわけです。――権力者というものは、きっと『私の探し物』を探すにはうってつけの道具でしょうから」
「……つまり、わざとだと?」
「もう一度だけ、繰り返しますよ? 『結果だけ』見れば、どうですか?」
リコーは身を乗り出し、双眼を怪しく暗く光らせた。
「これ以上早く、議会国の中枢……あの権力者の視界に食い込める方法が、他にありましたでしょうか?」
リコーの薄笑いを睨みつけながら、ファルディスは思考を巡らせた。
――考えるまでもない。無理だ。
ファルディスが描いていた『最短ルート』は、どれだけ急いでも、まずは魔力結晶の安定した流通ルートを構築し、実績を作ってから議会と交渉することだった。さもなければ、あの誇り高き議会の連中が交渉の席に着くことなど絶対にない。
ーー目の前の、この男のように「自ら目障りな異物となって襲いかかる」ことで、手続きも実績もすべて焼き払い、一瞬で国家最高権力者の視線を自分に釘付けにでもしなければ。
「……一直線、というわけですか」
絞り出すようなファルディスの呟きに、リコーの口角が吊り上がる。
「しかし」
ファルディスはすぐさま冷徹な商人の顔に戻り、釘を刺した。
「それもこれも、次に議長が打ってくる手に完璧に対応できることが前提の話です。議会国という国家そのものが本気であなたを叩き潰しに来る……どう対応されるおつもりで?」
「原点に立ち返りましょう」
リコーは何でもないことのように、あっけらかんと言い放った。
「今回、私がこの国に来訪した建前は、通商連合との魔力結晶の取引のため。ならば、議会国のみなさんには、私などという『小物』への嫌がらせにかまけている時間などない……そう思わざるをえないほど、魔力結晶の有用さに夢中になっていただくまでです。『リコーという小物と顔を繋いでおいたほうが利益になる』という現実を、これでもかと眼前につけて差し上げましょう」
「……それでも。向こうが利益を捨て、感情やプライドで動いたら?」
ファルディスが問いかけると、リコーはおどけたように大きく目を丸くしてみせた。
「おや」
リコーの唇が、三日月のように歪に歪む。
「私は、あの方々が魂の底から『商人』であると、そう深く信じておりますので」




