第四話「思う壺」
「――というわけだ、勇者。『通商連合の護衛』として、あのリコーと同乗しろ」
直後、バキィッ! と硬牢な石畳が砕け散る音が響いた。
スオスが、ただ足を踏み込んだだけで。
「あはははっ! 参謀長サマ、面白い、本当に面白い冗談だよ……!! やっと呼び出しがかかってきてみれば……あいつが、この王都にいる……? ねえ、参謀長サマ。何を言ってるの? 言ってよ、今すぐ殺せって。一瞬で、首を刎ねてきてあげるからさ」
スオスは快活に笑いながら、息が詰まるほどの恐ろしい殺意を放った。
横に控える治癒士のカーラーが、恐怖のあまりガタガタと歯の根を鳴らして震えている。
「ああ、そうだ。その通りだ! 分かっている! 分かっているのだ!!」
不意に、リークライトが怒鳴った。
彼はいつもの凪いだ水面のような表情をかなぐり捨て、感情のままに叫んでいた。リークライトのそのような姿を初めて見たスオスは、思わず目を丸くする。
「いいか、スオス。王都では殺すな! 王都で殺せば、奴の思う壺なのだ!!」
血を吐くような叫びから一転、リークライトは地の底から響くような、悪魔の囁きに声を落とした。
「貴様にとって、復讐とはその程度なのか!? そんなものでいいのか!? 奴が自身の『死』すらも有効活用して笑う様を、指をくわえて見ていろと……? その程度が、憎悪であって、復讐であっていいものかッ!!! ……あの男は今、まんまと王国を出し抜いて、南の国へ向かうと有頂天になっている」
「…………」
スオスは笑みを消し、黙って聞いていた。
「いいか。全部だ。奴の全てを否定しろ。狭い馬車の中で、あの男と向かい合って座れ。いつでも殺せると、首を刎ねることに躊躇いはないと、態度で伝えろ。道中ずっと、生きた心地を奴から奪え。必死に命乞いをするか、姑息な罠を張るか……。それをすべて真正面から叩き潰し、奴が南の国で目的を果たそうとするその最高の瞬間に、絶望とともに殺せ。……そこまでやって、はじめて『復讐』の入り口だと知れ」
リークライトの執念に満ちた言葉に、スオスはしばらく天井を見上げ――やがて、弾けるように笑った。
「あっははははは! あーっはっはっは!!」
スオスは腹を抱え、狂気を含んだ朗らかな笑い声を上げる。
「分かったよ……おじいちゃん」
最悪の怪物が、最悪の密命を帯びた。
狂い笑う勇者の前で、リークライトは深く、強く拳を握りしめていた。
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通商連合の豪奢な馬車が出発の準備を整えていたその時。
ガチャリ、と無遠慮に馬車の扉が開かれた。
「やあやあ、お待たせ! 今日から君たちの護衛を任された、スオス・ハイムだよ! いちおう王国では『勇者』として名が通ってるんだ!あ、こっちの彼女はカーラーちゃんだよ!ちょっとだけ人見知りだけど、とってもいい子なんだ!よろしくね!」
快活で、朗らかで、雲一つない爽やかな笑顔。
だが、その少年が馬車に足を踏み入れた瞬間――車内の空気が、物理的に凍りついた。
「あ、あぁ……ッ……!?」
真っ先に反応したのはムロヤだった。
彼の顔面から一瞬で血の気が引き、カタカタと歯の根が鳴り始める。間違いない。あのコールウォー砦で、たった一人で帝国軍を蹂躙し尽くした王国の最強戦力。理不尽の化身たる推定『勇者』。なぜここにいるのか。ムロヤの胃袋が、ねじ切れるほどの痛みを主張し始めた。
そして、少年の背後に隠れるようにして乗り込んできた治癒士の少女・カーラーは、リコーの顔を認めるなり「ヒッ……」と喉の奥で悲鳴を漏らし、ガタガタと小動物のように震えだした。
(……ほう。護衛、ね)
ファルディスは、顔に貼り付けた不気味な作り笑いを一切崩さず、しかし内心では極めて冷ややかに目の前の少年を値踏みしていた。
(王国め、小賢しい真似を。通商連合の馬車という手出しできない密室に、最強の刃を善意で包んで押し込んできたというわけか。追い詰められた権力者の悪あがきは、いつの世も代わり映えがしないな。)
三者三様の戦慄と不信感が渦巻く中。
スオス・ハイムの視線は、初めからたった一人の男にしか向けられていなかった。
「……探したよ。ペテン師のお兄さん」
スオスの快活な笑顔に、ほんの数滴、純度百パーセントの殺意が混じる。
それだけで、馬車内の空気がさらに重くなり、ムロヤやカーラーは呼吸すら困難になった。
スオスは、リコーの正面の席にどっかりと腰を下ろした。
いつでも、ほんの瞬きをする間にでも、その首を刎ね飛ばせる距離。
スオスは直前のリークライトの言葉を反芻しながら、あえて手は出さず、狂おしいほどの執着と嗜虐心を込めてリコーを見つめた。
「道中、せいぜい楽しませてね? 期待外れだったら……その時は、ね?」
朗らかな声色とは裏腹に、その両眼は「今すぐここでお前を解体して遊びたい」と雄弁に語っていた。
常人ならば、その眼光だけで発狂しかねないほどのプレッシャー。
だが――殺意のど真ん中に曝されているはずのリコーは、少しも怯むことなく、むしろ心底嬉しそうにパンッ!と両手を叩いた。
「いやあ! これは素晴らしい! まさか王国の勇者殿が自ら護衛についてくださるとは!」
リコーは大仰に身を乗り出し、目を丸くして喜んでみせた。
「砦では少々『熱烈なスキンシップ』を交わしてしまいましたが! 昨日の敵は今日の友! これぞまさしく天の配剤! あの日の些細な過去は綺麗さっぱり水に流して、共にこの素晴らしい旅を満喫して参りましょう!」
あまりにも空々しく、狂気に満ちた芝居がかった歓迎の辞。
スオスは、ピクッと笑顔を引き攣らせた。
ファルディスは「この男、やはりただの詐欺師ではないな」と密かに警戒の度合いを引き上げた。
カーラーは両耳を塞いで目を回し。
ムロヤは、己の胃に今日だけで三つ目の穴が開く音を確かに聞いた。
それぞれの思惑を孕んだ豪奢な馬車が、静かに王都ロチェストを後にする。ガタゴトと石畳を揺らしながら、目指すは遥かなる議会国。逃げ場のない、鉄の密室の旅が幕を開けた。




