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第二話「欺瞞」

コールウォー砦の応接間。戦禍の臭いが色濃く残るその部屋で、四つの全く異なる思惑が交差していた。


通商連合の代理として足を踏み入れたファルディス・ヌールは、室内の力関係を値踏みした。

奥には、全身に凄絶な戦傷を負い、腕を組んで憮然と睨みつける巨漢の武将。本来ならば彼こそが、この砦の最高指揮官であろう。

その傍らには、この状況に一人ついていけず、不思議そうに瞬きをしている常識人らしき士官。


だが、彼らを差し置いて誰よりも真っ先に進み出てきたのは――顔の半分を真新しい包帯でグルグル巻きにした、正体不明の男だった。


「ようこそ! 議会国の方々! いやあ、残念ながら今は少々込み合っておりまして、十分なおもてなしができません! が! まずは、この数奇な出会いに感謝を!!」


包帯の男――リコーは、両手を大仰に広げ、心底愉快そうに高笑いしながら歓迎の辞を述べた。


(……なんだ、この男は)

ファルディスは、顔にはいつもの薄気味悪い作り笑いを貼り付けたまま、内心で鋭く目を細めた。

あまりにも芝居がかっていて、空々しい。まるで三流の詐欺師か道化師だ。

だが、奇妙なのは背後の猛将だ。本来の指揮官であるはずの彼が、この包帯男が勝手に交渉を仕切っていることに対し、深い溜息を吐きながら『すべてを諦めたような顔』で黙り込んでいるのである。


ファルディスの脳内で、一つの推論がカチリと噛み合った。

(なるほど?表の『手品』の絵を描き、王国の軍勢を盤面外から追い払った人物……このふざけた包帯男が、何らかの関わりがあるとみていいな)


ファルディスは表面上の笑みを一切崩さず、慇懃無礼に頭を下げた。

「……恐れ入ります。ですが、我々は議会国としてではなく、『通商連合』の代理ー承印官(しょういんかん)としてこちらに伺っております。我々の馬車に掲げられた連合の旗を、御覧にならなかったので?」


ピシャリと牽制するファルディスに対し、リコーはわざとらしく目を丸くした。


「おや! おやおや! 私としたことが、なんという失態をっ! あなた方の来訪があまりにも喜ばしく、すっかり盲目となっていたこの私を、どうか海容ください!」

大袈裟に胸に手を当てて天を仰ぐリコー。


(……やはり、根っからの詐欺(ペテン)師だ。まったく信用ならない)

ファルディスは内心で毒づいた。しかし、この男とならば「話」ができるとも感じた。少なくとも、軍人相手よりも話が通じやすそうだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……というわけです。この手品のタネを王国軍が知れば、彼らは恥を雪ぐために全軍で戻ってくるでしょうねえ」


ファルディスは、目を細めた不気味な笑みを浮かべた。

ムロヤは表情の変化を必死で抑えているが、驚愕を禁じ得ないでいた。

(リコーの策を、たった今来たやつが、見ただけで見破るだと!?こいつ、とんでもない切れ者だ)


「単刀直入に言いましょう。黙っていてほしければ、私に、今後の帝国の魔力結晶の独占取引権を頂きたい。……お互い、無駄な血は流したくないでしょう?」


ムロヤが冷や汗を流す中、顔面の半分を包帯で巻いたリコーが、ふはっ、と吹き出した。


「素晴らしい。いいでしょう!独占取引権、差し上げます。私がこの場でサインしましょうか?」


「……随分とあっさりしていますね。そもそも、あなたはそこまでの権限をお持ちなのでしょうか?」


「もちろん、権限は持っていますよ。ただ、条件が一つ。その正式な調印式は、あなたの国で行いたい。私を『帝国の特使』として、議会国へ連れて行っていただきたいのです」


ファルディスの細い目が、スッと開かれた。


(この男を、我が国へ……? 何のつもりだ。しかし……待てよ)


ファルディスの商人としての脳髄が、打算を弾き出す。


王国軍は、この男を「禁忌の兵器を操る悪魔」だと信じ込んでいる。


もし、この男が我が国に「特使」として迎え入れられたという事実を王国に知れば?


ただでさえ借金まみれの王国だ。我が国に手を出す余裕が、完全になくなる。一兵も動かさず、王国を完全に外交的な奴隷にできる最強の抑止になる。


中身がただのハッタリ野郎だと知っているのは、自分だけ。


(……この男、自分の虚像が我が国に売り込めるとわかった上で、交渉のテーブルに乗せやがったのか)


「……いいでしょう。我が国は、帝国特使どのの来訪を心より歓迎いたしますよ」


ファルディスが、今日一番の「笑み」を浮かべる。


リコーもまた、底知れない狂気を孕んだ笑みで応じた。


似て非なる二人。いや、水と油だろうか。しかして、互いの利害は完璧に、今のところ、一致した。密約は確かに今、交わされたのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ちょっと、議会国へ行ってきます」

というリコーのまるで近所へ散歩にでも出かけるような事後報告に対し、通信用魔道具の向こう側から返ってきたのは、当然の激怒だった。


「……タディーカ中級魔導士! 貴官の独断専行にも限度というものがあるぞッ! ……待て。参謀本部が直接、貴様にモノ申したいそうだ。通信を切らずに、このままで待機しろ」


直属の上官であるジグタイト将軍の怒号が響いた後、魔力通信の波長が切り替わる独特のノイズが鳴る。

間もなくして、魔道具から響いてきたのは、先ほどまでの熱を帯びた怒声とは対極にある、ひどく冷徹で静かな声だった。


「…タディーカ魔導士」

「おや、その声はキリアン参謀長閣下! これはこれは、ご無沙汰しております!」

「…職分を忘れた口の利き方は、慎みたまえ。タディーカ魔導士」


帝国参謀本部の中枢を担うキリアン参謀長の声には、一切の感情が交じっていなかった。


「……『例の件』の遂行において、貴官には超法規的な逸脱が許されている。だが、今回の独断が本当にその目的に適(かな)ったものであるか……貴殿自身の口から、明確な釈明を求める」

「なんと、相も変わらず恐ろしいお人だ! 釈明だなんてとんでもない! 私は閣下の、そして帝国の忠実な猟犬でありますれば! すべては極上の勝利をお手元に届けるため!やり遂げてみせますとも!」


リコーは通信相手に見えていないにもかかわらず、うやうやしく芝居がかったお辞儀をしてみせた。


「……ならば良い。いいでしょう。魔力結晶の利権など、我が帝国から見れば誤差にすぎません。その程度の譲歩で交渉が回るなら、くれてやればいい。しかし、我が国の名が安く買いたたかれるのも業腹(ごうはら)。必ずや相応の成果を持ち帰りなさい。……皇帝陛下に良いご報告ができることを、心より願っていますよ?」

「ええ、ええ。もちろんでございますとも。どうか良い報せをお待ちくださいませ」

プツン、と通信が途絶えた。



リコーの顔から笑みが完全に消え失せた。

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