最終話「正体」
「お、おいリコー! な、なんてことを……なんてことをしてくれたんだ!!」
目の前で繰り広げられる異状に、ムロヤは顔を蒼白にしてリコーの肩を掴んだ。
「これは『オルン』……と、もしかして『グーラ』かっ!? こ、こんな芸当が可能なのか!? い、いや、お前、コールウォー砦を…リン平原のど真ん中をこんな死地に変えて、一体何を考えているんだっ!!!」
詰め寄るムロヤに対し、リコーはくつくつと喉を鳴らした。
「くっくっく……。見てくださいムロヤ。王国軍が這う這うの体で逃げ帰っていきますよ。どうすることもできない、付き合ってられないと、苦労して運んできたあの大砲まで投げ捨てて。ああ、なんという光景。なんという寂寥感。まるで祭りが行き去った後のお片付けをしている気分です」
「な、なにを呑気なことを言っていやがる……!」
「くっくく、アーッハッハッハ!!」
高らかに笑い転げるリコーを見て、ムロヤは頭を抱え、絶望に口を閉ざすしかなかった。この男は本当に国を壊す気なのか、と。
しかし、腹を抱えて笑い終えたリコーは、涙を指で拭うと、拍子抜けするほど平然とした声で呟いた。
「……ただ、光っただけですよ」
「……は?」
「だから、魔力脈災害などではありません。あれはただ、魔力結晶が弾けてそう見えているだけです」
「……は?」
呆然とするムロヤに、リコーは楽しそうに首を傾げてみせた。
「『ネズミ』、覚えていますか? 以前、この砦に大繁殖した害獣です。彼らを駆除する際、あなたにお見せしたでしょう? 『結晶の連鎖破壊』です」
「……え? え?」
「大地の液状化も同様に、魔力結晶の仕込みによるものですよ。こう見えて私、大地系の魔導は得意でしてね。『結晶にひとつだけ付与できる魔導』の術式を液状化にしたわけです」
「……え? は? ……い、いや、でも……」
「ああ、仕込みが液状化なら、どうして時間差で地面を光らせたのか、ですね? 簡単です。『最初から結晶を2種類』埋めておいた。それだけのことですよ」
「ん? え? いや、だが魔力波長は……!」
「それも、あまり知られていない……というか、生成された結晶の魔力波長なんて誰も気にしませんから誰も知らないのでしょうが、あれ、調整できるんですよ。わりと簡単に」
「ちょ、調整……?」
「ええ。私が個人的に錬成した結晶と、軍の備品の結晶……専門用語で『励起』と言うのですが、まあ、手持ちの在庫を総動員して今回の仕込みを作り上げたというわけです。いやあ、開戦までに準備が間に合って本当に良かった」
「…………つ、つまり?」
「これは魔力脈災害に見せかけた、ただの『手品』です。王国の皆さんも、随分と楽しんでくれたようですねえ」
あまりの言葉に、ムロヤは今度こそ、完全に口を閉ざすしかなかった。
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大前提として、魔力結晶とは魔導士の魔力を補充するための「回復薬」に過ぎない。
魔力という純粋なエネルギーの結晶体であるがゆえか、微小な細菌を殺菌する作用があることは古くからの生活の知恵として世界中に知られていた。天然の鉱山から採掘されることもあれば、腕利きの魔導士が生成することもあり、人々の身の回りにはあふれかえっている。
近年では、今回の戦いでユロウリハが示したように、魔導の発動に合わせて砕くことで各種の補正効果を得られることが解明されつつあったが、それもごく一部の専門家における最新の領域に過ぎない。魔道具の動力を担うコアでもあったが、これ単体では攻撃性能など皆無に等しく、仮に爆弾に加工したところで大した威力は望めない。ゆえに、もっぱら通信や加熱調理といった生活用途に用いられてきた。
つまり、魔力結晶とはそれ単体では「殺菌効果のある便利な石」以上の価値を持たない、ただの消耗品だったのである。もちろん軍事物資としては欠かせず、特に「大粒」のものとなれば相応の高値で取引される。
今回の「液状化」にしてもそうだ。貴重な『大粒』の結晶を一つ丸ごと使い潰して、ようやくごく狭い範囲を、ごく短時間だけぬかるませる程度の効果しかない。
誰も、こんな無駄遣いは考えつかない。考えついたところで、絶対に実行には移さない。
どう計算しても、貴重な結晶は回復薬として直接兵に与えた方が遥かに有用であり、戦力として意味を成すからだ。
だが――今回は違った。
結果だけを見れば、帝国軍は「ただの回復薬」を撒き散らしただけで、王国軍一万の大軍を戦わずして敗走させたことになる。
戦場の常識、コスト感覚、軍事的な合理性。そのすべてを鼻で笑い、兵士の命綱である回復薬を単なる「手品の小道具」として使い捨てる。
これほどまでに悪意に満ち、歪み切った絵図を描ける男が誰であるのか――もはや、言うまでもないことであった。
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コスカはただ茫然と、先ほどまで自軍が展開していた平原を見つめていた。
所々が液状化し、今なお不吉な青白い光を噴き出している。
「……まさか、こんな……」
「帝国は、世界そのものを愚弄しているのか……」
「魔力脈災害を『兵器として制御』するなんて……」
逃げ延びた王国兵たちが、恐怖と絶望に染まった声で口々に囁く。
「……うろたえるな」
重苦しい空気を裂いたのは、ザンリードの低く力強い声だった。
「……バーナードではない。剣を交えてはっきりと分かった。奴は……いや、『彼』は、こんな陰湿な絵図を描く男ではない」
アラカイが振り向く。
「では、背後に別の参謀がいると……?」
「ああ。撤退の際、城壁の上で両手を広げて笑っている、魔導士らしき人影が見えた」
「すると、そいつが……」
「ああ。あいつが恐らく、参謀長のいっていたーーー」
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――ダァァァァンッッ!!
王国軍参謀本部。
その重厚な黒檀の机が、一人の老人の憤怒に満ちた拳によって真っ二つに叩き割られた。
「リ、コォォォ……ッッ!!」
参謀長リークライトの口から漏れ出たのは、およそ人間から発せられたとは思えない、呪詛のような獣の咆哮だった。
「り、リークライト様っ……議会国の…通商連合の代理の方が、平原の通過許可を求めて、おります……ッ」
「……分、かった」
報告に訪れた伝令兵は、全身をガタガタと震わせていた。地獄の底を這い回る悪鬼でさえ、今の参謀長よりはまだ愛らしい顔をしているだろうと、本気で思った。
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――一方、その黒幕たる男。
コールウォー砦の城壁の上で、リコーは一人、はるか遠く南の空を見つめていた。
彼の思考はすでに、眼下の勝利にも、無様に逃げ惑う王国軍にも向けられてはいない。
(大丈夫ですよ。本当の目的は、忘れていません――)
帝国には、いなかった。
王国には、恐らく『一人』。いや、『二人』いた。
ならば、残るあと『一人』は、どこにいるのか。
「王国のさらに南、でしょうかね……」
呟く。まず考えられるのは議会国。次に、聖国。
「最有力は……聖国、でしょうか……」
誰に聞かせるでもないリコーの声が、血と泥の匂いが残る砦の空へと静かに溶けていく。
「リコーッ!!」
不意に、背後から血相を変えたムロヤの怒声が響いた。
「リコー! お前、ちょっと来い! バーナード指揮官殿が……お前を呼んでいる! ……もう手が付けられねえ、殺される覚悟だけはしとけよッ!」
「やれやれ……」
リコーはわざとらしく肩をすくめ、深い溜息を吐いた。
「そのような些事に付き合っている暇は、今の私にはないのですがねえ……」
無数の命を弄び、一国の将を激怒させることすら、彼にとってはただの「些事」に過ぎない。
なぜなら、やり遂げねばならないからだ。
狂人と呼ばれようと、悪魔と罵られようと。この『計略』を完遂せねば。
この『人類』という種が、完全に滅び去ってしまう前に――。
第三幕 完
読んでいただき、ありがとうございます。
第四幕は、次の週末に投稿しますが、ちょっと忙しいので金曜日から開始して、毎日1話か2話ペースになると思います。それでは、また。




