↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/58

第八話「竜喉の惨事③」

煙が晴れた後、ユロウリハの手には淡く発光する魔力結晶が握られていた。

それを見た帝国の兵士が、目を見開いて思わず声を上げる。

「ユ、ユロウリハ様!? まさか、あなたほどの魔力がもう底を突いたと……!?」


「は? 何言ってんの」


ユロウリハがじろりと冷たい流し目を送ると、兵士はビクッと肩を震わせて押し黙った。


「おれさ、魔力が減ったときの、あの気だるい脱力感……めちゃくちゃ嫌いなの。いつでも全快でいないと、気分乗らないでしょ」

「は、はあ……っ」

「なに? もったいない、って言いたいわけ? いいじゃん別に。おれ、特級だよ?」


呆然とする兵士を尻目に、ユロウリハは魔力結晶を無造作に砕き、ふう、と心地よさそうに息を吐いた。


「……まあ、あの不気味な『特務』殿の結晶の使い方は、さすがのおれもドン引きするくらいヤバいとは思うけどさ。それに比べたら、純粋に自分の魔力回復のために使うくらい……可愛いもんでしょ…しかし、はあー……このままだらだらしたいような、したくないような。…そうだなー」


ユロウリハは欠伸交じりに、背後に控える帝国兵士たちへ伝達する。

「魔力結晶、攻性使用許可。……防御魔導解くよ。王国の阿保ずらが見えたら、魔力結晶と魔導の『新しい組み合わせ方』、教えてあげな」


一方、アラカイは未だ将としての冷静さを保っていた。

(幸い、距離は詰めていない。あのような規格外の防御結界、長くはもたん)

「まだ動くな! 奴らの射程に入るぞ!」

逸る部下たちを制し、結界が解ける瞬間を待つ。その時こそ、我が万雷万礫を真正面からくれてやる――そう算段を立てていた。


やがて、『海蝕宮』の青い水幕が弾けるように霧散した。

直後、帝国魔導士たちが一斉に手元の魔力結晶を砕き、杖を振り下ろす。

放たれたのは、中級風圧魔導『飆風穿(ひょうふうせん)』。


(愚かな。中級魔導の中では最長の射程を誇るとはいえ、この距離では絶対に届か――)


アラカイの思考は、鼻先を鋭く掠めた不可視の凶刃によって唐突に断ち切られた。


「――ッ!?」


異常事態。理解不能の異変。

最前列に立ち並んでいた王国兵たちの鎧が、見えない風の槍に次々と貫かれ、鮮血が舞い上がったのだ。


「なんだと!? 馬鹿な、届くはずがない!!」


驚愕を隠せず、アラカイが血相を変えて叫ぶ。

その凄惨な光景を遠くから眺めながら、ユロウリハは気怠そうに独り言ちた。


「風圧系の魔導の発動に合わせて、魔力結晶を使い捨てて干渉させると、距離が飛躍的に伸びる、かー。『特務』殿ともなると、えげつない『小細工』ご存じだねー」


彼は視線を彼方へと向け、クスクスと笑う。

「あっちの『上級』くんも、これくらい要領よくやればいいのに……」


そして再び、届くはずのない魔法に射抜かれ、混乱に陥る王国軍へと冷ややかな目を向けた。


「技術の進歩って、怖いよねー。『王国』くん」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


しかして。

『――数多の骨よ、数多の砂よ』

アラカイは。

『――狂い咲くは鉄(くろがね)のアネモネ』

即座に。

『――ハリエニシダの叫びと共に』

詠唱を開始していた。

『――一切を沈黙の棺へ埋葬せよ!』


特級地形魔導『冥牙連祷(めいがれんとう)』。


その瞬間、大地が波打った。凄まじい数の硬質な礫(つぶて)が、帝国軍へと襲い掛かる。空からではない。地面を水平に滑るように、すべてを削り取る死の土石流となって。


「ただ攻撃されるだけで終わると思うな! 攻撃に転じたこのタイミングなら、さしもの貴様も防げまい!」


迫り来る恐るべき質量兵器。その最前線で、ユロウリハは少しだけ目を丸くした。

「おっ?」

防御系特級魔導の解除直後の瞬間の攻撃。彼の脊髄が経験のみで魔導を紡いだ。


初級地形魔導『離障門(りしょうもん)』。


彼が咄嗟に発動させた魔導により、ユロウリハの目の前にだけ、分厚い土壁がせり上がる。


直後、凄惨な音が戦場に響き渡った。

「……あ」

ユロウリハの壁の横をすり抜けた無数の礫が、無防備な帝国兵たちを容赦なくミンチに変えていく。血飛沫と絶叫が吹き荒れる中、ユロウリハは壁の裏で頭をポリポリと掻いた。

「……あちゃー」


一方、王国軍陣営。強烈な礫の嵐の余波と、帝国軍が放った風刃の残滓が吹き荒れる中、アラカイは自軍の兵たちへ向けて不敵に笑いかけた。

「まさか、この程度でくたばらんよな、貴様らは!」

「応ッ!!」


最前列の重装歩兵たちが、一糸乱れぬ動きで巨大な盾を地に突き立てる。

アラカイの兵士でいるということは、彼の魔導に多少巻き込まれる程度など織り込み済み。よって、彼らも当然、体得していた。


『アルテ』魔導防御法一式――『位相散逸(いそうさんいつ)』。


大地に根を張る重装歩兵の絶対防壁がそこにあった。この極意なくして、アラカイの兵たる資格なし。

一列に展開した翠色の障壁が、前方に吹き荒れるすべての暴威を完璧に受け流す。


「いくぞォッ!!」

勢いを取り戻した王国兵の雄叫びが、左翼の平原を震わせた。


その向こう側。土壁の陰で、ユロウリハは死んでいく味方には目もくれず、小さく舌打ちをした。

「……やべ、無意識に『地形魔導』使って地下の基盤いじっちゃった。あとで『特務』殿に怒られそー」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


前線から届く報告を聞きながら、ザンリードは頼もしさと呆れを同時に噛み締めるという、器用な感情の処理を要求されていた。


(……あいつら、俺の忠告を全然守ってないな)


だが――流石だ。無茶を押し通し、それでも結果的に盤面をこじ開けてしまうだけの絶対的な地力がある。だからこそ、あの猛獣たちに前線を任せられるのだ。


とはいえ、両翼で王国軍が優勢に立ちつつある状況下にあっても、ザンリードの胸中からは不可解な疑念が拭えずにいた。

(――なぜ敵は前衛を下げた? 何が狙いだ?)


鋭い鷹の眼で前方を見据える。しかし、戦場の異常事態はそれに留まらなかった。なんと帝国軍は、両翼のみならず、今度は中央軍の前線すらも大きく後退させ始めたのだ。


「……あり得ない!」

ザンリードは思わず叫んだ。おかしい。防衛戦において要塞の正面を自ら空けるなど、狂気の沙汰だ。裏に致命的な罠が仕掛けられているのは明白である。このまま中央へ突っ込むなど、軍事のセオリーとして絶対に――。


その時だった。

ふと、ザンリードの視界に目を疑う光景が飛び込んできた。

がら空きになった敵陣の中央。その後退していく陣列からただ一人外れ、最前線に構える大柄な男の姿があった。


『――かかってこい。俺はここにいるぞ!』


遠く離れていても、幻聴のようにその声が鼓膜を打った気がした。

ザンリードはその顔を知っていた。知らぬはずがなかった。

あの忌まわしき『北原濃霧事変』。どれほどの血を流し、どれほどの猛攻を仕掛けても、最後まで決して超えることのできなかった絶望の『壁』。


バーナード・ヘイン。


(やつが、あそこにいるのか……?!)


冷徹な戦術家の仮面が、音を立てて砕け散った。

それがどれほどの致死の罠であろうと、あの男の首さえ獲れるならばお釣りがくる。武人としてのザンリードにとって、それは何にも勝る最高の戦果であり、絶対に抗うことのできない劇薬だった。


「――おおおおおおおおおおッ!!」


遠くで、獣のような雄叫びが聞こえた。

それが己自身の喉から発せられた咆哮だと気付いたのは、ザンリードが理性をかなぐり捨て、バーナードへ向かって猛然と疾走し始めた後のことだった。

読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。