第七話「竜喉の惨事②」
驚異的な「面」の制圧力を前に、コスカは前進を阻まれていた。
如何に神速であろうと、空を埋め尽くす火の雨をすべて避け切ることはできない。その身には無数の擦過傷と火傷が刻まれていた。無数の火の雨が、彼女の影を赤く染める。
――その時、彼女の眼前へ疾風のごとく飛び込む影があった。
ガガガガァンッ!
躍り出たのは、躍動する鋼と幾重もの魔導障壁。王国の精鋭騎馬隊が、間一髪でコスカの盾となったのだ。
「コスカ様! 単騎で駆けるなと、何度申し上げれば気が済むのですか!」
直後、レングの追撃の炎によって、障壁にピキピキと亀裂が走る。
「散れッ!」
号令一閃、全騎馬は一瞬にして左右へ散開。しかし、馬を巧みに操りながら平原を弧状に疾走し、瞬く間に隙のない隊列へと再集合してみせた。
「単騎駆けで終わらせることができたら、儲け物だったのだけれど……。みんな、ごめなさい。力を貸して」
コスカは愛剣を構え直し、鋭い眼光を敵陣へ向ける。「……相手の射程と出方はだいたい分かったわ。これなら『いつものやり方』でいける」
「自分で威力偵察紛いのことをしないでくださいと、あれほど……ッ!」
「お説教はあと!『流波穿針』、狙うわよ!」
一方、炎の向こう側でレングは嘲笑を浮かべていた。
王国の騎馬隊が、まるで細い「針」のような極端に細長い隊列をいくつも形成し始めたのを目にしたからだ。
「はははッ! なんだあれは、珍妙な! あんな蚊の針のような隊列で、我が魔導大隊と戦おうというのか!」
レングは手にした魔導杖を振り上げ、咆哮した。
「全魔導士に通達! 防御陣形の魔導士をすべて攻撃へ回せ! あのような小細工、まとめて焼き尽くしてしまえ!」
――だが、レングは知らなかった。その針の正体を。
それは、四騎一組で構成された突き崩しの構え。
先頭を行く一騎の騎馬は、重装甲の鎧を纏い、対魔導の大盾を掲げる。
『アルテ』魔導防御法一式――『位相散逸』。
本来ならば、足を地に付けた重装歩兵が魔導の衝撃を受け流すために用いる極意。それを彼らは、あろうことか疾走する馬の上で展開したのだ。
本来はその場に留まるはずの翠色の魔導障壁が、走る騎馬そのものを足元から包み込む。前進し続けることで後続の味方へ向かって流れる光の幕となり、すなわちこれは、隊列を包み突進する巨大な盾だった。
そして、後続の三騎が構えるは槍。
『アルテ』魔導穿牙術四式――『流水波紋』。
先頭が受け流し、後ろへ流した翠の障壁の力を槍先に纏わせ、迫り来る業火の熱と爆風を刃で削り落としながら、一直線に突進する。本来は、じっと立ち止まり槍を正面に構え、放たれた魔導の魔力波長を看破したうえで、魔導に合わせた魔力で受け流し、相手に反射する返しの極意であった。馬上で揺られながら機能する類の技ではない。
しかして、目の前にその2つが完璧に融合していた。
『アルテ』人馬複合騎陣・流波穿針。コスカの才能が編み出した、新しい『アルテ』だった。
「は……!?」
レングの顔から笑みが消えた。
彼は知っている。どちらの技も、軍の教本に載っている程度の技法だ。
知っていた――知っていたはずなのに、目の前の光景が理解できない。
(なんだあれは! あんな……あんなふざけた真似が、成立するはずが――!!)
魔法の射程を最大化するため、横に広く展開していた帝国の魔導士陣形。
前方にのみ意識を向け、防壁すら脱ぎ捨てて攻撃に転じたその無防備な横腹へ、業火を削りながら突き進むいくつもの「鋼の針」が、深く、鋭く突き刺さった。
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「――報告! 帝国軍前衛、後退していきます!」
王国兵の切迫した叫びが届くより早く、アラカイの瞳には敵陣の隙が映っていた。
(ザンリード様……! この好機、逃すことはできません……!)
「わかっている!!」
枯れ木のような痩身から、禍々しい魔力が溢れ出す。アラカイは両手を天へと掲げ、暗黒の詞章を世界に紡いだ。
『雲海を裂く顎の群よ! 傲慢なる神座を撃ち落とし、乾坤の軸を傾けよ!』
天頂の暗雲が渦を巻き、紫白色の閃光が世界を噛み裂く。
特級雷撃魔導――『雷霆万鈞』!!
才ある人間が、血の滲む鍛錬の末にようやく辿り着く魔導の極致、特級魔導。その名に恥じぬ数万の雷の束が、天の槌となって帝国軍の頭上へ牙を剥いた。平原全体が灼熱の光と死の轟音に呑み込まれる。
――だが、その絶叫の最中。
帝国軍陣営に佇む一人の男、ユロウリハは、だるそうに目を細めて大きなあくびを噛み殺していた。
「あー……めんどい……」
彼は懐から手すら出さず、ただ前方の空間へ向けて微かに息を吐き出すように、低い声で呟く。
『彼方を隔てる青き揺り籠。天を紡ぎて因果を纏い、塵界の喧騒を拒絶せよ』
特級水流魔導――『海蝕宮』。
次の瞬間、天から降り注ぐ万の雷と、突如として大気を満たした深青の水幕が激突した。
ドォッ―――――――――ンッ!!!
雷撃のエネルギーが海蝕宮の壁に阻まれ、行き場を失った熱量が猛烈な水蒸気爆発を引き起こす。凄まじい衝撃波と白い霧が前線を襲い、アラカイ率いる王国軍左翼は腕で顔を覆って陣脚を乱した。
「……やったか!?」
煙の向こうを凝視し、アラカイが思わず声を張り上げる。
やがて風が吹き抜け、爆煙が晴れた時――王国兵たちは一様に絶句した。
そこには、焦げ跡一つつくことなく、何事もなかったかのように静まり返る帝国陣営の姿があった。万の雷を完全に飲み込み、無傷で揺らめく巨大な水の宮殿。
「なん……!?」
アラカイの顔から血の気が引いていく。雷と水――相性で言えば、間違いなくこちらが有利なはずだった。つまり、それを容易く覆してみせるほど純粋な魔導の「格」が違うのだ。
その絶対防御の中心で、ユロウリハは気怠そうに肩をすくめて言った。
「んー……勤務時間中はさ。おれ、そこそこやるよー」
魔導大国が誇る最高位魔導士。その理不尽さは、王国軍を戦慄の只中に放り込んだ。
私は、とある漫画が大好きです。
読んでいただき、ありがとうございます。




