第二話「道案内」
朝霧がまだ木々の間に淀む、街道を見下ろす小高い丘の上。山賊バオトは、丸太のように太い指で自らの膝を強く掻き毟っていた。爪の間に血が滲むのも厭わず、ただ眼下の光景を食い入るように見つめている。
ぬかるんだ街道を這うように進む、黒い幌馬車の長大な列。それはバオトの目には、腹にたっぷりと黄金を溜め込んだ、ひどく鈍重な蛇に見えた。
山賊王を自称する彼は、決して賢い男ではなかったが、無謀なだけの阿呆でもない。あの黒地に金の紋章を掲げる帝国正規軍に牙を剥くなど、自らの首に太い縄をかけるに等しい行為である。長年、裏社会で生き延びてきた野生の勘を使うまでもなく、自身の脊髄がそう告げていた。
しかし、眼前を通り過ぎていく莫大な富が、バオトの全身の血を沸騰させる。彼の荒い鼻息が、朝の冷たい空気を幾度も白く濁らせていた。
そこへ、低い茂みを縫うようにして、偵察に出していた子分が這い戻ってきた。
「頭、いい知らせですぜ」
子分は息を殺しながらも、その声には抑えきれない欲求を滲ませていた。
「昨晩、野営地の風下で、帝国兵の愚痴を聞いてやりました。あの部隊を率いているのは、前線にも出たことがない、腰抜けの貴族だそうです。臆病風に吹かれて無駄な回り道ばかりしていると、兵の士気は最悪でさあ」
バオトは濁った目を細め、再び眼下の隊列へ視線を投げる。
「それに、見ての通り列が間延びしきっていまさあ。うちには炎を出せる奴もいる。真ん中の馬車をいくつか襲って、適当に魔法をぶっ放してやれば、連中が慌てふためいている隙に、お宝を抱えてずらかることができますぜ。ちょっとつっついて、あとはとんずら。いつもと同じでさぁ。」
バオトの喉仏が、上下に大きく動いた。
彼は阿呆ではなかったが、己の肥大化した物欲を理知でねじ伏せられるほど、賢くもなかった。
目の前の蛇は、毒牙を抜かれたただの肉袋である。子分の報告は、彼が待ち望んでいた「襲うための理由」そのものであった。
いつ、どこで、誰の息の根を止めて奪い取ったものか。今となっては記憶の底に沈んでいるが、バオトは自身の背に負った、鈍い魔力を帯びた重厚な斧の柄を掴んだ。太い指が革巻きの柄に食い込み、ミシリと微かな音を立てる。
「野郎ども」
彼の口から漏れた声は、獲物を前にした獣の唸りのように低く、酷く湿っていた。
「真ん中から食い破るぞ」
-------------------------------
馬を駆けて伝令の兵が、泥を跳ね上げながら部隊の先頭に滑り込んできた。
「報告します! 隊列の中央が何者かの襲撃を受けました!」
兵士は息を乱しながら叫んだ。しかし、その体は指揮官であるリコーではなく、明確に傍らの副官の方を向いている。視線も、言葉の矛先も、指揮杖を持つ男爵家の三男坊ではなく、実務を取り仕切る副官へと向けられていた。
リコーは、手綱を握る革手袋の指先を微かに震わせた。
口角が、限界まで吊り上がろうとする。リコーは咄嗟に空いた手で自身の顔の下半分をきつく覆い隠した。肩が不自然に、小刻みに揺れる。腹の底から喉元までせり上がってくる熱狂を噛み殺すため、彼は顔の筋肉を総動員して多大な労力を支払わねばならなかった。
手袋の隙間から、ひどく歪んだ、湿った息が漏れる。
一方、山賊バオトは歓喜に身を震わせていた。
手応えは十分すぎた。事前の見立て通り、中央の護衛は拍子抜けするほど手薄だった。あらかじめ目星をつけていた、最も装甲の厚い大型の幌馬車は、すでに手下たちに囲まれ、バオトの手中に完全に収まっていた。
あとは適当に周囲の腰抜け共を血祭りにあげ、ねぐらへ帰ってからお宝に頬擦りするだけだ。
「さあて、中身はなんだぁ?」
血と泥に塗れた手で、バオトは馬車を覆う分厚い布地に手を掛けた。下劣な欲望が理性を凌駕し、戦場のど真ん中であるにもかかわらず、その中身をほんの少しだけ拝んでやろうというスケベ心が働いた。
力任せに留め具を引きちぎり、幌馬車の布をめくり上げる。
薄暗い荷台の中に、バオトは目を凝らした。
そして、呼吸を忘れた。
そこにあったのは、金銀財宝ではない。輝く魔力結晶でも、兵を潤す食料でもなかったからだ。
読んでいただいて、感謝します。




