第六話「処理」
「探す?」
リコーは、まるで出来の悪い生徒の珍答を聞いた教師のように、心底おかしそうに笑った。
「ムロヤ……あなた、決して頭は悪くないでしょう。それなのに、どうしてそう思考が平坦なんですか。この砦の中から、息を殺して潜むネズミを、わざわざこちらから『探して』どうするんですか。…まさか!ムロヤまさかあなた!全員殺せばいい、なんて、恐ろしいことを言うつもりではないでしょうね!そんな、考えるだけでも悍ましいことを!ムロヤ…あなたって人は…!」
リコーは腕を広げ、狭い廊下の天井を仰ぎ見て、嘆かわしいと言わんばかりだ。
「は?い、いや?!どうしてそうなる?!違うにきまっているだろ!」
リコーは手袋の指先で、虚空から何かをつまみ上げるような仕草をした。
「まあ、全員殺すのは最後の手段です。…ネズミが好きなものは、『チーズ』。……自ら穴から這い出て、罠にかかるように仕向けるのが、常識でしょう?」
「チーズ……罠……」
嗤うリコーの言葉を反芻しながら、ムロヤは壁に背を預け、ズキズキと痛む頭で考えを整理し始めた。
王国の中枢と通じている、優秀で狡猾な工作員。
彼らの目的は、帝国軍の動向や機密情報を探り出し、本国へ伝えることだ。推定『勇者』による破壊と混乱が続く今の砦において、情報としての価値が最も高いものは何か。
ムロヤの脳内で、先ほどリコーがバーナード指揮官に要求した「不可解な数字」が想起される。
――『手隙の者を、ざっと100人ほどで構いませんよ』
(……まさか)
ムロヤは息を呑んだ。
砦の修復という緊急事態において、100人もの兵士を別の目的に動員するなど、異常事態以外の何物でもない。隠そうとしても絶対に隠しきれない、大規模で不自然な部隊の動き。
もし自分が王国の工作員なら、この極限状況下で、リコーが突如として100人を率いて「何か」を始めたとなれば、絶対に無視することはできない。
それは、いまだ穴だらけの砦の防衛情報よりも、他の何よりも、優先して探り出し、王国へ報告しなければならない「特級の機密」としてネズミの目に映るはずだ。
「……あの100人は、探すための人員じゃない。100人の兵士の『不自然な動き』そのものが……ネズミを誘い出すための『チーズ』か……?」
ムロヤが震える声で結論を口にすると、リコーは満足げにパチン、と指を鳴らした。
「ご名答。その通りです。ネズミの巣穴の前に、極上の匂いを放つ謎のチーズを置いてやるのです。優秀なネズミは、いや、優秀でなくともそれが仕事なのですから、そのチーズを暴かずにはいられない。いられなくなる。……そこを、私が真上から、ね」
リコーの目は、罠を張る捕食者のそれであった。
「さて、ムロヤ。バーナード指揮官から無理やり100人をむしり取ったとして……ネズミが飛びつきたくなるような極上のチーズを演出するためには、もう一工夫したほうがいいでしょう。彼らに何をさせるのが一番効果的だと思いますか?」
リコーは実に楽しげだ。
ムロヤはズキズキと痛むこめかみを押さえながら、必死に思考を繋ぎ合わせた。
「……発掘作業、か」
目を細めつつムロヤは続ける。こめかみを抑え、眉間にはしわが寄っている。
「あの旧東門の瓦礫を、厳重な情報統制下で100人の兵士に片付けさせる。先帝の遺産の『残骸』、あるいは勇者を倒した毒の『残滓』を回収していると偽ってな。自国の推定『勇者』を追い詰めた、あの毒の力を見た後だ。ネズミは必ず、探りを入れてくるはずだ」
そこまで一気に言い切り、ムロヤはリコーの顔色を窺った。
理屈は通っているはずだ。情報の価値を釣り上げ、相手の注意を特定の場所に誘導する。工作員を炙り出す常套手段である。
リコーは目を細め、静かにパチ、パチ、と二度だけ拍手をした。
「素晴らしい。70点です、ムロヤ。囮の匂いとしては申し分ない。……ですが、それだと利口なネズミは遠くから観察するか、末端の兵士に探りを入れるだけで終わるかもしれない。確実な『罠』としては不完全です」
「不完全……なら、どうするんだ」
「簡単なことです。観察なんて呑気なことをしている場合ではない、ネズミにとって『絶対に無視できない、直接手に入れなければならない』モノを作り出せばいいんです」
リコーは、まるで明日の天気でも語るかのように、極めて穏やかな口調で策謀を語り始めた。
「まず、貴方の言う通り100人の兵士に瓦礫の撤去を行わせます。その際、特に危険度が高い作業をしたといって、10人だけに私が調合した特殊な魔導薬、という設定の『丸薬』を飲み込ませる。兵士たちには『瓦礫に残留した毒から身を守るための予防薬だ。一週間、胃のなかに留まり続けたのち、消化される』と説明します」
「な……っ」
リコーは黒手袋の指を一本立て、口元に当てた。
「そして、最後に砦内に噂を流します。『10人だけが飲まされたあの丸薬、あれは勇者を無力化した毒の成分から作られたもうひとつの先帝の遺産、解毒薬で、兵士を使ってその効果を確かめている』んだとね」
「王国の工作員にとって、自国の最高級戦力と思わしき推定『勇者』を追い詰めた毒の、しかも解毒薬ともなれば、何よりも最優先で持ち帰らねばならなくなるでしょう。信じるにしろ信じないにしろ、ネズミは必ず、その丸薬を入手するよう指示を受ける。……ですが、丸薬はすべて私が厳重に保管しています。さあ困ったネズミさん。このままではお使い失敗だ!無理はできない、でも欲しい!褒められたーい!」
ムロヤの背筋に、氷のような悪寒が走った。
工作員は丸薬が欲しい。だが、薬はリコーが持っており手が出せない。ならば、工作員が丸薬を手に入れる手段は、必然的に「一つ」しか残されない。
「まさか……お前……」
「ええ。どうしてもネズミが丸薬を手に入れたいのなら、すでに丸薬を飲み込んだ兵士の誰かの、その胃袋の中身を拝借するしか、ありませんねぇ。というか、そうするしかないように仕向けるんですけどね」
リコーは、三日月の笑みを限界まで深めて嗤った。
派手な魔法も、大規模な包囲網も必要ない。ただ、人間でさえいてくれればいい、真面目に仕事さえしてくれればいい、それだけしか求めていない。それで十分。そう言っている気がした。
「あとは、兵舎の警備を薄くして一晩待つだけです。幸いなことに、砦の脱走者は、数は減りましたが依然としています。明日の朝、兵士が一人いなくなっていたとて、誰も不思議に思いません。外は死体だらけですし、ネズミさんも、もしガセだとしてもこれならやりやすいでしょう?ちょっとの頑張りでお宝ゲットです!」
「服薬した兵士を拉致なり殺すなり、腹をさばいていたりする現場を押さえれば、私たちの可愛いお喋りネズミさんとついにご対面というわけですよ。ああ、丸薬の数は少ないので、投薬は一回、ということにでもしましょうか」
味方の兵士を、文字通り「餌」として差し出す。
「もう少しだけ頑張れば、手が届きそうだ。危険はない。いざとなればやめればいい。そう、相手に思わせることが大切なんですよ」
リコーは片目を瞑った。
ムロヤは完全に言葉を失い、ただ目の前の、嬉々として自軍の兵士の死を勘定に入れる同窓生を、見つめることしかできなかった。
読んでいただき、感謝します。




