第二話「情動」
帝都の中心に聳え立つ、冷たい大理石で囲まれた最高軍事法廷。
すり鉢状の議席から突き刺さる無数の敵意と蔑視の視線を一身に浴びながら、被告席に立つリコー・タディーカは、優雅に黒手袋の指先を交差させていた。
「被告、リコー・タディーカ中級魔導士! 貴官の罪状は明白である!」
検察官の怒号が法廷に響き渡る。
問われているのは、意図的な迂回による「山賊襲撃の誘発と人員の損耗」、そして、帝国の至宝である「先代皇帝陛下の遺産の喪失」であった。
「貴官の身勝手な采配により、部隊は多大な被害を受け、あろうことか先帝陛下の偉大なる遺産は灰燼に帰した! これを帝国への反逆と言わずして何とするか!」
「反逆、とは心外な」
リコーは静かに、しかしよく通る滑らかな声で反証を始めた。
「私は帝国軍の教本に則り、与えられた資源を最も効率的に『消費』したに過ぎません。山賊の襲撃による人員損耗? いいえ、あれは先帝陛下の魔道具の『具合を確認』するために必須であった、極めて合理的な作戦、まあ、強いて言うなら『やむを得ないコスト』です。また、魔道具の喪失についても語弊があります。兵器とは、目的を果たして消失した時、それを『喪失』とは呼びません。『見事に命中した』と呼ぶのです。王国の最高戦力である、推定『勇者』を無力化するために、先帝陛下のご遺作は一切の無駄なく使い切られました。法のどの条文が、国家防衛のために完璧な兵站と兵器の運用を行った私を罰せられると言うのですか?」
それは、法律の隙間を悪意で縫い合わせたような、極めて醜悪な曲解であった。
人間の命を消耗品と公言し、結果として至宝を使い潰した事実を、正常な運用と言い張る。理屈としては完成されており、法的には一切の反論を許さない弁論。
しかし、その代償として、法廷にいる人間はリコーを『いたずらに戦力を消費する、帝国軍人にあるまじき不適格者』として忌み嫌うことになった。自身の軍内での政治的評価や名誉を完全にドブへ投げ捨てることで、リコーは自身の首を物理的に繋ぎ止めた。
周囲の嫌悪感に満ちた目を極上のワインのように味わいながら、リコーは微かに三日月の笑みを浮かべていた。
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審理を終えたその足で、リコーは薄暗い将官室に呼び出されていた。
岩のような分厚い筋肉を軍服に押し込めた歴戦の巨漢は、執務机越しに、じっとりと鋭い眼差しで、自らの部下である、にやついている中級魔導士の目を見つめていた。
「法務局の連中を、理屈で黙らせてきたそうだな。タディーカ」
「いえいえ、ジグタイト将軍閣下。強いて申し上げれば、法というものの使い方を、法務局の面々にご指南差し上げた、その程度のことです。優秀な法務局員であれば、笑って許していただけるようなことです」
「……帝国軍人は、結果が全てだ」
ジグタイトの低く地を這うような声が、リコーの軽口を遮った。
過程がどれほど狂っていようと、周囲からどれほど忌み嫌われようと、軍隊とは戦果で己の存在意義を示す組織である。ジグタイトのじっとりとした両眼は、誤魔化しを許さない厳格な光を帯びた。
「此度の作戦。貴官のもたらした『結果』を確認する。言ってみろ」
その問いに対し、リコーは恭しく一礼し、滑らかな笑みとともに答えた。
「先帝陛下の残された最高傑作を完全に使い潰した上で、標的である推定『勇者』の息の根は止め損ねました。加えて、砦は、東門をはじめとして修復不可能なほどに大破。――得られた戦果は実質ゼロ、我が軍の完全なる大敗北であります」
悪びれる様子も、言い訳を挟むこともなく、己の敗北と失態を誇らしげにすら聞こえる美声で宣告した部下。
その清々しいまでの答えを聞いたジグタイトは、無言のまま、張り裂けんばかりに鍛え上げられた極太の腕をゆっくりと組み直し――。
「…………はぁぁぁぁぁ」
部屋の空気がすべて入れ替わるほどの大きなため息をついた。
ジグタイトは眉間の皺をさらに深く刻み込んで口を開いた。
「リン平原は、一応は我が帝国が確保した状態にある。だが、それは単に王国側が攻め入ってきていないというだけの話だ。砦があの有様ではな。逆に言えば、いつ奪い返されてもおかしくない薄氷の上の陣地だ」
ジグタイトは机上の地図を一瞥した。
「王国軍は、向こうはまだ息継ぎを終えていない。しかし、こちらの態勢が整う前に、必ず攻めてくるぞ。膠着はもはや、ない。」
「ええ、その通りでしょうね」
リコーは相槌を打った。
「貴官が運んだ物資と兵糧があるおかげで、一応、帝国にはまだ戦線を維持し、戦うだけの力が残されている。しかし……」
ジグタイトの声が、低くなる。
「それはあくまで、『紙の上』での話だ」
将軍の言葉に、反論の余地はなかった。
「兵士たちの士気は、最低……いや、そのさらに底を抜けている。当然と言えば当然だ。報告書で読んだ。そのような理不尽極まりない『暴力』を、間近で見てしまったのだ。人間は、限界を超えたものを見れば、心が折れるのが道理だ。人事局には今、砦からの異動願いが山のように積まれていると聞く」
「ええ、全くもって正常な人間の反応です。彼らの恐怖は正しい」
自軍の兵士たちが恐怖に震え、逃げ出そうとしているという惨状を聞かされてもなお、リコーは表情一つ変えることなく、ただ薄く微笑んで同意するのみであった。彼にとって、兵士の心など今晩のおかずの材料程度の意味しか持たない。
そんなリコーの態度を、ジグタイトは獲物の急所を探る猛禽のような目で捉え続けた。
この男爵家の三男坊は、先ほど自身の口で「完全なる大敗北」と言い切った。だが、ジグタイトは騙されない。この男の脳髄が、敗北という事実だけで満足して停止するはずがないことを、上官として嫌というほど理解していた。
「……『完全なる大敗北』というのは、言い過ぎだ」
ジグタイトは静かに告げた。事実、推定『勇者』の猛攻を単独で退け、物資を運び込んだという最低限のラインは守られている。
「しかし、完全なる勝利にはほど遠い」
将軍の眼光が、リコーの目を、吊り上がった口を、真っ直ぐに射抜く。
「――どうするつもりだ、タディーカ」
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