2、『アンコール、そしてリコール』
素人小説3作目第2話です。
ぜひ最後までお読みくださいね。
それでは、よろしくお願いします。
─見慣れない天井だ。
体を仰向けにしたまま、周囲の様子を窺う。
明らかに、さっきまで床に伏していたはずのボロ家のそれとは違った。
それに男が伏していたベッドには天幕なんてしゃれたものは無かったし、ベッド自体そもそもこんなに大きくはなかった。
これは夢でも見ているのか。
「…は?」
身体を起こして、自分の腕や胸、脚を眺める。
元々男は20代前半くらいでかなり若い方だったが、この身体はそれよりもずっと若いようだ。だいたい10代前半くらいだろうか。
ついでに頬を強く摘んで捻ってみる。
……ただ痛いだけだった。
「さて、どうしたものか」
以前よりはるかに高く感じられる声で呟く。
やはり訳が分からない。
大きすぎるベッドを置いてもなおスペースが有り余る広すぎる部屋、普通の家ではまず見ないほどの大きな窓。そして何よりも訳が分からないのは、自分の身体が自分のものではない事だった。
この状況、凡人なら混乱して状況整理すらままならないであろう。
そう、凡人なら。
男は至って冷静だ。
流石にこのような状況に遭遇した事はないが、かつて魔術の高みに足を踏み入れた身からすれば、これくらいの事で動揺するようでは上にはいけないのである。
慌てる事なく一つずつ、自らが置かれた状況を俯瞰して考察していく。
見慣れない場所、明らかに自分のものではない身体…。
これはどこかの他人の体に意識だけが移った、といったところだろうか。
─この現象、男には聞いた覚えがあった。
「…転生、か」
どこかの学者が立証していたとか、そういうしっかりしたものではない。
ただのカルト宗教のテンプレみたいな奴らが、声を大にして騒いでいたのを耳にしたというだけだった。
まさか本当にそんな事があり得るとは思いもしなかったが、実際に起きてしまっている以上、これ以上考えても仕方がないとして、納得する事にした。
ある意味、思考放棄とも取れるがそんな事はどうでも良い。
あの時自分は確実に死んでいたはずだ。
─いや、そもそもこうして、自分の死を認識出来ている時点でおかしいのかもしれない。
なのに、今こうして名も知らぬ誰かとして生きている。
今自分が置かれた状況で、次にするべき事は何か。
そんなもの、これ以外考えられない。決まり切っている。
「まずは情報収集からか」
─男の人生の第二幕が始まった。
◇◇◇◇
情報収集、といってもこの状況では何も出来ない。
まずはこの部屋を出なければ。
先程部屋全体を探ってみたが、不運な事にこの部屋に何か情報が得られそうな物は無かった。
となると、やはり部屋の外に向かう他ない。誰かに見つかって問い詰められる可能性があるのはリスクだが、背に腹はかえられない。
こればかりはしょうがない。
仕方なくベッドから降りて、扉へと向かう。
そしてドアノブに手を掛けた、その時だった。
コンコン。
ノックの音と同時にライディは素早いバックステップで後ろに下がった。転生前の感覚が残っているからか、思ったよりも身軽に感じられた。
(おいおい…タイミング悪すぎないか…!?)
まさかこんなにも早く誰かと遭遇するとは思わなかった。
おそらく会話は避けられないだろう。
「ライディ様、朝ですよ〜。失礼しますね〜」
まずい、部屋に入って来る。
ライディはさらに下がって、とりあえずベットに座り込む。
その瞬間、部屋の扉が開いた。
「おはようございまーす。あ、ライディ様起きてたんですね〜返事してくださいよぉ」
「おはよう…えと、ごめん」
目の前に現れたのはメイド服の女性。おそらくこの家の使用人だろう。
名前は…一旦いいか。とりあえずなんとかして会話を切り上げなくては。
「…ライディ様はそうやって素直に謝れるのは偉いですけど…いい加減、人の名前くらい覚えてください!私はティナです!ティナ!」
急に何を言い出すのかと思ったが、丁寧に自己紹介してくれた。この身体の元持ち主はどうやら記憶力が無かったらしい。自然に名前を聞き出せたし、ありがたい限りだ。
「あぁ…ティナね、ティナティナティナ…よし、もう覚えた」
「本当ですかぁ?まぁ、今日のところは良いですけど。…それで、朝食のご用意が出来てますけど、いかがですか?皆さまお揃いですよ」
「あー、じゃあいただこうかな」
「はい、では行きましょうか」
危なげなく、ティナに連れられ部屋を出る事に成功した。
それにしても、今歩いている廊下も先程の寝室も、無駄と言って良いほどの大きさだ。おまけに、使用人までいるときた。相当な力がある家だと思われる。
少し歩いて、これまた広い部屋に案内された。
中央には食卓と思しき大きな机があった。
既に用意されていた席は、1席を除いて埋まっていた。
「それでは今お持ちしますので、少々お待ちください」
「あぁ…うん」
「おはよう、ラディ」
明らかに父親としか思えない男が話しかけてきた。
ラディはライディの愛称だろうか。
…となると隣に座っているのが母親だろう。
少し賭けだが勝負に出るか。
「おはようございます。父さん、母さん」
「おはよう、ラディ」
よし、賭けに勝った。となると、両親の向かいの空いた席を挟むように座っているのが自分の兄妹か。
(とりあえず座るか)
「おはよう、ラディ。良く眠れたかい?ほら、最近疲れてるようだから」
座ったライディに、暫定兄が話しかけてきた。
「…あぁ、おはよう、兄さん。別に元気だから心配いらないって」
「…そうかい?なら良いんだ」
この人がライディの兄か。優しそうな青年だ。
…今の一瞬の間は何だろう。ライディは若干の違和感を感じた。
なんとか会話の山場を乗り越えたところで、大きなあくびをする。
その油断を暫定妹は見逃さなかった。
「ラディお兄ちゃん!ルー兄とは話すのにフリーナとは話さないんですか…!?寂しいです…」
この子が妹のフリーナか。
頬をぷくっと膨らませて「むぅ」と怒りをこちらにアピールしている。
「わ、悪かったって!ごめんって!」
「許さないです!」
「えぇ…どうすれば」
「…なでなでしてくれたら許してあげるのです」
フリーナは少し食い気味に、頭をなでなでを要求してきた。
「こ、こうか…?」
「えへへぇ…ラディお兄ちゃん、大好きです!もっとやってほしいのです!」
(…なんて単純で可愛いんだっ!!)
言われた通り頭を撫でてあげた。
さっきまで見せていた怒り顔はどこにも無く、ふにゃふにゃになった笑顔が眩しかった。
しばらくして、ティナが朝食を運んできた。
◇◇◇◇
「ごちそうさまでした」
「お粗末でした」
満足そうなライディに、ティナが応える。
「ライディ様〜、この後はどうされますか?」
「ん〜、そうだなぁ」
あえて悩むフリをする。怪しまれないためだ。
「一旦部屋に戻る前に、本を探したいんだけど」
「書庫ですね〜?では行きましょう!」
「話が早くて助かる」
「やっぱりか」
「ん?何がです?」
「いや、何でもない」
やはり思っていた通り、書庫も家庭で所持して良い規模ではない大きさだった。そこらの街の図書館より遥かに広いし、当然蔵書量も多い。これなら、目当ての本も見つかるだろう。
「ライディ様〜、満足しましたか?」
「あぁ、これだけあれば十分だ。ありがとう」
「もぅ、これくらい当然ですってぇ〜!」
やけに嬉しそうだ。礼を言われることに慣れていないのだろうか。
そんなティナを横目に、ライディはいくつかの本を手に部屋へ戻った。
「ふぅ…」
転生…他人に成り代わって生活するという経験したことがない状況で、なんとか初の会話は乗り切ることが出来た。安心したからかどっと疲れがやって来てしまい、思わずため息が漏れる。
とりあえず気持ちを落ち着けるためにも、書庫から持って来た本を開いた。
想像以上に情報が集まった。
まず分かったのはこの家の家名だ。
─魔術の名家、ロレクス家。
数多の『原初ノ精霊王』を輩出してきた、転生前の自分が及ばなかった、天才の家系の一つだ。
家族構成は当主のルグレオ(45歳)、妻のロレーナ(43歳)、長男・次期当主のルグキット(18歳)、次男のライディ(15歳)、長女のフリーナ(10歳)の5人家族で、そして使用人のティナ(年齢不詳)だ。
余りにも家が大きかったためある程度予想がついていたが、いざ知らされるとかなりの衝撃だった。
次に今の西暦だが、これは前世で死んだ日時とほぼ変わりなかった。
そしてもう一つ、とんでもない情報を見つけた。
前世でライディ──男が敗れたあのリュカが原因不明の死を遂げたという事だ。
あのリュカがそんなにあっさり死ぬはずがない。何があったのかは分からない。完全な勘だが、どこか怪しさを感じた。
今集められたのはこれくらいだ。
とりあえず、身の回りの十分な情報が集まったので一安心できる。
情報収集が済んだところで、ふとやるべき事を思い出す。
「…そういえば、魔術は使えるのだろうか」
◇◇◇◇
魔術の確認をしたいとティナに相談したところ、かなり驚かれたがすぐに庭まで連れて行ってくれた。
まだ幼いとはいえ天才の家系だ。いきなり上級魔術とか使えてしまうのだろうか。
(…流石にそれはマズいか。低級と一般でいくか)
まずは、前世の血の滲むような努力によって身につけた圧倒的な発動速度を誇る低級魔術。威力を抑えて、前世の限界であった五重詠唱に挑戦する。
「…『そよ風』」
刹那、風が庭の芝を撫でた。
…出来てしまった。しかも、まだまだ余力を残している。これが天才の素質か。
『無才がいくら踠こうが、天才には届くはずもないのだよ』
あの時のリュカの言葉が思い出された。男が死ぬ気で身につけた技術を、あっさりと再現できてしまう。
こんなにも、差があるとは。男は無才の無力さを痛感した。
低級魔術でこれなのだから、一般魔術はさらに気をつけて使わなければ。
ライディはより気を引き締めて、詠唱する。
「『強風』」
─その瞬間だった。
「うっ…!!なにこれ…!?」
頭に大量の情報が流れ込んで来る。かなり酷い頭痛だ。正直、立っていられない。
視界はぼやけているが、何かキラキラした線のような物や回路のような物が見えたが、一瞬で消えてしまった。
「ん…?今のって術式…?もしかして、魔力…?」
ありえない仮説を口にする。
魔力は確かにこの世界に存在しているが、目には見えないはずだ。
ならば、今さっき見えた異常な現象は何なのだろう。
そこまで考えたところで、力尽きてしまった。
◇◇◇◇
「…はっ!」
「あぁ良かったぁ〜、ライディ様ったら庭で倒れてたから心配したんですよ〜って、ええええ!?」
どうやらあのまま気絶してしまっていたようで、ティナが寝室まで運んでくれたらしい。
ティナが心配と何かへの驚きを口にした。
「…どうしたの?」
「ライディ様、め!めぇーーっ!」
目…?何のことだろうか。
疑問に思いながらティナが渡してきた手鏡を見る。
「…は?」
─そこには、怪しげな紋様を浮かべた双眸を持つ少年が映り込んでいるのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
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