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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
2.ドッキュン聖者とガッカリ剣士
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光属性剣士、現る。・4




 突如襲撃してきた魔物が討伐されたとあって、町では大きな歓声が上がった。

 そして勝利の余韻を味わう暇もなく、人々は救助や町の損壊の確認のため、またしても慌ただしく走り回り始める。国家騎士団や魔法庁の役人が駆けつけ、町は更に喧騒を増していく。

 先ほど大活躍を見せたアルスは、涼しい顔で一息ついていた。

 というか。

 硝子剣が砕けたことよりも。

 魔物が退いたことよりも。

 それよりも更に私は驚いたことがありました。

「け、け、け」

「どうしたんだよ、ザラ」

「剣が喋ったあああぁぁーーーーー!!!??」

『ハッ。い、いかん、つい……!!』

 今まさに!目の前で!アルスが提げている魔硝剣ミストラルとやらから、渋い妙齢の男性と思われる低い声が発せられている。

「何それ、コワイ!」

「あ。驚かせてゴメンな。こいつ、ミストラル。俺の相棒」

『我が名は幻界より来たりし魔剣ミストラル。アルスの子守り役だ』

「おいおい、そりゃないだろ。ハッハッハ」

『柄を叩くなと言っておるだろう!』

 そんな小気味よいテンポで会話されても。そりゃあ事前に、「俺の剣喋るからヨロシクな」とか言われててもアルスの頭を疑うばかりだったろうけど。

『全く、これほどまで刀身を砕ききるとは。仕留めきれなければどうするつもりだったのだ』

「まあまあ、何とかなんだろ」

『あとでしっかり、破片を集めておくのだぞ』

「仰せのままに」

 すごい流暢じゃん……。

「しゃ、喋る武器……初めて見た……」

『そっ……そうか。自己紹介が遅れて申し訳ない』

「よ、よろしくね、ミストラル……さん?で、いいのかな」

『う、うむ。好きに呼ぶが良い』

 うん?

 何だか私への態度がぎこちない気がする。剣だから顔はないけど、人間で言えば目を逸らされているような感覚だ。

『娘よ――あっ、娘ってそういう意味じゃなくて……二人称的なことだぞ……』

「??? 言われなくてもわかってますけど……?」

『その……あの……何だ……。ご家族は、元気か?』

「は、はあ……」

 不気味だ。私は金輪際、この人――人?とあまり関わらないことを心に決めた。

 私たちの会話を愉快そうに眺めているアルスにやや呆れて――呆れて。彼の背後に、大きな目玉が迫っていることに気が付いた。

 ――さっきの生き残り……!?

「アルス――!」

 私の呼びかけにアルスも後ろを振り返るけど、彼の手元にもう武器はない。

「ぐあッ――!?」

 目玉は車輪のように速度をつけて回転し、そのままアルスめがけて突進。ぎりぎりで躱そうとしたアルスの肩口を掠め、彼の鮮血を浴びながら、またしてもアルスに狙いをつけて飛行を続ける。

このままじゃ的にされる。

 私は咄嗟に(キャスリング)を構え、頭の中に術式を思い描く。何なら効く?何ならアルスを巻き込まないで済む?

 ――目玉。目玉っていっても目玉よね?

 それなら弱点はアレでしょう!

「アルス、目瞑ってて!!」

 それだけを伝え、魔法を発動。

 私自身も目元を片腕で覆い隠しながら、太陽や月よりも眩しい閃光を瞬時に杖に灯し、目玉を眩ませる。私の思惑を察したらしいアルスが、光の点滅が終わると同時に、目玉に回し蹴りを食らわせる。

『きゃああああ!!きゃああああ――』

 最後の一匹が、ようやく消滅した。

 私はほう、と安堵の息をつく。

「アルス、怪我……!」

 魔物の一撃を貰って、出血した部分を押さえて苦悶するアルスに駆け寄る。

 とにかく止血しなくちゃ。何かないかと、鞄の中を漁ると、宿屋でアルスに貰った軟膏が出てきた。効能は――よし、保湿・保温・切り傷・擦り傷。無いよりマシね!

「待ってて、いま療術士さんを呼んでくるから」

 血が流れるアルスの鎖骨あたりに軟膏を塗りつけようとすると、何故か、見たことのある熱い視線で、その手を握り返された。

 あの。そうじゃないんですが。

 そのまま、アルスはもう一方の手で私の──私の頬を通り過ぎて、耳あたりの髪に触れる。

「え?あの、ちょ……!?」

 更に、アルスの綺麗な顔が近づく。瞬きを忘れた、うるうると輝く青緑の瞳に吸い込まれそうになる。きめ細かく白い肌、長い睫毛。

 アルスの呼吸と体温を感じ、反射的に目を閉じてしまう。

 だめ……。だめなのに……。ドキドキしちゃう――……!!

「髪に魔物の内臓、ついてたぜ」

「何でえええぇぇ!!!!???」




「また会いに来る。そん時は、今日の礼の花束も持ってくるぜ。」

 聖魔導士ギルドに所属するプロの療術士(ヒーラー)に看てもらったのもあって、アルスはすぐに動けるようになった。

 もう陽も暮れかけて、私たちは一度別れることになった。とはいえ、アルスは旅の根無し草。明日はまだこの町の宿に泊まっているかもしれないけれど、次に会えるのは、いつかはわからないそうだ。

「今日知り合ったばかりだけど、なんだか凄く寂しいな」

「そう言ってもらえるなら、口説き甲斐もあったかな」

「もう!」

「あはは!」

 ――アルス。幻界(ミラージュ)からやってきたという、光のように輝いていて、風のように軽やかな魔剣士。

 明るくて、人懐っこくて、気障で、強くて。今日一日ともに過ごしただけでも、彼のことは、忘れられない思い出になった。

「じゃ、達者でな」

「うん」

 私たちは、握手を交わし、互いに背を向けて、それぞれの帰る場所に向かっていく。

 街道で行き倒れを見つけたときはどうなることかと思ったけど、素敵な日になったな。

 アルスの笑顔を振り返るたび、心がときめいて、幸せな気持ちになる。

 しばらくは、彼からもらった軟膏の硝子容器を見て、にやにやできる気がするわ。




.

.

.




 黒猫横丁の夜。

宿屋の一室で、アルスは向かいの席に立てかけた愛剣を小突いた。

「――で?アレがお前の捜してた子?」

『うむ。あの髪、瞳の色……そしてチョーカーは、間違いない』

「じゃ、とりあえず目的は一つ果たしたってところかな」

 アルスがわざわざ人間界に訪れた理由の一つに、この育ての親である魔硝剣・ミストラルの捜し人を求めてのことがあった。

 (ミストラル)の素性は、アルスもあまりよく分かっていないし、詮索するつもりもない。今回もなぜ、あのザラ・コペルニクスという娘を捜していたのか、それすらはっきりしていない。

 だが、アルスはこれを一種の親孝行と考えて、無心で、ミストラルの示すまま、この地へとやって来た。

 ――とは言っても、おおかたの予想はついているが。むしろ、気づいていないのはザラ一人と、気づかれていないと思っているのも、この剣一振りだけのような気もしている。

『こちらへ来た真の目的を忘れるなよ』

「へーへー」

 子供の頃から散々聞いたミストラルのお小言に辟易しながら、アルスはベッドに倒れ込んだ。

 魔物と戦いザラと別れたあと、飛び散った硝子の破片を探すのに苦労させられた。いくら砕けたとしても、同じ幻界の物質に吸収されない限り元の姿に戻る魔法の剣は、唯一、その豪快な散り方だけは優雅さを欠いていた。

「ザラか……」

『良い子だった……』

「美人だしな?」

『惚れるなよ』

 ――本当に、隠す気あるのかコイツ。

 心のなかで呆れながら、アルスは今日会った少女に想いを馳せる。

 幻界にいたままではめぐり合うことすらできなかった。寝物語に聞いた、心優しく、勇敢な少女。

 彼女の照れ笑いを振り返るたび、むず痒い喜びが心を支配した。

 ああ、そうか、これが。

 生まれて初めての感情に、涙が出るような温かさを感じながら、アルスは眠りについた。






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・アルスについては、まだプロフィールと魔法を明かせません。

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