光属性剣士、現る。・4
突如襲撃してきた魔物が討伐されたとあって、町では大きな歓声が上がった。
そして勝利の余韻を味わう暇もなく、人々は救助や町の損壊の確認のため、またしても慌ただしく走り回り始める。国家騎士団や魔法庁の役人が駆けつけ、町は更に喧騒を増していく。
先ほど大活躍を見せたアルスは、涼しい顔で一息ついていた。
というか。
硝子剣が砕けたことよりも。
魔物が退いたことよりも。
それよりも更に私は驚いたことがありました。
「け、け、け」
「どうしたんだよ、ザラ」
「剣が喋ったあああぁぁーーーーー!!!??」
『ハッ。い、いかん、つい……!!』
今まさに!目の前で!アルスが提げている魔硝剣ミストラルとやらから、渋い妙齢の男性と思われる低い声が発せられている。
「何それ、コワイ!」
「あ。驚かせてゴメンな。こいつ、ミストラル。俺の相棒」
『我が名は幻界より来たりし魔剣ミストラル。アルスの子守り役だ』
「おいおい、そりゃないだろ。ハッハッハ」
『柄を叩くなと言っておるだろう!』
そんな小気味よいテンポで会話されても。そりゃあ事前に、「俺の剣喋るからヨロシクな」とか言われててもアルスの頭を疑うばかりだったろうけど。
『全く、これほどまで刀身を砕ききるとは。仕留めきれなければどうするつもりだったのだ』
「まあまあ、何とかなんだろ」
『あとでしっかり、破片を集めておくのだぞ』
「仰せのままに」
すごい流暢じゃん……。
「しゃ、喋る武器……初めて見た……」
『そっ……そうか。自己紹介が遅れて申し訳ない』
「よ、よろしくね、ミストラル……さん?で、いいのかな」
『う、うむ。好きに呼ぶが良い』
うん?
何だか私への態度がぎこちない気がする。剣だから顔はないけど、人間で言えば目を逸らされているような感覚だ。
『娘よ――あっ、娘ってそういう意味じゃなくて……二人称的なことだぞ……』
「??? 言われなくてもわかってますけど……?」
『その……あの……何だ……。ご家族は、元気か?』
「は、はあ……」
不気味だ。私は金輪際、この人――人?とあまり関わらないことを心に決めた。
私たちの会話を愉快そうに眺めているアルスにやや呆れて――呆れて。彼の背後に、大きな目玉が迫っていることに気が付いた。
――さっきの生き残り……!?
「アルス――!」
私の呼びかけにアルスも後ろを振り返るけど、彼の手元にもう武器はない。
「ぐあッ――!?」
目玉は車輪のように速度をつけて回転し、そのままアルスめがけて突進。ぎりぎりで躱そうとしたアルスの肩口を掠め、彼の鮮血を浴びながら、またしてもアルスに狙いをつけて飛行を続ける。
このままじゃ的にされる。
私は咄嗟に杖を構え、頭の中に術式を思い描く。何なら効く?何ならアルスを巻き込まないで済む?
――目玉。目玉っていっても目玉よね?
それなら弱点はアレでしょう!
「アルス、目瞑ってて!!」
それだけを伝え、魔法を発動。
私自身も目元を片腕で覆い隠しながら、太陽や月よりも眩しい閃光を瞬時に杖に灯し、目玉を眩ませる。私の思惑を察したらしいアルスが、光の点滅が終わると同時に、目玉に回し蹴りを食らわせる。
『きゃああああ!!きゃああああ――』
最後の一匹が、ようやく消滅した。
私はほう、と安堵の息をつく。
「アルス、怪我……!」
魔物の一撃を貰って、出血した部分を押さえて苦悶するアルスに駆け寄る。
とにかく止血しなくちゃ。何かないかと、鞄の中を漁ると、宿屋でアルスに貰った軟膏が出てきた。効能は――よし、保湿・保温・切り傷・擦り傷。無いよりマシね!
「待ってて、いま療術士さんを呼んでくるから」
血が流れるアルスの鎖骨あたりに軟膏を塗りつけようとすると、何故か、見たことのある熱い視線で、その手を握り返された。
あの。そうじゃないんですが。
そのまま、アルスはもう一方の手で私の──私の頬を通り過ぎて、耳あたりの髪に触れる。
「え?あの、ちょ……!?」
更に、アルスの綺麗な顔が近づく。瞬きを忘れた、うるうると輝く青緑の瞳に吸い込まれそうになる。きめ細かく白い肌、長い睫毛。
アルスの呼吸と体温を感じ、反射的に目を閉じてしまう。
だめ……。だめなのに……。ドキドキしちゃう――……!!
「髪に魔物の内臓、ついてたぜ」
「何でえええぇぇ!!!!???」
「また会いに来る。そん時は、今日の礼の花束も持ってくるぜ。」
聖魔導士ギルドに所属するプロの療術士に看てもらったのもあって、アルスはすぐに動けるようになった。
もう陽も暮れかけて、私たちは一度別れることになった。とはいえ、アルスは旅の根無し草。明日はまだこの町の宿に泊まっているかもしれないけれど、次に会えるのは、いつかはわからないそうだ。
「今日知り合ったばかりだけど、なんだか凄く寂しいな」
「そう言ってもらえるなら、口説き甲斐もあったかな」
「もう!」
「あはは!」
――アルス。幻界からやってきたという、光のように輝いていて、風のように軽やかな魔剣士。
明るくて、人懐っこくて、気障で、強くて。今日一日ともに過ごしただけでも、彼のことは、忘れられない思い出になった。
「じゃ、達者でな」
「うん」
私たちは、握手を交わし、互いに背を向けて、それぞれの帰る場所に向かっていく。
街道で行き倒れを見つけたときはどうなることかと思ったけど、素敵な日になったな。
アルスの笑顔を振り返るたび、心がときめいて、幸せな気持ちになる。
しばらくは、彼からもらった軟膏の硝子容器を見て、にやにやできる気がするわ。
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黒猫横丁の夜。
宿屋の一室で、アルスは向かいの席に立てかけた愛剣を小突いた。
「――で?アレがお前の捜してた子?」
『うむ。あの髪、瞳の色……そしてチョーカーは、間違いない』
「じゃ、とりあえず目的は一つ果たしたってところかな」
アルスがわざわざ人間界に訪れた理由の一つに、この育ての親である魔硝剣・ミストラルの捜し人を求めてのことがあった。
彼の素性は、アルスもあまりよく分かっていないし、詮索するつもりもない。今回もなぜ、あのザラ・コペルニクスという娘を捜していたのか、それすらはっきりしていない。
だが、アルスはこれを一種の親孝行と考えて、無心で、ミストラルの示すまま、この地へとやって来た。
――とは言っても、おおかたの予想はついているが。むしろ、気づいていないのはザラ一人と、気づかれていないと思っているのも、この剣一振りだけのような気もしている。
『こちらへ来た真の目的を忘れるなよ』
「へーへー」
子供の頃から散々聞いたミストラルのお小言に辟易しながら、アルスはベッドに倒れ込んだ。
魔物と戦いザラと別れたあと、飛び散った硝子の破片を探すのに苦労させられた。いくら砕けたとしても、同じ幻界の物質に吸収されない限り元の姿に戻る魔法の剣は、唯一、その豪快な散り方だけは優雅さを欠いていた。
「ザラか……」
『良い子だった……』
「美人だしな?」
『惚れるなよ』
――本当に、隠す気あるのかコイツ。
心のなかで呆れながら、アルスは今日会った少女に想いを馳せる。
幻界にいたままではめぐり合うことすらできなかった。寝物語に聞いた、心優しく、勇敢な少女。
彼女の照れ笑いを振り返るたび、むず痒い喜びが心を支配した。
ああ、そうか、これが。
生まれて初めての感情に、涙が出るような温かさを感じながら、アルスは眠りについた。
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・アルスについては、まだプロフィールと魔法を明かせません。




