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間違い  作者: 三月
3/3

莉菜




 唐突に両親から呼び出された。ご丁寧に深夜、妹が寝てからこっそり来るように指定付きで。

 言われた通りに深夜のリビングに下りていくと、疲れた顔の両親が並んで座っていた。目線で促されて対面のソファーに座ると、目の前にパンフレットが差し出された。

 見てみるとそれは、山奥にある全寮制の女子校の案内のようだった。どういうことか、大体の想像はつくが、一応確認する。



 「これは?」


 「ここに転校するように、と」


 「誰からですか?」


 「生徒会役員の方々からだよ」



 思った通り。逆に想像通り過ぎて面白味の欠片も無い。

 生徒会役員たちは揃いも揃って、私の妹である陽菜に夢中だ。陽菜本人には全く相手にされていないのに、気付きもしないで言い寄る姿は失笑物だった。

 だが、自分の好きな人が他の女に言い寄る姿は、恋する乙女たちにとって耐えがたいものであるらしい。彼女達は陽菜に嫌がらせを繰り返し、その邪魔をする私に罪を着せる噂を流していた。役員たちはその噂を聞いたのだろう。憎々しげに私を睨んできていたが、とうとう実力行使に出たらしい。



 「まぁ、私は良いんですけどね」



 3年の一学期も半ばを過ぎたというとても微妙な時期だが、進路がほぼ確定している私は今から古めかしい淑女教育を掲げる学校に転校しても問題はない。問題なのは、



 「陽菜が確実についてきますね」



 こちらの方だ。

 あの行動力のある妹は、この話を聞いた瞬間から全てを棄てて私について来るだろう。

 成績優秀で将来有望な妹を、山奥の学校で腐らせるのはとても惜しいが、下手に断れば私に捨てられたと絶望して自殺してしまうかもしれない。それほどまでに妹は私に執着している。



 「どうにか出来ないのか」


 「無理でしょう」



 両親も無理に押さえつけた場合の妹の姿を想像したのか、諦めた様子で溜め息を吐いた。長年の経験から、私に関することで妹は絶対に引かないことを私も両親も解っている。



 「ギリギリまで隠しても、私がいなくなったら直ぐに気付くでしょうし、私が何も言わずに去った方が荒れるでしょうね」


 「そうだな…」



 いまだに私に褒められただけで感激して泣き出してしまう妹だ。いきなり私を取り上げたら、何をするか想像したくもない。



 「まぁ、転校の為の手続きは私と陽菜の2人分しておいて下さい。陽菜には私から伝えておきます」



 言うだけ言って、自分の部屋に入り鍵を掛ける。思わず口の端が上がっていく。許されるならお腹を抱えて笑い転げたい気分だ。まぁ、絶対にやらないけれど。

 正直、ここまで上手くいくとは思わなかった。生徒会役員達が馬鹿ばかりで良かったと、初めて彼らに感謝したくなった。

 そう、この転校は私自身が望んで計画したこと。彼らの耳に入るように私の悪い噂を流し、彼らの目に入る場所でこっそりと妹を褒めた。幼馴染みに頼んでそれとなく彼らに山奥の学校の存在を伝えて、後は結果が出るのを待つばかりな状態だったのだ。

 普通の精神だったらいくら好きな子のためでも、人の人生をねじ曲げるようなことは出来ないはずだろう。でも、私には確信があった。陽菜に関して彼らに正常な判断が出来る訳がないことに。



 記憶に有る限り最初から、陽菜は特別な子だった。私がしたら怒られるような悪戯も、陽菜なら全てが『許され』る。我儘も癇癪も同様だった。

 幼心に理不尽を感じていた私は、陽菜が悪い事をすれば怒った。そんなことをされたら他の人は悲しいのだと、どうにか妹に解って欲しかった。けれど、甘やかされて育った妹には私の言葉は鬱陶しいものでしかなかったらしく、ただ不機嫌になるだけで全く理解してもらえなかった。その上、私が陽菜を叱れば、私が正しくても陽菜を泣かせるなと叱られた。理不尽さに泣きそうになりながらも頑張り続けた私に、転機が訪れたのは私が6歳、陽菜が5歳の時だった。


 私には2つ上の幼馴染みがいる。彼の父と私達の父が親友らしく、家が近所なこともあり、頻繁に互いの家を行き来していた。

 その日は彼の8歳の誕生日。主役そっちのけで陽菜を可愛がる互いの両親に、この頃にはもう大人達の態度に慣れていた私と幼馴染みは、プレゼント貰えただけマシだよねと笑い合いながら別室で遊んでいた。

 そうして2人で遊んでいるところに、何故か陽菜がやって来た。それまで大人達に囲まれていたはずの妹の突然の登場に、私達はどうして良いのかわからず、固まってしまった。

 物珍しそうに部屋を物色していた陽菜の視線が、あるものの上で止まった。



 「それ、ちょうだい」



 陽菜が指差したのは、彼が持っていた玩具だった。それは、今日貰ったばかりの彼の誕生日プレゼント。



 「嫌だよ」



 当然のことながら、彼は拒否した。

 しかし、甘やかされ続け、自分の要望が叶えられないことのなかった妹は、相当なショックを受けたようだった。



 「ひながちょうだいっていってるのに!」



 癇癪を起こした妹は、彼に掴みかかって無理矢理玩具を奪おうとした。流石にそんなことをされると思わなかった彼は咄嗟に反応出来ず、陽菜は彼の手から玩具を奪い取った。

 しかし、彼が持っていたのは大きな船の形をした模型。5歳の妹には重すぎたらしく、抱えきることのできなかったそれは、ゆっくりと床へ落ちていった。



 ガチャン



 大きな音を立てて落ちた模型は、私達の目の前で壊れてしまった。割れてしまった船体部分を呆然と見ていた彼は、我に返って妹を憎々しげに睨み付けた。

 流石の妹もこれは自分が悪いと思ったのか、怯えたような目で彼を見つめて何かを言おうとした。

 しかし、妹が口を開く前に彼は妹に近付いて、



 ドンッ



 妹を突き飛ばした。

 彼の気持ちはわかるが、暴力は双方の為にも良くない。彼を諫めようとしたが遅かった。



 「何をしているの!」



 親達が妹を探しに来てしまったのだ。

 こうなってしまってはもう駄目だ。何を言っても親達は妹を庇って私達を責める。

 折角の誕生日なのに、プレゼントを壊された上に理不尽に怒られて涙ぐむ彼に寄り添いながら、私は諦めを含んだ眼差しで妹を見ていた。

 もう、諦めよう。私が何をしても意味はない。妹は『そういうモノ』だと思えば良い。その瞬間、私は妹に関わる全てを諦めた。



 なのに、それから何故か妹は私に懐くようになった。それまでべったりだった大人達と距離をとり、時には怯えたような顔を見せた。そしてあらゆることの判断を私に委ねるようになった。

 今までは鬱陶しそうな顔で近寄りもしなかったのが、私が言うことに真剣に耳を傾けるその姿に、私も真剣に向き合った。良いこと、悪い事を教え、良くできたときは褒めて、悪い事をしたら怒る。この時の私は単純に、妹がまともになったことを喜んでいた。


 しかし、小学校、中学校と進むに連れて、問題が出てきた。妹が私に固執するようになってしまったのだ。

 原因は陽菜の周りの人達だった。どうにか陽菜の気を惹こうとプレゼントを贈ったり、陽菜の言葉は全て肯定してそれを押し通そうとした。その姿はかつて陽菜の全てを『許して』きた大人達を彷彿とさせた。

 自分の全てを許す彼らに怯えた陽菜は、決して甘やかさない私に益々執着するようになってしまった。

 私だけに執着することを良くないと思いながらも、今自分が手を放したら壊れてしまうだろう陽菜を見捨てることも出来ず、打開策も見つからないまま高校まで来てしまった。


 私の進学先は慎重に決めた。陽菜が私と同じ学校に進むだろうことは容易に想像がついた為だ。下手な学校を選べば今までのように陽菜至上主義の宗教団体のようになってしまう。

 陽菜を狂信者達から引き離す為にも、吟味を重ねて地元から離れた実力主義を掲げる学校に入った。入学当初は此処ならと思っていたが、甘かった。

 陽菜は長い経験から当たり障りの無い対応を学び、ある程度他人と距離をとっていたのだが、それが周りからは平等な優しい人間に見えたらしく、中学卒業時には校外からも絶大な人気を得ていた。結果、翌年の我が校の受験倍率は異常な数値になっていた。

 盲目的な信者達に囲まれて日々笑顔の仮面が強化されていく陽菜。実力主義の生徒会なら『許される』ことも無いだろうと陽菜に進めたが、これも裏目に出た。

 彼等は直ぐに陽菜に落ちた。陽菜の提案したことは全てそのまま実行された。陽菜が優秀で分別のある人間に育っていたことは不幸中の幸いだったが、とうとう学校規模で陽菜が『許される』ようになってしまった。

 陽菜が何気なく呟いた一言さえ実現される。迂闊なことを話せなくなった陽菜の目から光が消えていく。


 これ以上は無理だ。

 表面上は取り繕いながらも、生気を失っていく陽菜の顔に、私は限界だと思った。これ以上この学校に居続ければ、陽菜は取り返しがつかないほど壊れてしまう。

 陽菜もそれは感じていたのだろう。私の転校を聞いた翌日には、私の分まで手続きを終えて逃げるように学校を去った。


 陽菜と共に新しい学校に向かうバスの中で、私は思う。

 幼い頃、陽菜を叱っていたのは嫉妬心も確かにあった。許され、愛され続ける妹を、私はきっと羨んでいた。しかし、今ならわかる。あれは違う、と。

 無条件に許し、自らの全てを捧げるその姿は確かに一見愛に見える。けれど、陽菜が拒んでも、逃げても群がるその姿に相応しい言葉はただ醜いだけの執着。

 陽菜を壊すだけのそれらから、この間違いだらけの日常から陽菜を救い出せる誰か。

 そんな奇跡のような存在に陽菜がいつか出会えることを願って、私は目を閉じた。





陽菜は莉菜に救われていますが、本人には自覚なし。

陽菜への感情は愛情7割、同情2割、責任感1割です。

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