第9話 「きゃああっ、とまっ、止まらないっ! 止まってえええっ」
金貨が二枚もあれば、たとえ我が家のあのおんぼろボートを壊してしまったとしても新しいものを購入できる。ならばあのボートで練習しない手はない。
メアリーが描いた自動で動く船は、モーターだとかエンジンだとかいう動力機関が、船尾のプロペラというものを回すことで推進力を得るらしい。プロペラの形状も描き出してもらったが、風車の羽に似ている。
風車の羽は風を受けて回りやすくするように設計するものだけど、ひとまずそれを真似て作ってみることにした。
ボートの船尾に、破損防止に木枠で覆ったプロペラを取り付けるのは簡単だったけど、プロペラと動力源、更に操作盤を繋ぐのが難しい。ひとまず今回は、お試しということでシンプルに、操縦者の魔力を流すことで動かす形式にした。
ボートの船尾に魔力が通る魔銅の細筒を這わせ、操作ハンドルとプロペラとを繋げてみた。後はハンドルに魔力を流せば動くはずだ。
「やったぁ! できた! さっそく試してみましょ!」
「待って、メアリー。一応オールも載せておかないと。途中で魔力切れおこしたら、地力で漕がないといけないんだから」
ボートに軽量化の術符を貼って、ふたりがかりで湖に浮かべる。オールも乗せて、おやつの紫芋チップスとお茶を入れた瓶をつめたバスケットも乗せて、ふたりでボートに乗り込んだ。
本当は家の敷地を離れるのはダメだけど……。我が家の船着き場の周辺をくるくる回るくらいならいいだろう。だって試したいし。
まず操縦席に座ったのは僕だ。ハンドルを握って、少しずつ魔力を流してみる。すると船尾にもうけた操縦席に、プロペラが回っている振動が伝わってくる。オールで漕いでいないのに、僕らを乗せたボートはすーっと動き出した。
「速い! ちゃんと進んでる! お兄様、これすごい!!」
「ああ、とりあえず試運転は成功かな? でも魔力消費が凄いから、動かすのは三十分くらが限界かも」
「お兄様、私もやりたい」
「いいよ、交代しようか」
ハンドルから手を離せば、魔力が途切れるのでボートも勝手に止まる。操縦席をメアリーに譲って、僕はボートの前側に座った。すると突然ぐんっとボートが急加速。大きく水しぶきをあげて湖を突き進んでいく。
「きゃあぁーっ! えっ、なになになに!?」
「メアリー! 速過ぎる! 魔力を絞れ!」
「何ソレどうすんの!? あ、こ、こう? こうかな? あっちょうどいい感じ!」
「いや良くないよ、まだ速いから!」
あっという間に湖の真ん中近くまで来てしまった。こんな速度じゃ、他のボートにうっかりぶつかってしまいかねない。
メアリーに一度船を止めさせて、操縦を変わる。高速で移動するのが楽しかったのか不満げだったが、きっちり叱ったら大人しくなった。まったく、大人だった頃の記憶も持っているはずなのに、何故こんなにお転婆なんだろうか。
「ううっ、湖の真ん中でボートに寝転がるのサイコー! だけど寒いー!」
「そりゃそうだよ、まだ四の月なんだから」
王都はフィロース領に比べて温暖な気候だから、この湖も冬でも薄く氷が張る程度で、完全に凍ることはない。それでも、まだようやく雪が溶けたばかりなのだ。湖の上なんて、寒いに決まっている。
「くう、暖房器具があれば……。そういえば暖炉しかないの不便だなー。ヒーターとかこたつとか部屋に置きたい……。ってももう暖かくなるからいらないかあ。お兄様、次の冬までに暖房器具作りたいです」
「それはいいね。夏の間に量産できるように準備しておいたら秋から売れるかも」
「私も自分で作りたいから、魔導具の作り方教えて!」
「じゃあまずは読み書きがしっかりできるようになってからね」
「うっ、はーい」
ぶいーんと手こぎより少し速いくらいの速度で、ボートを動かしながらのんきに今後の予定を話していた時だ。
「おぉい! おーい! そこのボート、止まってくれっ!」
「え?」
「おーいっ、と、わ、わ、うわあっ!」
後ろから誰かに呼ばれた。
何事かと振り返れば、身なりのいい少年がボートの上に立って大きく手を振りながらこちらに身を乗り出していたのだが――バランスを崩してしまったのだろう。少年の乗っていたボートが派手な音を立ててひっくり返ってしまった。
「わ、大変! お兄様!」
「ああ、ちょっと待って」
大急ぎでボートを旋回させて、ひっくり返ったボートに近づく。僕らが辿り着いた時には、少年はもう地力で水面に顔を出していた。
メアリーアンがオールを少年の方に差しのばす。
僕もボートを止めて、オールに掴まった少年を、メアリーと一緒に、自分たちのボートに引き寄せた。このままボートに乗せてやりたかったけど、重みでこちらのボートまでひっくり返りそうになって、断念。
「君、このロープに腕をひっかけて。このまま船体を掴んでいられる? メアリー、僕がこの子を掴んでるから、ボートを岸に寄せて」
「了解!」
少年の腕に、係留用のロープを引っかけ、身体を支えるようにしっかり掴む。メアリーアンは大張り切りで操縦席に戻り、操縦ハンドルに魔力を流し込んだ。
「ぅぐっ!」
「ひぃぃっ、げほ、がぼぼぼぼっ」
「メアリー! 速過ぎる!!」
「ごめんなさーいっ! 加減がきかなくってえっ! あっ、でももうすぐ! すぐ着くから頑張ってぇ!」
「お、おうっ、ぶっ」
最高速度よりは大分遅いとはいえ、船体にしがみついている格好の少年と、彼を押さえている僕は思いっきり冷たい湖の水を被っている。少年などは顔にしょっちゅう水しぶきが降り注いで、顔を水面から出しているのに溺れてしまいそうだ。
どうしよう、これでこの子に何かあったら僕らのせいになるのか……? 見たところすごくいいところの坊ちゃんっぽいしな……。
「きゃああっ、とまっ、止まらないっ! 止まってえええっ」
「げっ」
こんなことなら僕が操縦するんだった!
心底後悔したけど、もう遅い。メアリーがとっさにハンドルから手を離したけれど、タイミングが遅すぎて、僕らが乗った小舟は、石造りの船着き場に衝突。ボートは見事ひっくり返り、僕もメアリーアンも湖に投げ出されたのだった。
次回更新→本日19時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




