第10話 生ウィル様ってなんだろう。
「なんってことしてるのこのお馬鹿たち!!」
怒声の後、脳天に直撃したげんこつに、僕とメアリーアンは揃って悲鳴を上げた。
僕らは現在、ふかっふかの毛足の長い絨毯の上にセイザという東方の作法で座らされている。この座り方、しばらくすると足がとっても痺れて拷問のように辛い。この辛さを、フィロース家では体罰代わりに取り入れている。叱られる時は基本セイザだ。
今回はセイザだけでなくげんこつまで貰ってしまったけれど、それも仕方ない。解ってる。僕だって今回はかなりマズイことをしたと自覚してるから。
なんせ、王国内でも屈指の名家、セイクリッド公爵家の船着き場にボートを突撃させ、ご嫡男を危険な目に遭わせてしまったのだから。
……いや、嫡男が湖に落ちたのは彼のミスだけど、それにしたってその後があんまりにもあんまりだった。
「裏庭で大人しく遊んでるかと思ってたら! 勝手にボート遊びして、他所様のご子息を巻き込んで湖で溺れかけるだなんて! リオン、あなたまで一緒にいて何やってるの!」
「申し訳ありません……」
「ご、ごめんなさい……」
全くもって返す言葉もない。
毛布にくるまったまましゅんとうなだれる。こういうときはとにかく反省している様子を見せるのが重要だ。
「あ、あの、フィロース子爵夫人。違うんです、俺がひとりでボートから落ちて、ふたりは俺を助けようとしてくれて……」
怒れるお母様をとりなしてくれたのは、セイクリッド公爵家の嫡男、ウィリアム・レオ・セイクリッド。そう、ボートから落ちた少年だ。確か貴族名鑑での生まれ年からして、御年七つ。流石公爵家のご子息、七歳にして言葉遣いもしっかりしている。そしてありがとう、庇ってくれて。
遙かに格上の公爵家の嫡男の登場に、お母様もいくらか冷静になった。ご迷惑をおかけした他家で声を荒げるなど、貴族夫人としてあるまじき失態である。それを思い出したか、お母様は慌ててセイクリッド公子に謝罪した。
「んっ、んんっゴホン、これはお見苦しいところをお見せして、大変失礼いたしました、公子様。フィロース子爵家のミリアムと申します。このたびは、我が家の子ども達が大変なご迷惑をおかけいたしまして申し訳ございません」
「いいえ! あの、本当に、ご迷惑をおかけしたのは俺の方なんです! ものすごく速く走るボートを見ていてもたってもいられなくて、ひとりで追いかけた上に興奮しすぎて自分のボートを転覆させてしまって!」
セイクリッドの公子様は、あらためて経緯を説明してくれた。
日課の散歩の最中、船着き場で湖を眺めていたら、ありえない速さで水上を進むボートを目撃。どんな屈強な大人が漕いでいるのかと思いきや、ボートに乗っていたのは自分と歳の変わらない子どもがふたり。しかもどちらもオールを漕いでいる様子もない。帆があるわけでもなく、また風も強くもないのに爆速で進むボートに、何事かと興味を惹かれた。
そのボートが湖の真ん中あたりで停止したので、自家のボートを漕いでせっせと近づこうとしたところ、爆速ボートがまた動き出し、目の前を通り過ぎていこうとしたので、慌てて声をかけ呼び止めようとして……。結果、身を乗り出しすぎてボートから転落してしまった、らしい。
その爆速ボートはセイクリッド家の頑丈な石造りの船着き場に突撃して、大破してしまったのだが。結構な音がしたので、様子を見に来たセイクリッド家の使用人が湖でばちゃばちゃ溺れかけていた僕らを見つけて、素早く救出してくれたのだ。
事情もよく解らぬまま、セイクリッド家のメイドたちは僕らを着替えさせ、応接間の暖炉の前に連れて行き、毛布も貸してくれてホットミルクも出してくれた。僕たちのボートには一応フィロース家の所有であると示す家紋が船体に刻まれていたので、それを見てフィロース子爵家に連絡もしてくれたようだ。
で、お母様が大慌てで駆けつけて、無事な僕らに安心したあと大激怒したのだった。
セイクリッド公爵夫妻は不在なようで、応接室に居るのは僕ら親子と公子、それからセイクリッド家のメイドと執事だけだ。メイドが給仕してくれたお茶をいただきながら経緯を聞いて、お母様はものすごくもの言いたげな顔で僕らを睨んだ。
「……爆速で走るボート、ですって? リオン? メアリーアン?」
「ご、ごご、ごめんなさい、お母様……っ!」
「魔力を動力源に自動で走るように改造したボートの試運転を……ちょっと……」
「あっ……! ……! ……っ、ぅ!」
貴方たち、何やってるの! だろうか。今お母様が必死に飲み込んだ言葉は。
人前で感情のままに声を荒げるなど、貴族にあるまじき所業である。その一心で、お母様は三回深呼吸をした。笑顔がとっても引きつっていて正直怖い。今はいいけど、家に帰ってからものすごく怒られるんだろうな。
「あのボート、君たちが改造したのか!? 魔力を動力源ってどういうことだ!? どうやって作るんだ!?」
ずずいっと身を乗り出して、大興奮の面持ちとなった公子様。彼は魔道具に興味があるらしく、自分のボートも自動船にしたいようだった。
自動船の設計は、発案はメアリーアンで、僕とメアリーアンの共同開発だと告げたら、ますます興奮して大変だった。特に自分より小さなメアリーが、画期的な発明を思いついたことに驚いたようだ。キラキラした目で、他にどんなものが作れそうか、作るところを見せてほしいとか、自分も作ってみたいとか……。
僕としては構わないけれども、公爵夫妻が何と言うか解らない。ご両親の了承が得られるなら、我が家に招待すると約束して、その日は僕たち親子はセイクリッド家の馬車で家まで送って貰った。
道中、お母様は改めて公爵夫妻に謝罪にうかがわないと……とぶつぶつつぶやいていたけれども、メアリーアンもまた、ぶつぶつつぶやいていた。
「ウィリアム・レオ・セイクリッドって、ウィル様だよね!? 間違いなくウィル様だった! ふああああまさか生ウィル様幼少期を拝めるだなんて! ってかウィル様この頃から魔道具大好きっ子だったんだ!? はぁー可愛すぎかよ、推しと間近で話せたとか超ラッキー! まあ公爵夫妻が貧乏子爵家との交流をオッケーするとも思えないからこれっきりだろうけど、生ウィル様見れただけでご飯三杯いけるわー!」
ウィル様って、メアリーアンが前に独り言で話してた子か。まさかセイクリッド公子のことだったとは。生ウィル様ってなんだろう。
よくわからないけれど、幸せそうだからまあいいか。
我が家のおんぼろボートは大破してしまったし、帰宅したらお母様にものすごく怒られることは確実だけれども、一応試運転は成功したわけだし。速度制限を設けるとか、もっと安全に配慮して改良すべき点も見えてきたしね。
「へっくし!」
この晩、冷たい湖に落ちたおかげで、僕とメアリーアンは揃って風邪を引いてしまい、お母様の小言を聞きながら寝込むはめになったのだった。
次回更新→明日7時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




