第6話 お母様、失礼です。
慣れない社交でへろへろに疲れ切った両親が帰宅したのは、すっかり陽も暮れたあとだった。
「ああ、メアリー、今日は大人しくしていた? 貴方が病み上がりだから、本当は私だけでも残りたかったのに……」
「すまない、すまない、どうしてもあの夫人方は苦手で……私一人では……うっ、胃が……っ」
「お父様、座ってください。はい、薬湯」
昨日熱が下がったばかりの妹を、出かける直前まで心配していたお母様は、メアリーアンの頬をもにもにしながら体調を確認している。どう見ても今体調が悪いのはお父様の方だと思うのだけど……。
今日二人が参加した昼餐会とお茶会は、どちらも社交界で影響力の強い夫人主催のものだったからなぁ。正直両親が参加したところで、何ができるとも思えないが、賑やかしのためだとしても格上の相手から招待されたのに不参加だと、睨まれてしまうかもしれないしね。
そっとお父様に胃痛に効く薬湯を差し出して、お母様には白湯を渡した。ふたりはそれをぐっと飲み干してから、一息ついてそのまま全員で食堂へと向かった。夕食の準備は既に整っている。
「あら?」
「おや、これはなんだい?」
いつもの庭の畑の野菜スープと、カチカチの黒パンという代わり映えのないメニュー……だけではない。
「それは芋チップスもどきです! 本当は油で揚げたかったけど、サリーがそんなにたっぷり油使うのはもったいないっていうので、薄切りにした芋に油を振りかけて、オーブンで焼いてみました!」
ふんすふんすと鼻息荒く説明しだすメアリーアンに、両親は目を丸くした。それもそうだろう。たっぷりの油を熱して、食材に火を通すなんて調理方法、このあたりでは聞いたこともないんだから。
「ん、パリパリしてるわ。お塩をふってるのね?」
「これは……うまいな。芋を薄くカットして火を通すとこんな食感になるのか。いや、これは面白い。酒場でつまみとしても人気が出そうだな」
「でしょう!? お芋をくし切りにして揚げてもほくほくして美味しいんですよ! こっちは紫芋バージョンです! 紫芋の方は溶かしバターをかけてオーブンで焼いてみました!」
「あらぁ、バターのしょっぱさと紫芋のほのかな甘みがほどよく……これは、手が止まらないわね……」
「ん、あの紫芋は原産地でとれたものに比べて味が全然おいついてなかったんだが……。こうして食べるとなかなか……」
芋チップスも紫芋チップスも好評だったので、メアリーアンはとても得意気だ。頑張ってたくさんの芋を極薄切りにしてくれたサリーも、大げさなほどに褒められて嬉しそう。
ドライヤーのお披露目は、食事のあと、隣接する談話室に移動してからおこなった。
「変わった形をしてるのね。ここを押せばいいの? まあっ、風が……。へえ、これで髪を乾かすのね? 確かにこれならはやく乾くわ」
「それだけじゃないんですよお母様! 濡れた髪の自然乾燥は、髪が傷むんです! ドライヤーで手早く乾かすことで痛みも減りますし、温風をあてることで髪のセットも……」
「まあ、それは詳しく聞きたいわね?」
「んん? これはリオンが作ったのかい? ほうほう、よく出来てるな。魔術回路はどうしたんだ? 分解してみていいか?」
「分解はやめてください、お父様。魔術回路はこれを入れてます」
学者であるお父様は、ドライヤーの用途より仕組みが気になるらしい。
でも分解はやめてほしい。また組み立てるのが面倒だ。設計図を渡せば、お父様はそちらに夢中になった。
「最低一ヶ月、家の中で使用感を試してから商業ギルドに登録したいと思います。お母様、ラルフ叔父様にご相談できませんか?」
「ええ、もちろんよ。今夜さっそく使ってみましょう。芋チップスのレシピも登録するのかしら? もしそうするなら、ちゃんと油で揚げる、だったかしら? そうしたものと食べ比べて、美味しい方を登録しましょう。油は明日、市場に買いに行きましょうか」
「いいんですか!?」
満面に笑顔を浮かべて喜ぶメアリーに、お母様も満足そうに頷いた。
「ええ、ドライヤーは登録までに時間がかかりそうだけど、芋チップスと紫芋チップスの登録はすぐ出来そうだもの。久しぶりの現金収入が得られそうだわ。……ところで、これらはリオンが考えたの?」
「いいえ、全て発案はメアリーアンです」
「まあ。すごいわ、どうして食材を油で揚げるなんて思いついたのかしら?」
「え? ええっと、お、お兄様に読んでもらったご本に? そんな料理があったようななかったような?」
「そうなの、すごいわね、メアリー。ドライヤーもあなたが考えたのでしょう?」
「お、お風呂のあと、髪が濡れてると寒いから! すぐ乾いたらいいなーって思って! お兄様すごいんですよ、こんなの欲しいって言ったら、三時間くらいでちゃちゃっと作っちゃったんです!」
「まあそうなの……。リオンが初めてまともに役に立ちそうなものを作ってくれたわね……。嬉しいわ……!」
お母様、失礼です。まるで僕が今まで作ったものが役に立たないような言い様。……確かに去年までは魔術回路への理解が浅くてよく失敗もしましたけど。最近は練習中に爆発させることもほぼなくなったのにな。
領地の屋敷でも畑を耕す道具を作ろうとして失敗したりもしたけれど。練習用に作った魔道ランタンなんか、買わなくてすんだと喜んでなかったっけ?
ともあれ、両親も前向きに協力してくれそうなので、明日は市場だな。僕はどちらかというと、王立図書館に行きたいんだけど……。ダメかなぁ? このお母様とメアリーの興奮ぶりだと、ダメだろうなあ。
こんな時、従僕でも雇えていたら、別行動とかもできただろうけど。いないものはいないのだから仕方ないか。
次回更新→明日7時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




