第5話 「アイディアがあっても先立つものがない……世知辛い……」
木材に魔力を流しながら加工し、形を整える。あらかじめ試し書きしておいた魔術回路を、温風の出る筒と持ち手の内部に、クラーケンの墨に魔力を溶かし込みながら書き込んでいく。ここで集中が途切れると、回路が雑になって魔道具が上手く作動しない。慎重に、集中して作業をこなし、最後に持ち手部分に小型の魔石を埋め込んだ。これは去年、僕が狩った一角ウサギから取った魔石を加工したものだ。
魔物の魔石は、魔物の強さや大きさに応じて魔力の再充填ができるから、魔力を入れ直せば繰り返し使える。一角ウサギくらいだと数回が限度ですぐ割れてしまうけど、一角ウサギの魔石くらいなら、普通の貴族なら子どものお小遣いでも買える。だいたい銀貨二枚くらいかな。貧乏な我が家にとっては馬鹿にならない出費だけれど……。
魔石は魔道具の大事な動力源にもなるから、なるべく売らずに取っておいているのだ。自分で狩れば無料だと気付いて、去年はとっても頑張った。お陰でまだ数に余裕はある。
自分の魔力を供給することで稼働するタイプと、魔石を使うタイプ、両方作ってみた。うちの家族はそこそこ魔力が多い方だけど、魔力が少ないひとにとっては魔石を使う方がずっと楽だからね。
「お兄様! ウチの庭ちょっとすごくないです!? 素材の宝庫だったんですけど! ハーブ類はだいたい揃ってるし、アロエまで! これなら香りのいい石けんもハンドクリームも作れるわ!! ハーブは料理にも使えるし!」
……妹よ、庭が有用なのはわかったから、乱暴にドアを開けるのはやめて欲しい。ウチ、古くてあちこちガタが来てるんだから。
「ちょうど良かった、メアリー。石けんやハンドクリーム? を作るのは後で手伝うから、これでいいか見てくれる?」
「え? はぁ!? うっそでしょ、まさかもうドライヤー出来ちゃったの!?」
「こっちは自分の魔力を消費して稼働させるタイプで、こっちは魔石を使用するタイプ。設計上では、一角ウサギくらいの小型魔石でも連続五十時間くらいは動くはずだよ」
「十分すぎでは!? うわあ、ほんとに温風が出る! すっごい! 木製のドライヤーだ! どうなってんのこれ、お兄様天才か!?」
先達が開発した魔術回路をアレンジしただけなんだから、天才は褒めすぎだ。でも手放しで褒められるのは、まあ、悪い気分ではないな。うん。
世に出回っている魔道具は武器や護身具がほとんどだけど、それらの技術はこうして生活魔道具にも応用できる、というのは既に証明されている。
これまでそういった生活魔道具で普及してるのって、曾お祖父様が発明した魔道ランタンに端を発した魔道灯の他、水の浄化装置くらいだ。まあ、それらが突出して人々の生活を豊かにしたからこそ報償として領地を賜ったんだけど。
……その領地に手がかかりすぎてお祖父様たちはあんまり研究に没頭できなかったっていうのはすごい皮肉だ。可哀想。きっと研究三昧没頭したかっただろうに。
「これなら、ヘアアイロンもすぐ作れるんじゃ!?」
「鉄は高いからなぁ……。材料があればすぐ作れるよ」
「くぅ……! ではまず、このドライヤーを販売……。販売……どうやって? 量産ってできるものです?」
「魔石有り無しそれぞれ十個分くらいなら材料あるから、二十個ならすぐ作れるかな。でも量産を目指すなら、先に設計図を商業ギルドに登録した方がいい。お父様はこういうのはてんでダメだけど、お母様の弟……ラルフ叔父様が商業ギルドで働いているはずだから、相談した方がいいかも?」
メアリーはすぐにも商業ギルドに押しかけてしまいそうな勢いだったけれど、アポナシ訪問はだめだよね、と我慢してくれた。アポナシってなんだろう? 前世の言語だろうか。
結局その後は、メアリーアンが作りたいと言っていた石けんやハンドクリームのレシピ作成作業をすることになった。
それを見るに、メアリーの作りたい石けんは、一般に普及しているものと少し作り方が違うようだ。貝殻か海藻の灰で灰汁をとって油と混ぜる、ねぇ。ふうん。油は獣脂でもできはするけど、植物性のほうがいいのか。臭いとかの関係かな? 精油やハーブで良い香りをつけることもできるんだ? それは女性が好みそうだな。貴族にも人気はでそう。
王国ではソソプの実を粉末にして水で練って固めた石けんが主流で、庶民は近隣の野山に生えてるソソプの実を自分で粉末にしてるけど……。別にいい匂いとかしないしね、あれ。
ハンドクリームは……蜜蝋は高いからなぁ。というかそもそも植物性の油がまた、そこそこ高いんだよね。我が家では……安い油しか使ってないはずだよ。こういうの作るなら、新しい綺麗な油がいいはずだよね?
「アイディアがあっても先立つものがない……世知辛い……」
メアリーアンはすっかり落ち込んでいたけれど、それが現実だ。仕方ない。
……なんて、諦めるわけはなかった。
「お兄様! こうなったらまずはドライヤーを売って、できたお金で他の材料を仕入れましょう! あとできたら食糧も……! もっと調味料があれば、美味しい料理やおやつが作れるんだから……!」
料理かぁ。料理ねぇ。
まあ、うちみたいに使用人も最低限を下回ってる貧乏子爵家、それも数年前まで跡継ぎになる予定もなかった一家だもの。お母様も普通に台所に立つし、メアリーアンも僕も物心つく前から芋洗いとか手伝っていたけれどね?
君、まだ包丁握ったこともないのも忘れてるよね。
ニホンとやらの食文化がどんなものなのか、という点では興味があるから突っ込みはしないけれど……。
あ、そういえば。
「……美味しい料理のレシピも、高位貴族の間で高値で取引されていたような? 商業ギルドでも権利登録できるようになったって前に叔父様が言ってたな」
「それだー!」
大興奮のメアリーアン。
今度は、メアリーアンが食べたい、作りたい料理とやらのレシピの口頭説明を、ひたすら書きとめるはめになった。
余計なことを言ってしまったな、流石に手が疲れたよ。
次回更新→本日19時
カクヨムにて先行連載中。




