番外編2 ウィリアム①
「流石は、セイクリッド家の公子様だ。実に聡明でいらっしゃる」
表面上はにこやかに、しかし値踏みするような視線が、頭上から降ってくる。従姉妹の誕生日だからと、気乗りしないながらも参加したガーデンパーティーだったが、到着早々もう帰りたくなってしまった。
従姉妹は相変わらず我が儘放題で、甲高い声で不満を訴えている姿は、見ているだけでもうんざりしてくるし。
もう五歳になるのだから、そろそろ分別を持つべきだろうに。
父やセイクリッド公爵家におもねって、思ってもいないおべっかを並べ立てる大人たちに囲まれ、愛想笑いを浮かべて。暴れるのに飽きた従姉妹が、俺を見つけて駆け寄ってきて、使用人や客への文句を並べ立てるのを、装いを褒めることで封じる。
そんな時間が楽しいわけもなく、浮かべた笑顔が固まって、そのまま顔に張り付いてしまうんじゃないかと思うほどだった。
「ウィルお兄さま。わたくし、こんどお茶会をひらくの。乳母が、お友だちをえらびましょうっておっしゃってたわ。お兄さまもいらしてね?」
「……そうだね、時間があえば」
従姉妹であるローゼリア・リリー・エルファイトは、エルファイト侯爵家の唯一の嫡女で、母の妹にあたるエヴァンジェリン王女の娘だ。先王であるお祖父様としては、王女の降下先は公爵家が望ましかったようだけれど、エルファイト侯爵家の強い要望と、エヴァンジェリン叔母様の意向が尊重された。
しかしその叔母様も、ローゼリアを産んですぐ、産褥でお亡くなりになっている。そのせいか、エルファイト侯爵家ではローゼリアがどんな我が儘を言ってもまかり通ってしまうようになっているのだ。
母も姪のその様子には眉を顰めているが、他家のことだからと口出しもできず、苦々しく見ているばかりだ。
ローゼリアの面倒を見てあげて、と母上に頼まれているから、面倒だけど仕方ない。思いのままに来客に失礼な発言をするローゼリアを嗜め、とりなし、場を壊さないよう留意する。
そんなしんどい時間を乗り越えた、翌日のことだ。
俺が、あの兄妹と出会ったのは。
見たこともないほど速く進む小舟を追って、間抜けにも湖に落ちてしまった俺を助けてくれた兄妹は、フィロース子爵家の子どもたちだった。
聞いたことのある名前だと思ったら、魔道灯や水の浄化装置を作り出した、魔道具開発の先駆者、ヒューゴ・フィロース博士の家だ。二人はヒューゴ・フィロース博士の曾孫にあたるらしい。
フィロース博士は、俺にとって尊敬する偉人のひとりだ。父上や母上が、博士の発明のおかげで夜も明るくなり、王都は清潔になって、疫病も減ったのだとおっしゃっていた。
約七十年前、不衛生な環境が原因で、疫病が蔓延した。美しいネルヴァー湖も、王都に張り巡らされた水路も、排泄物の悪臭が漂っていたという。
たくさんの人が亡くなって、病の根源が不衛生な環境だと判断した先々代の王が環境整備を命じたところ、王立研究所の局長を務めていたフィロース博士が大規模な水の浄化装置や、上下水道のシステムを作り上げたのだ。
下水の処理だけでなく、水をくみ上げるポンプなども開発し、おかげでわざわざ井戸で水を汲まなくても、蛇口を捻れば簡単に水が供給されるようになった。
平民の家や古い家はまだ旧式で水道が引かれていない家も多いそうだけれど、貴族の屋敷はほとんど博士のおかげで快適になったと言って良い。
王都の歴史について学ぶにあたり、絶対に外せない人物――その曾孫たちもまた、とんでもない非凡な発明家だったのだ!
自動で走る船、自動船の発案者であるメアリーアンは、たったの五歳。あのローゼリアと同じ年齢だなんてとても信じられない。利発でよく口がまわり、父上相手に商談を始めてしまったのには本当に驚いた。
実際に自動船を魔道具として作り上げたのは兄のリオンで、俺より二つ年上の九才。落ち着いた雰囲気の穏やかな気質で、妹をとても可愛がっているようだった。
こう言うと、とても傲っているようだが――二人に出会って、初めてまともに会話ができる同年代の子と出会った、と思ったものだった。
貴族の子弟は、十才になるまでほとんど外出をしないので、今の俺が会う機会のある子どもは大抵親戚や寄子貴族の子弟だ。親戚とは王都で、寄子貴族の子らとは領地で、パーティーの際などに会う機会がある。
だけれど同じ年頃の子とはどうにも話が噛み合わないか、何を言っているのか支離滅裂で疲れてしまうことが多かった。どうやら学習進度があっていないのが原因のようで、年上の子となら、無理に会わせなくても会話が成り立つが、こちらはこちらで我が家に擦り寄って良い目を見ようという魂胆が透けて見える。
どちらも疲れるのは同じだから、あまり関わりたくない――などと、思っていた矢先の出会いに、俺は自分でも自覚するくらいには浮かれていた。
護衛兼従者のジョセフがちょうど王立魔法学院を卒業したばかりで、いくらでも連れ回せるようになったのを良いことに、頻繁にジョセフに頼んでフィロース子爵家のタウンハウスに通い詰めるくらいには。
ポンポンといろんな目新しいアイディアを出すメアリーアンも、それをあっという間に形にしてしまうリオンも、ふたりの才能を伸ばし、不足分を補うフィロース子爵も、熱中しては寝食も忘れる彼らを時に叱り、時にフォローする子爵夫人も。俺にとって、みなとても好ましい人たちだ。
フィロース家の人々は、最初は公爵家の俺に萎縮する様子を見せたが、すぐに慣れてしまって、だんだんと「子どもの友達が遊びに来た」くらいの反応になっていった。それがまた、新鮮で面白い。
だけれど、親しくなればなるほど、見えてくるものもある。
本当に皮肉なことに、夜の灯りや上下水道という素晴らしいものを王国にもたらしたフィロース子爵家のタウンハウスは、旧式で手入れも行き届いておらず、困窮している様子すらあったのだ。
父上が調べたところによると、実際少し前まで、大層苦しい状況であったらしい。
素晴らしい発明の功績で領地を賜った子爵家だったが、元は王家直轄地だったその土地は、あまり作物の実らない不毛な土地だった。それに加え、数年前の北西部での大嵐と流行病により大打撃を受け、資金繰りが厳しくなったのだそうだ。
それが、ここ最近はドライヤーや美味しい料理のレシピなどを商業ギルドに登録し、少し回復傾向になりつつあったという。
料理にはアンテック大陸原産の食材がよく使われており、それらはフィロース子爵が爵位を継ぐ前、王立研究所で品種改良にいそしんでいた救荒作物だった。
自然災害による窮状を、知恵と工夫で打開していったのだ。
――流石は、フィロース博士の子孫だ!
次回更新→明日7時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




