番外編1 ショーン②
「それじゃあ、貴族の義務を果たそうか」
「はいっ!」
静かな少年の声に、弾けるような幼女の声が返る。
そうして、眼を焼くような閃光が雨のように降り注いだ。
光に遅れて、轟音が響く。
また鋭い稲光が地から宙へ駆け上がったかと思えば、呼応するかのように天から地へと光が走る。
その繰り返し。
何度も、何度も。
いつの間にか降り出した激しい雨に濡れているのにも気付かず、ただ呆然とその光景を眺めていた。
「――お嬢! 坊ちゃん!」
呆けていたオレを現実に引き戻したのは、マロウ卿の悲鳴染みた怒声だった。
天上から文字通り降り注ぐ雷。地上ではそれを受けて焼け焦げ、ばたばたと倒れ伏す魔物の群れ。
そんな地獄絵図のような光景を産み出した、不格好なローブ姿の兄妹。
その細く小さな身体がぐらりと傾ぎ、見張り台の上に倒れ伏した。
「医者を……!」
「待て、魔力枯渇を起こしかけてる。ポーションを! 原液はダメだ! 魔臓に負担がかかる。薄めたものをすぐに飲ませるんだ!」
慌てて兄妹を抱えようとするマロウ卿を止めたのは、ガトーだ。念のためにと用意してあった薄めた魔力回復ポーションを、坊ちゃんたちにゆっくりと飲ませる。ふたりとも意識はなく、今にも息絶えそうな程に顔色が悪い。
ポーションを飲ませたことで、ほんの少し容態が落ち着いたのを見て、マロウ卿は大きく安堵の息を吐いた。
「すまん、ガトー。助かった」
「いえ。恐らく命に関わることはないでしょう。医者ならギルドの救護室に詰めていますから、そちらに運びましょう」
「ああ。本当に肝が冷えた……。まさかこんな……。前に中層でやったときとは比べものにもならん……」
そうつぶやくマロウ卿の声は、微かに震えていた。術者が倒れても、まだまだ雷の雨はやんでいない。
「本当に……。生きている間にこのような魔法を見られるとは、思ってもみなかった」
戦闘魔法使いのA級冒険者であるガトーの声にも、どこか畏れが混じる。魔法使いではないオレにも、この目の前の光景が、それを引き起こした兄妹が、とんでもないことだけははっきりとわかった。
だけど。
だけど、なあ。
「おい、おふたりさん。さっさと坊ちゃんとお嬢を安全な場所に連れていけよ。これ以上濡れたら風邪まで引いちまう」
「あ、ああ。そうだった」
「そうだな」
マロウ卿がメアリー嬢ちゃんを、ガトーがリオン坊ちゃんを抱え、防壁から降りていく。
オレはだんだんと落雷が減っていくまで、じっと地上を見つめていた。目視でも、魔物たちが落雷に怯え逃げ惑っているのがわかる。こちらに押し寄せようとしていた一団が、森に逃げ帰っていった。防壁に群がっていた魔物は、焼け焦げ倒れるか、大ダメージを受けてのたうち回っているばかり。
――これなら。
ぐっと拳を握りしめ、防壁から下へと駆け下りる。
魔物の気配に取り囲まれ、怯え、しかし戦うこともできず、何もできず、じっとしているしかなくて鬱屈していた野郎共が、ギルドの前の広場で呆然と天を見上げて立ち尽くしていた。
坊ちゃんたちの作り出した雷雲は、防壁の縁から魔の森との間の草原に広がっていて、そのこの世の終わりのような光景は、防壁の中からも良く見えたろう。
皆何が起こったのか解らないというように、呆然としている。
やがて、最後の雷が落ちたあと、しんとあたりは静まりかえった。
すう、と深く息を吸い込む。
「――出番だぞ野郎共ッ!!」
腹の奥から、力を込めて声を張り上げた。
「数は激減! 森に逃げ帰ってるのも多数! まだ突っ込んでくる奴らの数は、せいぜい数百!」
ひとつ、大斧の石突きを石畳に叩きつける。
「喜べ、いつもみてぇに森の中を探し回る必要もねぇ! 向こうさんからおいでくださってるからなぁ! オラ、刈り入れ時だ、気合い入れろォ!!」
もひとつ石畳を叩いて、愛用の得物を天に突き上げれば、呆けていた連中の顔に、死んでいた眼差しに、光が戻っていく。
「オォォ!!」
「そうだ、やったらぁ!」
「稼ぎ時だァァ!!」
野太い歓声が鼓膜を揺るがした。地面が震えそうな程の雄叫びが、広場を埋め尽くしていく。
不安と恐怖は畏怖に。
畏怖は興奮に。
興奮は勇気に塗り変わる。
そうだ、これでいい。
冒険者なんてのは、負けん気が強くなきゃあやっていけねぇんだからな。
「ショーン」
ミーナの声に振り返る。パーティメンバーは、フル装備で揃っていた。どのツラも、やる気満々だ。
「たまにはアンタのバカデカい声も役に立つもんだね」
「ケッ、うるせぇよ」
「いつもの陣形で行くぞ」
「……」
大斧を肩に担いで、防壁の門へと足を向ける。閉ざされていた頑丈な門扉が、ゆっくりと開かれるのを、焦れながら待った。
「あんなガキ共がぶっ倒れるまで義務を果たしたんだ。オレらも負けてらんねぇだろ」
「うん、そうだね」
「ああ」
「……森からまだ少し、流れこんできてる。油断はするな」
「おうよっ!」
門が開く。
神の鉄槌がごとき雷に蹂躙された地に、未だしぶとくはびこる魔物たち。
けれどその数は、随分と減っていた。
それでも十分脅威ではある。
――だが、絶望するほどではない。
「行くぞぉぉおおぁぁ!!!」
鬨の声をあげ、突貫する。
目覚めたあの子どもたちに、もう大丈夫だと、この街は安全だと言ってやる為に。
雨はもう、やんでいた。
次回更新→本日19時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




