第39話 まあ、ウチが貧乏なのは今更だしね。
まるで脳みそをぶんまわされ、胃の中をかき混ぜられているかのように、頭は痛むし吐き気が酷い。身体が起きているのか寝ているのかすらわからないし、そもそもいっそのこと、もう一度意識を失いたい。
そう思ってしまうくらい、目覚めの体調は最悪だった。
「……あっ! 坊ちゃん! 気ぃつきましたか! おいっ! 誰か医者を呼べ!!」
「……ショーン? 声、大きい……」
「あっ、すんません」
大声が頭に響くと顔を顰めれば、ショーンは声と一緒に大きな身体を縮こまらせた。
さっと周囲を目視で確認。場所はギルドの救護室のようだ。なんとか寝台の上で身体を起こせば、隣でメアリーアンが寝ているのに気付いた。ぐっすりと眠っているようだが、顔色は悪い。
さっと見た限り、救護室のベッドは満杯で、床にも怪我人が寝転がっている。まるで野戦病院のような有様だ。
「……まさか、結界が」
「いや、違います、大丈夫っす」
ベッドから飛び降りようとした僕を、ショーンが慌てて押し留めた。
「リオン坊ちゃんとメアリーお嬢さんのおかげで魔物の数が大幅に減ったんで、交代で討伐に出てるんですよ。結界はちゃんと領主様と奥様が維持されてます」
「そう、か……。お父様は今は……」
「魔力回復ポーション飲んで、そこで寝てらっしゃいます」
ショーンの視線を追えば、僕のベッドと対面にあたる場所で、お父様が寝ていた。やっぱり顔色は悪いが、怪我をしている様子はない。
「お母様は?」
「ちっと大物が出たんで、討伐に出られました」
「……え?」
聞き間違いかな、と思ったが、間違いじゃなかった。
薄めた魔力回復ポーションを飲んで、ショーンに背負ってもらって防壁の上に昇ってもらった僕は、地上の光景に愕然としてしまった。
普段僕らに小うるさく小言をくりかえすお母様が。
メアリーアンに淑女らしくしろとしつこく言いつけていたお母様が。
ドレスのスカートを翻し、体長五メートルはありそうなビッグブラッディベアの太い首を、大剣で撥ね飛ばしていたのだから。
「…………うわぁ」
お母様は騎士爵家の出身で、魔力はそれほど多くはない。
ないが、そのぶん身体強化は巧みだというのは知っていたけれども。
周りで一緒に戦っている冒険者は、ガトーたちだろうか。ビクターおじさんも、領兵たちと一緒に暴れ回っている。
防壁と結界の隙間――結界の縁では一時退避したのだろう冒険者たちが、草原で繰り広げられている戦闘にやんやの喝采を送っていた。
あ。お母様が今度はコカトリスの首を刎ねた。
首刎ねがモットーなんだろうか。
「……お母様、ダンスよりこっちのほうが得意なんじゃ?」
「それ奥様には言わねぇ方がいいっすよ」
「わかってるよ」
草原――いや、草原だった場所、と言うべきか。
そこは酷い有様だ。
剥き出しになった地面は焼き焦げているし、魔物の死骸で足の踏み場なんてあったものじゃない。みんな地面よりも死骸を足場に戦っているような状態だ。
それでも見る限り、防壁を囲む魔物はもう数えるほど。
「もう森からは沸いてきてない?」
「ええ。むしろあのひっきりなしの落雷にビビって、雷から生き残ったのの多くは森に逃げ帰ってますよ。ほんと、やべーっすよ坊ちゃん」
「そう……。そうか。なら良かった」
本当に良かった。
これで僕とメアリー揃って魔力切れまで起こしたのに、雷では数も減らせず結界の維持が困難になるだけ、なんて最悪の事態は免れたようだ。勝算はあると思ってはいたけれど、万が一を考えれば荒すぎる作戦だった。これは大いに反省しなくてはならないところだろう。
「死傷者は?」
「怪我人は多数ですが、死者は出てねぇっす」
そういうショーンも、頭に包帯を巻いているあたり、怪我をして医務室に突っ込まれた口だろう。
「もう数時間もすりゃ、周辺の魔物の討伐は完了するでしょうよ」
「うん……」
「結界もこの分なら二日は持つでしょうから、安心してもう少し寝ててくだせぇ」
「そう、だね……」
確かにまだ、身体は重いし吐き気はするし頭痛もするし、まぶたも重い。
まともに一人で歩けなくて、怪我人のショーンに頼み込んで外の様子が見られるここに連れてきて貰ったのだ。
これ以上付き合わせるのも問題だろう。
僕はおとなしく、またショーンに背負われて救護室へと戻った。
防壁の外で、またひときわ大きな歓声が上がったのは、誰かが大物を倒したからだろうか。
ダメだ。眠い。
眠すぎて思考がまとまらない。
本当に押し寄せる魔物がもう来ないか、確認だってしなきゃいけないのに――。
……まあ、それは起きてからで、いいか。
と、ここまでが覚えている最後。
次に眼が覚めたのは、丸一日たったあとのことだった。
「お兄様! やっと起きたぁ!」
「何も泣かなくても……」
「だって全然起きないからぁ!」
先に起きていたメアリーアンに、泣きながら飛びつかれ、まだ残っていた頭痛に呻く。
魔力はポーションの力と自然回復でどうにか戻っているけれど、魔力切れが魔法使いにとっていかに辛いか実感した出来事だ。
「私たちの魔法、凄かったみたいですよ! あんなにいた魔物が、たくさん雷にやられて、生き残ったのは逃げていったって!」
僕にしがみついたまま、メアリーアンは早口にまくしたてた。
先に一度起きていたから知っていた内容だけど、そう言うのも野暮な気がするな。今知ったことにして、調子をあわせておこうか。
「そう……。やったね、メアリー」
「はい!」
「それで……お父様とお母様は?」
「さっき、セイクリッド公爵や各地の冒険者ギルドの救援隊が駆けつけてくれて、その対応してます」
「そうか……」
「もう防壁周りに群がってる魔物はいないですけど、外れの村の方とかにうろちょろしてるのがいるみたいだし、森の浅層あたりで様子をうかがってるのがたくさんいるみたいで、間引くのを手伝って貰うみたいですよ」
ということは、スタンピードはひとまず落ち着いたということだ。まだ油断はできないが、危機的な状況は脱したと見ていいだろう。
心底ほっとして、胸をなで下ろす。
とたんに腹が盛大に鳴ってしまって、メアリーと顔を見合わせて笑ってしまった。
「お兄様! ご飯食べに行きましょう! 広場でサリーたちが炊きだししてますから」
「うん、そうだね」
きっとブルウッドの防壁内は傷ひとつなくとも、点在する六つの村は酷い有様になってしまっているに違いない。復興には莫大な時間と費用が必要になることだろう。
せっかく上向いた財政も、再び底辺を這うことは容易に想像ができて頭がいたくなるところだけれど――。
まあ、ウチが貧乏なのは今更だしね。
ひとまず先のことを考えるのはやめにして、僕は妹と手を繋ぎ、広場へと歩き出した。
本編はここまで。次回から番外編となります。




