第38話 「それじゃあ、貴族の義務を果たそうか」
防護結界の要となる結界石は、最上級の魔晶石でできている。
命を守る最後の砦。その要であるのだから、防護結界を施された防壁がある領地は、どこもこれをケチることはない。それは田舎の貧乏領であっても同じこと。曾お祖父様が領地を賜る前、王家直轄地だった頃からあったその石に、早朝満杯まで込められた魔力は、たった半日で半分以下に減っていた。
魔力回復ポーションを飲んでなお、まだ魔力が回復しきっていないお父様に変わって、次に魔力を注ぐのは僕の予定だったけれど、お母様がかわりにその役目を果たしたのだろう。僅かに弱まっていた金色の光が、輝きを取り戻した。
だがこの結界は、このままでは持って数時間だろう。深層の魔物たちの攻撃は、浅層の魔物とは比べものにならないほどの負荷を結界にかけるのだから。
「準備はいいかい? メアリー」
魔の森に面した防壁のてっぺん。少し外に張り出した見張り台から、僕は側らに立つ妹に声をかけた。
魔力の巡りを良くするための、魔糸で紡がれたローブが、風を受けて大きくはためく。
お父様とお母様が学生時代に着ていたお下がりのローブは、今の僕にもメアリーアンにもとても大きい。きっとはたから見たら、不格好にも程があるだろうけれど――見栄えを気にしている余裕なんて、どこにもないのだから仕方ない。
見張り台の石造りの床には、塗料で描いた魔法陣。その中心に、僕とメアリーアンが立っている。メアリーアンは僕よりずっと、身体にあっていないだぼだぼのローブを着て、お祖母様の形見の短杖を手にしていた。
「はい、お兄様」
どちらともなく、手を繋ぐ。
もはや中層の魔物すら、深層の魔物に踏み潰されているような。魔物同士が互いを攻撃し合っているような。地獄絵図のような眼下を一瞥し、杖先を宙へと掲げる。
防壁の上で、等間隔に並んだ領兵が、バリスタの照準を眼下にあわせ、冒険者のうち弓が得意な者たちが、準備はできたと頷きあう。
彼らに頷きを返し、緊張を隠して僕は微笑んだ。
「それじゃあ、貴族の義務を果たそうか」
冗談交じりにそう言えば、メアリーアンもにかりと笑う。はい、と弾けるような返事とともに、共に魔力を練り上げた。
脳裏に思い浮かべるのは、少し前――魔の森中層の沼地のときと同じもの。
「風よ、我が意に従え」
「水よ、我が意に従え」
魔術式も未発達で、的確な詠唱も導き出されていない。
荒削りもいいところの、術者の想像力だよりの、雷雲をよぶ魔法。
「風よ、我が意に従え」
「水よ、我が意に従え」
僕の声と、メアリーアンの声が、何度も何度も繰り返される。
僕らの魔力によって湿気を増した空気が、上空へと運ばれて、じわりと滲むような微かなものだった雲が、瞬く間に大きく成長していく。
もっと大きく。
もっと広く。
もっと大きく。
もっと広く。
「水よ、粒子となって凍てつけ」
「氷よ、舞い踊れ」
言葉にすることでイメージを補強する提案をしたのは、メアリーアンだ。
上昇気流によって発達した積乱雲。
その内部では、極小の氷の粒が激しく動き回り、ぶつかりあっている。
バチ、バチチ
辺り一帯を覆うような、重く垂れ込めた灰色の雲の中、金色の光の線が無数に走る。
一瞬でも気を抜けば、全て霧散してしまいそう。
まだかな。
もう少し。
まだ。
雷雲の中、暴れ回る膨大なエネルギーを、まともに制御なんて出来る気もしない。
けれど。
「――今!」
甲高い幼女の声を合図に、深層の魔物たちに矢が降り注ぐ。
赤金に光る、先端をとがらせただけの、銅製の棒が。
「降れ、万雷」
魔力を込めた詠唱に従い、現象は成る。
目を焼くような青白い雷電が、音より疾く降り注いだ。
防壁の外。魔物の群れで埋め尽くされたなだらかな草原に、雨のように稲妻が落ちる様は、凄まじいの一言で。
ごっそりと魔力を持っていかれ、遠のきかける意識の中、どうにか僕は、傾いだ妹の身体を抱き留めて。
そのまま一緒に魔法陣の上に倒れ込む。
強烈な吐き気に目眩。
激しい動悸に、ぐるっと視界が回る。
どこかで歓声のような、雄叫びのような声が上がったような気がしたけれど、確かめる余裕などあるはずもなく。
――そのままふつりと、意識は途切れた。
次回更新→明日7時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




