第36話 非常事態を告げる鐘がひっきりなしに鳴り響く。
カンカンカンカン―――。
非常事態を告げる鐘がひっきりなしに鳴り響く。ブルウッドの街に帰り着いた時には、すでに街は大騒ぎになっていた。
「リオン坊ちゃん!」
「バーデン、お父様とビクターおじさんは?」
「今早馬で報せに行かせてます」
「解った。二人が着いたら、会議室で話そう。みんなに水を」
「は、はい!」
子どもの足にあわせては時間がもったいないからと、ショーンに背負われていた僕と違って、深層から全速力で駆け戻ってきた調査隊は疲労困憊だ。ギルドのロビーに入ったところで、ぐったりと床に座り込んでしまった彼らの世話をアニッサたちに任せ、僕はバーデンを促し会議室へと向かう。
「森に入っている冒険者たちは?」
「即時撤退を促す鐘を何度も鳴らして、伝令を走り回らせてますから、すぐ戻ってくるでしょう。既に浅層に居た者は戻っているはずです」
「ギルド長! 領主様が到着なさいました!」
階下からアニッサの声が聞こえ、バーデンは「お通ししろ!」と声を張り上げる。やがてお父様が血相を変えた様子で会議室に飛び込んできた。
「バーデン、リオン、スタンピードの気配ありとは本当か!?」
「領主様、それがまだ、詳しいことは……坊ちゃん」
「ちょっと待って、今ビクターおじさんも着いたみたいだから……」
「バーデン!! 一体何があった!?」
怒鳴り声が近づいてきたかと思ったら、ビクターおじさんが廊下で急停止した。部屋のドア付近にお父様がいたから、飛び込んでは来れなかったのだろう。
ひとまず全員に会議室に入ってもらい、バーデンから森に調査隊を派遣した経緯を説明してもらう。僕が深層まで行ったことにお父様もビクターおじさんも顔を顰めたが、非常事態だからとそれについてとやかく言うことはなかった。
「……それでは、リオンがスタンピードの気配を感知したんだね?」
「はい、お父様。深層で更に奥へ向けて探査魔法を行使した際、膨大な魔力を感じました。それが突然膨れ上がって……。一瞬ですが、魔力がリンクし、姿が見えました。間違いなく、……森の最奥か山脈のあたりで竜が卵から孵ったのです」
「竜が……」
「なんということだ……」
竜は神にも等しい存在だ。その魔力はまさに埒外。
古い文献によれば、竜が卵から孵るその瞬間、爆発的な魔力の奔流があたりに流れると言われている。生まれたての竜は自身の魔力を制御できない、とも。
そうするとどうなるか――。
単純だ。
竜の魔力に恐れを成した近隣の魔物たちが大パニックに陥ってしまうのだ。
少しでも竜から距離を取ろうと、最奥の魔物たちが深層へ。深層の魔物が中層へ。中層から浅層へ……ついには森からすら溢れだし逃げ惑う。
スタンピードの原因として、古くから何度かあった事例だ。
「リオン、魔物が森から溢れるまでどのくらいかかるかわかるかい?」
「恐らく早くて、明日の明け方には」
「……そうか」
お父様は一度固く目をつむってから、迷いを振り切るように深く頷いた。
「マロウ卿。領兵を総動員し、領民を防壁内へ避難させてくれ。外れの村の者たちも全員だ。農地は放棄して構わない」
「はっ!」
「バーデン、領民の避難に冒険者の手を借りたい。頼めるか」
「それはもちろん急務ですが、しかし、討伐の準備もすべきでは……」
「暴走した魔物の群れを、このギルドの人員だけで抑えるのは無理だ。防壁の防護結界を起動させる。私と妻と……子どもたちで交代で魔力を注げば、どんなに短くとも十日は持つだろう。その間に王都と近隣の領主に救援を要請する。王都は……間に合わないかもしれないが、ウルフィード辺境伯やセイクリッド公爵ならばきっと、応じてくれるはずだ」
ようやくまともな収穫を得られるようになった農地も、これで魔物に踏み荒らされてしまうだろうが、仕方がない。本当なら余所の領地に領民を逃がせればいいが、街道で魔物に追いつかれたらひとたまりもないのだ。
お父様の言う通り、籠城して救援を待つのが一番現実的だろう。
「幸いおおよその作物の収穫が終わったばかりだ。穀物倉庫の備蓄は潤沢にある」
「……そうですね。すぐに領民を保護します」
「ギルドの荷馬車も全て出しましょう。商業ギルドにも声をかけて、荷馬車や荷車を借りてきます」
「ああ。村落の物資の回収は不要だ。住民の避難を最優先に頼む。リオン、私はこのまま防護結界を起動する準備をしに行くから、お前は一旦領主館に戻ってミリアムとメアリーアンに事態の説明を頼む」
「はい、お父様」
魔物たちが押し寄せてくる前に、やるべきことは山ほどある。
大人たちが一斉に動き出す中、僕も会議室を飛び出して、領主館へと走る。身体強化は使わない。今は少しでも魔力を温存しておく必要があるからだ。ブルウッドはそう大きな街ではないし、ギルドから領主館までは子どもの足でもそう遠くはない。
緊急警報はブルウッド中に響き渡っているので、僕が領主館に帰り着けば、お母様もメアリーアンも玄関先で待ち構えていた。お父様も不在の中、領主館を空けるわけにもいかずそこで待っていたのだろう。
「お兄様! 何があったの!?」
「リオン、怪我はないわね?」
「お母様、僕は大丈夫です。魔の森の深奥で竜が孵りました」
「な、んですって……!?」
「え? え? それって、どういう……」
僕の報告にお母様は愕然とし、メアリーアンは困惑した。竜が孵ったということが、どういうことかわかっていないのだ。
「既に深奥では魔物たちがパニックに陥って逃げ惑っています。明朝には恐らくスタンピードがブルウッドに到達するでしょう」
「スタンピード!?」
メアリーアンの顔から血の気が引いていく。
「うそ、なんで。そんなこと、どこにも……どこにも書いて……」
「メアリー、落ち着いて。まだ時間はある。今お父様が街を守る防護結界を起動するため準備をしている。領民の収容が終わったら、スタンピードの到達前に起動するはずだ」
「お、お兄様、でも」
「いいかい。防護結界の維持にはかなりの魔力が必要になる。お父様だけでは一日も持たないだろう。一家全員で、交代で魔力を注ぐことになるんだ。だから今は少しでも……じっとして、魔力を温存させておくんだよ」
ゆっくりと、言い含めるように言葉を紡ぐ。
青ざめた妹の顔が、冷え切って震える指先が、とても痛ましかったけれど――。
ただの子どものように、安全な場所に隔離しておいてやることはできないのが、申し訳なくて仕方なかった。
次回更新→明日7時
カクヨムにて「第2回GAウェブ小説コンテスト」参加中のため、先行連載しています。




